第34話 無限
「私は、結構腕が立つとお話ししましたよね、くくっ」
氷堂は、冷静さを取り戻したのか笑いながら剣を斜め十字に構えた。
おそらく無限流の流れを汲むのかも知れない。であれば本筋は、二の太刀であるはずだ。攻防一体の無限流ならではの特性だと言えるだろう。
しかし、いま氷堂が取っている構えは、全てを防御に向けた構えのようでもあり、まったく防御を捨てた構えのようにも感じられた。
イオリは、少しばかり緊張し、奢る気持ちを捨てて臨まなければ足元をすくわれかねないような予感を感じた。
「はあっ!」
掛け声とともに氷堂が、まるで床を滑るような速さで動いた。
「速い……!」
だがイオリは、氷堂の同時に繰り出した剣をたった一振りで叩き落とし切り返した刃で胴体を切り上げたのだった。
"天雷地水"
この太刀筋にイオリが付けた技名だった。
"燕返し"が横の太刀筋を基本とするのに対して"天雷地水"は、縦の流れを基軸とする剛の剣と言えた。間合いの広い長剣で一太刀目を打ち込めることが出来るからこそ成り立つ技なのだった。
氷堂は、もう剣を握る力もなく修業場の床に倒れていた。
「氷堂っ、どこで妖刀のことを知ったんだ」
「お、お前など、あの方には、勝てない」
「あの方とは誰なんだ、おいっ」
氷堂は、そのまま意識を失った。
「イオリ様、その剣からかなりの妖力を感じます、ミツキさんに封印を…」
零度が、叫んだ時にはもう既に遅かった。
倒れたはずの氷堂は、起き上りふたつの剣を手にしていた。
いや、もはやそれは氷堂ではなく一本角のロイドが、そこに立っていた。
「ばっ、化物だっ」
門下生達は、叫びながら入口に向かって逃げようとしていたが、瞬間的に移動したロイドに退路を塞がれる形になった。
氷堂は、自分の門下生を躊躇いもなく次々に切り捨てていった、本能の衝動のままに……
「長姫っ!俺は、あいつに勝てるかな」
「イオリ様、負ける方が難しいですよ、私がいるのですから」
「頼もしいことを言ってくれるね」
ミツキは、目の前の恐ろしい光景に怯えながらも零度を長姫と呼ぶイオリの真意を理解した。ミツキは、頭のいい子だ。
「毒をもって毒を制すか……」
「イオリ様、私に大変失礼な言い方に思えますが」
イオリは、スラリと背中の妖刀を抜いた。
その瞬間、零度の姿は消え、二本の角が生えた鬼の姿がそこにあった。
イオリの妖刀モードの姿だった。
ミツキは、生き残っているものがいないか修業場を見廻した。隅の方に数名の門下生が動けずに震えているのが見えた。そこには、先ほどのイナスケの姿もあった。
「見殺しにするわけにもいけないよね」
そこで、結界を張ろうと考えたのだ。
ミツキが、その方向に走るとともに氷堂が、斬りかかろうと剣を振りおろした。
斬撃だけで地面を切り裂くほどの威力はある。あたれば生きてはいないだろう。
キイーーン!
金属が、ぶつかり合い震えるような音がした。氷堂が、振るった剣をイオリが止めたのだ。
「お前の相手は、こっちだろ、延長戦といこうぜ」
そう言って氷堂であったロイドに剣先を突き付けたのであった。
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