第6話「水と赤ワインの話」

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 鬼の末裔であるゴルド鈴村が、謎めいた〈帽子の少年〉と戦ってから一夜が明けた。ゴルドの証言と、ゴルドの友人――山下ゲンスケが気付いた少年の能力……その二つから、ゴルドとゲンスケの二人は、ゆかり商店街で雑貨店兼マジックアイテム販売店を営む、神崎ツヨシとの共通点を見出した。

 そのため、昼過ぎに二人はツヨシの店〈かんざき商店〉に足を運んでいた。

 

「はい、お茶です♡」

 三人がいるお座敷へ、やたら可愛らしい声でお茶を持ってきたのは、銀髪ツインテールが眩しいアルバイトの黒咲アイだ。そう、ツヨシの息子であるカイの彼女である。

 彼女は去年の今頃からここでバイトをしているのだが、ゲンスケはそのテンションを未だに慣れないでいた。

「どうしたんですか山下さん。そんな、ラ○オ体操やろうと思ったら予想外に第二の方だった……みたいな顔して」

 どういう状況なのそれ? などとツッコミを入れたかったゲンスケだったが、なんとかこらえた。アイのノリに付き合っていると非常に疲れることが、既に経験として分かっているからだ。

「いや、ほら。アレだよアレ。……同棲への布石か何かなのかなーって」

 現在店番をしているカイを頭に浮かべつつ、ゲンスケは言った。

「えっ」

 アイは目を丸くした。

「命知らずだなゲンスケ」

 ゴルドは顎を触りながら呟いた。

「む? そうなのかアイちゃん」

 ツヨシは想定外だと言わんばかりの感想を漏らした。

 ……三人の視線がアイに集中する。

 するとアイは、恥ずかしそうに赤面しながらこう言った。


「布石なんかじゃないです! むしろそういうのオープンってスタンスなんです! いつでも結婚できますよって意思表示です!」


「ヘーソウナンダ」

 あまりのオープンっぷりに最早返す言葉が見つからないゲンスケ。流石のゴルドも沈黙している。

 だがツヨシはそうでもなかった。

「ああ、布石じゃないよな。わかっていたさ。とっくに彼女から妻へと心構えをランクアップさせてあると思っていたが、やはりそうだったか。神崎家としてはいつでもウェルカムだ。もし黒咲家へカイが婿入りするというのなら早めに言ってくれよ」

 なんなら、むしろアイのスタンスに同調している節すらあった。

「父曰く、黒咲家は兄が継ぐので私はどっちでもいい――とのことです! 家も近いですし!!」

「よし、友人の中にはもう結婚している者もいるだろう。君らもそのうち籍を入れるといい」

 カイは手札を公開しない主義である。だが、周りがそうであるとは限らない。

 ゲンスケは、カイがこのことをどう思っているのか気になり始めた。

「……ツヨシさん、その話も大事だとは思いますが――」

 ゴルドが言った。

「――ああ、そうだな。電話で触りだけ聞いたわけだが、その少年、俺に似た能力を持っていたんだな?」

 ここに来る前に、ゲンスケがあらかじめツヨシに電話をしていたのだ。

「そうなんすよ。能力の傾向が似ているってケースは別に珍しいことじゃないっすけど、ただ、不意打ちとはいえゴルドが始末されかける――ってレベルの能力なのはレアだと思ったんすよ」

「なんだゲンスケ。俺がそいつに関係あるとでも言いたいのか?」

 ツヨシの目が鋭くなる。ゲンスケはたまらず震え上がった。

「ひっ、んなわけないでしょ! 第一、そんなことになってたら一大事でしょ! そんな俺にとって重要な事項があったらとっくに俺のところに萃ってきてますよ!」

 ゲンスケは必死で弁明した。

「そうですよー、お義父とうさまがそんな悪の親玉ムーブすると思ってたんですか?」

 アイが口をへの字に曲げながら言った。

「…………」

 それはそれとして、大変ナチュラルに『お義父さま』とアイが言ったのでゲンスケは何も言えなかった。

 中庭の鹿威しが、風流な音を響かせた。お座敷を突き抜けていくかのような軽快な音で、実際心地よいものだとゲンスケは常々思っていた。今日も思った。

「――まぁ、とはいえ、だ。能力が似ているということは、実際ルーツ自体は同じということも有り得る話ではある。〈セパレーター〉というより、各々の能力が発現するに至った原因……という意味合いでな」

 若干気が抜けかけていたゲンスケだったが、ツヨシの言葉で気を引き締めなおした。

「ってことはつまり、ツヨシさんは〈帽子野郎〉のことは知らねえけど、なんだかんだと根本では似たところがあるかも――っつーことですか」

「ああ。まだ何とも言えんが、有り得んとは言い切れまい」

 腕を組み、難しい顔をしながらツヨシは言った。


「あ。でしたらお義父さま、山下さんに調べてもらってはいかがでしょう? 探偵ですし」

 アイはゲンスケのことを『自称』を付けずに探偵と呼称している。ゲンスケは、その点はものすごく感謝していた。

「まあ、それでもいいな。他の依頼の片手間でもいいから、俺の依頼も受けてくれるか」

「勿論っすよ。任せてくださいよ――でも、何を調べたらいいんすか?」

 ゲンスケの問いに、「そうだな……」とツヨシは呟き、こう続けた。


「悪だ」


   ◆


「アクダ?」

「ううん、悪だ……って言ったの」

 それから数分後、ゲンスケは知り合いの青年を訪ねていた。現在入院中のその青年は、名を桐谷きりやエイリと言った。以前重傷を負っていたところをゲンスケが保護して、今に至る。ゆかり町周辺の闇に触れてきたらしく、念のため、定期的にゲンスケやその仲間が病室及び病院を警護しているのだが、今のところ刺客からの襲撃はない。……しかしながら、実際に事情通なところもあるため、信用はされているというところだ。

 ただ、一つだけ問題があった。

「いや……悪いがあんまり細けえことは覚えてないんだわこれが」

「だよな、そうだよなおめー」

 桐谷エイリはそういったダークサイドの記憶、そのほとんどを失っていた。一時的なショックと言うより、超能力等で強引に抜き取られた痕跡があったので、一層ゲンスケたちは警戒を強めざるを得なかった。


「あー、でもな。悪じゃなくてアクダって響きには、微妙に引っかかる」

「お前の関係者かなんかなのか?」

「わからん。けど、なんか精神的に引っかかるんだよ、その名前」

 むー、と唸りながらエイリは言った。

 ゲンスケも何となく気になり始めたので、ダメ元でだがスマートフォンで検索してみた。

「……金の建国者が出てきた」

「あ、そうだった。前に検索したことがあったんだったわ」

「……じゃあ、別にお前とは何の関係もないと」

「そういうことみてーだなハハハ」

「そりゃねーぜハハハ」

 アッハッハと笑う二人。ゲンスケはさっさと帰ることにした。というより帰りたくなった。

「じゃあな、今日はソウエイさんが来てくれるだろうから、なんか面白い話でもしてもらえばいい」

 ソウエイさんとは、ゆかり町にあるお寺〈平円寺〉にいるお坊さんの一人である。非常に落ち着いた親しみやすい性格でお馴染みである。余談ではあるが、カイと同い年である。

「あー、ソウエイさんね。立派だよね。でもさ、カイから聞いたんだが……高校時代はもっとはっちゃけてたらしいんだけど、どうなの?」

「あー? それ聞いてどうすんだおめー」

 ゲンスケは心底めんどくさいと言わんばかりの表情を浮かべながら振り返った。帰る気満々だった。

「いーじゃん、ちょっとだけ、先っちょだけでいいから教えてプリーズ」

 きらきらと目を輝かせながらエイリは言った。

「…………」

「…………」

 数秒の沈黙、その後、ゲンスケが口を開けた。

「……まあ、ベッドから出られるようになったとはいえ、病院内だけじゃヒマだわな」

「そうなんだよー。だからさ、教えてくれよー」

「ユカリングのリーダー」

「え?」

「だから、ユカリングのリーダーだったんだよ」

「誰が」

「ソウエイさん」

「マジか」

「マジだ」

 記憶喪失を抜きにしても色々抜けていそうなエイリだったが、ユカリングのことはしっかり知っていたようで、それなりに驚いていた。

「ま、そういうわけだから続きは本人にでも聞いてくれ。じゃーなー」

 そう言ってゲンスケは、手をひらひら振りながら病室を出て行った。


   ◆


 その後、ゲンスケはショッピングモール〈キオン〉にやって来ていた。単純に人が多いため、何かしら情報を得ることができると考えたからだ。本来は、ゆかり商店街でもよかったのだが、病院からはこちらの方が近かった……というのも理由の一つである。

 ……そして、ゲンスケはフードコートにて何か情報が現れないか張り込み(?)をしていた。

 ――ゲンスケには情報が萃ってくる。これは一種のカリスマであった。人に好かれやすい者、獣に好かれやすい者、そういったカリスマを持った者の一人……つまりゲンスケは、情報に対するカリスマを持っていたのだ。ゲンスケはこれを、〈萃理すいり〉と呼称していた。


「そこの兄さん」

 ――不意に、ゲンスケを呼ぶ声が聞こえた。少ししわがれた声のそれは、窓際の席から聞こえた。

 ゲンスケはその方向を見る――そこには、ひげの立派な老紳士が座っていた。

「なんでしょう」

 ゲンスケは老紳士を見ながら言った。

 すると老紳士は、奇妙なことを言い始めた。


「ここに水がありますな」

 老紳士は水の入ったペットボトルを指さしながら言った。

「ああ、ありますね……」

「そしてここに、紙コップがありますな」

 次に老紳士は、空の紙コップを指さした。

「……注ぐんですか?」

 ゲンスケは一応聞いてみた。

「然り。……ただまあ、普通に水を注ぐのでは面白くありませんな」

「はあ」

 妙な爺さんだ、とゲンスケは思いつつも、これも何かの情報かもしれないと耳を傾け続けた。

「そこで、不思議な技をお見せしましょう」

 そう言って老紳士は、紙コップへ、ペットボトルに入った水を注いだ。


 紙コップには、何故か赤ワインが注がれていた。

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