第4話「おぼろげに見えただけ」
◆
静寂に包まれた暗き部屋は、月明りすらおぼろげだった。
倒れ伏す件の破砕鬼と、背後の来訪者を見据えるゴルド。現れた来訪者は、ゴルドの知らない人物だった。その人物は、黒いジャケットと黒い帽子、そしてそれらと対照的な白い髪をした少年だった。
歳は10代後半といったところだが、その表情はもっと大人びた達観の色が染みついているかのようだ。
「……適当な理由を作って戦ってもらったつもりだったが、その分だと本気で破砕鬼の復権を画策していたみたいだな」
少年が、目を細めながら言った。
「……何者だ、お前。どうやってこの階に到達した」
少年のただならぬ気配を感じ、ゴルドは構える。少年は壁に右手を当てながら口を開いた。
「……その前に、こちらの質問に答えてもらおうか」
「何――」
ゴルドが問いただそうとした瞬間、部屋の闇から無数の触手めいた影がゴルドを拘束した。
その触手の力はすさまじく、夜闇の漆黒に比例しているかのようにゴルドは感じた。
「何度も言わせるな。まずは、オレの質問に答えてもらう」
「……答えられることならな」
近づいてくる少年に、渋々ゴルドは口を開いた。
「では、手短に話そう」
一瞬、何かを噛みしめるかのような表情で目を閉じた後、少年は言った。
「アンタは、〈セパレーター〉を知っているか?」
「何……?」
この場合、セパレーターという単語が何を意味するのか――それをゴルドは知っていた。決して仕切り板などではない。それは、謎の怪人だった。
今をさかのぼること10年前、セパレーターは突如ゆかり町に現れた。それは顔の中心に空洞のある、奇妙な存在だった。それが生物なのかすらわからない。だが、少なくともそれは動き、意思らしきものを持っていたという。
そしてそれは、狙った人の胸を貫いた。――その鋭利な腕で。
狙われた人の中にはゴルドの友人も多く含まれていた。そして、その全てが生還した。
……そう、誰も死者がいないのである。その代わりになのか、異能をその身に宿していたが。
聞けばマモルやツヨシも、若いころセパレーターに襲われたのだという。そして同様に、その後異能に目覚めた。……となれば、セパレーターと呼ばれる存在は『人間に異能を与える存在』であると考えられる。
そのセパレーターを、この少年は追っているというのだろうか。
つまりそれは、この少年もまた、セパレーターと関係があるということかもしれない。
「……確かに、俺はそいつを知っている」
ゴルドは、そういったことを念頭に置いて質問に答えることにした。
「あれは、この町に何度か出没している」
「それはどの程度の周期でだ?」
少年が詰め寄る。ゴルドの予想は正しいようで、少年はセパレーターを追っているようだ。
少年の素性に近づくためにも、ゴルドは返答を続けた。
「……10年だ。10年周期で、セパレーターはこの町にやって来ている」
「次に来るのはいつだ?」
ゴルドは、運命めいた何かが動き出しているように感じた。己の出自に関わる話から始まったこの事件、そこから、この町全体の出来事に姿を変えた。ゴルドの周りで、何かが動き出しているのだ。
そんなことを思いながら、ゴルドは言った。
「――今年だ。周期通りなら今年、セパレーターはこの町に来る」
それを聞いた少年は、再び何かを噛みしめるかのような表情をした。
「――ああ、そうか。ついに、ついにこの時が来たのか」
「……何が狙いだ」
ゴルドは問うた。
「――それはまだ言えない」
少年は答えた。そしてこう続けた
「アンタが味方になるというのなら教えよう」
「素性も知れんヤツの味方にか?」
「そうだ。実のところ、オレもこれほどのチャンスは中々ないと思っている。だから、あまり手段を選んでいられないというわけだ」
肝っ玉で知られるゴルドでも、この時は悪寒がした。
この少年から、得体の知れないプレッシャーを感じたのだ。
「……拒んだ場合、お前は俺をどうするつもりだ」
「悪いが死んでもらう」
「――そうか」
ゴルドは、月明りに照らされた部屋を見渡す――奇妙なことに、さっきまでいた破砕鬼は影も形もなくなっていた。
ゴルドが何を見ていたのか察した少年は、顔を傾けながら言った。
「ああ、オルガにはオレの能力で先に帰ってもらった。流石にあの負傷を放っておくのはまずいのでな」
「聞きたくはないが、それは攻撃にも転用できるのだろう?」
「事実、今もしているわけだからな」
触手めいた影を指さしながら少年が言った。
ゴルドとしても、この状況はかなり予想外だった。確かに、先ほど蹂躙した破砕鬼――名はオルガと言うようだ――は、単独で行動していたとは考えづらかった。しかし、屈強なことでお馴染みなゴルドを、こうも容易く拘束できるほどの能力を持つ人物がバックについていようとは想像していなかった。これは、そのレベルの能力者は滅多にいないことと、ゲンスケがこの情報に気付いていなかったことも要因の一つと言えた。
とはいえこれは、ゲンスケのミスであり――同時にゴルドのミスでもあった。互いに自分の実力を過信したが故の失敗、それがこの状況を作り出したのだ。
そのことに気付いたからこそゲンスケは走り、ゴルドはクールダウンしたのだ。
そう、ゴルドは既に冷静だった。故に、ゴルドは作戦を開始した。
――否、既に布石は打たれていた。
「……なあ。……煙草を、吸わせてくれないか」
ゴルドはそれだけ言った。
「武器でも出す気だろう」
「武器を取り出した瞬間、俺を始末すればいいだろう。だから……片腕だけでも解放してくれないか」
事実、少年の能力ならば一瞬でゴルドを始末できる。伝承に謳われた破砕鬼、その末裔であるゴルドであろうともだ。少しでもゴルドが煙草を取り出す動作にまごついたのなら、その時点で攻撃するとまで少年は考えていた。この暗闇は少年の独壇場なのだ。
――そう思っていた。
「――さっさと取り出せ」
右腕を解放されたゴルドは、そのまま腕を胸ポケットまで動かした。胸ポケットには、煙草しか入っていない。繰り返すが、既に布石は打たれていた。
ゴルドは中空で人差し指を曲げた。
少年は、漸く気づいた。だがその時点で既に、黒い弾丸は少年の体を貫いていた。
余りにも自然な動きだったために、少年は反応が一瞬遅れた。それが敗因だった。空中で、手を握ったようにしか見えなかったのだ。
「それは精神干渉系の弾丸だそうだ。肉体にではなく精神に攻撃する……つまりお前の能力はしばらく使えない」
ゴルドの言った通り、少年の放った影は霧散した。ツヨシの調合した弾丸なので、効果は抜群なのだ。
突然の衝撃に、少年は膝をついた。少年もまた、自分の能力を過信したが故に敗北を招いた。
「さすがに暗すぎるとは思ったが……そうか、初めから、銃口はオレに向けられていたということか」
「そういうことだ、悪いな」
黒い靄は部屋に溶け込んで浮遊していた。そして、少年が現れた時点から少しずつゴルドの前で元の形に戻っていったのだ。
胸ポケットに入っていた銃身を回収し銃の形を取り戻した時、既に攻撃準備はほぼほぼ整っていた。
腕を解放した時点で、少年は敗北していたのだ。
見えなかった。銃の姿など、まるで見えなかった。だが無理もない。その銃の外殻は闇そのものだったのだから。
「……神崎ツヨシか」
苦悶の表情を浮かべながら、少年は言った。
「知っていたか」
「当然だ。界隈では有名すぎるからな」
「それもそうだな」
紫煙をくゆらせながらゴルドは言った。
少年が後退し始めた。
「今回は……痛み分けにしておこう」
「逃がすと思うのか」
能力が使えないのならば、体格アドバンテージによりゴルドが優勢だ。ゴルドとて、謎が多いためにこの少年を殺すつもりはなかったが、無力化はするつもりだった。故に、前進する。
だが、少年は強力無比だった。
「何!」
ゴルドは叫んだ。
少年が、微弱ながらも影を放出したのだ。それは煙幕といった趣だった。つまり、ゴルドは怯んだ。その隙に少年は廊下の窓を砕き外へと脱出した!
視界が回復したゴルドは窓へと急いだ。だが遅かった。少年は3階という高所から無事逃げ延びたのだ。影をロープ状にして!
「何だと。タフすぎる」
そう、ゴルドの言った通りタフすぎた。精神攻撃を受けてなお、あの少年は脱出するための余力は残っていたのだ。ツヨシの腕は本物であるし、手抜きなどしない。商品にランクはあるものの、質はそのままに使用期限だけ段階があるだけなのだ。
「……確かに、これは痛み分けだな」
今宵、勝者はいなかった。何かが動き始めた――それだけだった。だが果たして、『それだけ』と軽視していい戦いだったのか?
「いや、それは違う。何かヤバい戦いの始まりとしか思えない」
ゴルドはそうとしか考えられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます