2-9

「なんか、いろいろとやばい人だな」

 話に一段落がつくと、坂本さんはのっそりとこの場を去った。謳歌が言うには電池切れらしい。また呼び出すのも面倒なので、料金はすでに支払っておいた。

「それは同意だけど、悪い人ではないよ。いい人かは微妙だけど」

 もはや別のテーブルに座っているのも馬鹿らしいので、俺と謳歌は向かい合うように俺のテーブルに腰掛けている。

 流石に、食事が終わったからさぁ帰ろう、とはならない。坂本さんもごゆっくりー、と言ってくれた事だし、俺としてはここは存分に語り合うつもりだった。

「なんというか……でも、見た目はいいよな」

 しかし、いざ旧友とこうして顔を突き合わせてみると、何から話せばいいのか迷う。とりあえず、と俺が口にしたのは、やはり流れもあってあの女性店員の話題だった。

「……やっぱり、宗耶は雅音さんみたいなのタイプなんだ」

 かくして謳歌は不機嫌になる。いや、今のは俺が悪いんだろうけど。

「なんてね、別に怒ってないよ。雅音さんはたしかに美人だもん。まぁ、流石に目の前でいちゃつきだした時はブチ殺してやろうかと思ったけど」

 ははは、笑えない。

「……変わってないね、宗耶」

 深い、しかし溜息とは違った息を一つ吐くと、謳歌は懐かしむように笑った。

 直接会うのは一年半ぶり、その時も二、三言交わしただけで、まともに向かい合って会話をするのはあの事件以来という事になるだろうか。俺自身は年月相応には変わったと思っていたが、謳歌からそう見えないのならば変わっていないのかもしれない。

「そっちこそ、変わらないな」

「もう、わかってないなー。こういう時は女らしくなったな、って言うもんだよ」

 そして、俺の目にも謳歌は昔の謳歌とほとんど変わり無いように見える。

 頬を膨らませて不平を洩らす謳歌には、残念ながら幼少期と比べて肉体的な変化はほとんど見受けられない。なにせ、長い間会っていなかった俺でも一目でわかったくらいだ。

「深夜に牛丼屋にいるようなやつのどこが女らしいんだ」

「仕方ないじゃん、アイドルだって牛丼も食べれば無駄毛も剃るんだよ」

「そういうところが女らしくないって言うのに」

 口を開けて笑う謳歌はどこか少年のようにも見えて、俺はそれが嫌いではなかった。

「でも、そうだね。本当は私もこんなところで宗耶と会うつもりじゃなかったんだ」

 笑顔のまま、それでもどこか陰のある表情は、昔の謳歌には無かったものだ。だが、それも謳歌が変わったというよりは、俺達二人を取り巻く状況の変化によるものが大きい。

「……俺は、こんなところでも会えて嬉しいけどな」

「うん、もちろん私も嬉しい事は嬉しいよ。でも、できれば三日後、ううん、もう二日後か。クリスマスイブの夜までは我慢したかった」

 俺としては、謳歌のその言葉を信じたい。謳歌が会おうとすれば、いつでも俺に会う事くらいできたはず。そうしなかったのには何かわけがあって欲しかった。

「ああ、たしかに女らしくなったのかもな。随分とロマンチックだ」

「そう、ロマンチックでしょ。世界観が大切だって教えてくれたのは宗耶だもん」

 そんな事を言ったような気もする。もしそうなのだとしたら、それは間違いなく俺と謳歌、由実と勇奈の四人でのあの遊びの中での事だろう。

「クリスマスイブに聖戦、なんて素敵だと思わない?」

「なぁ、謳歌――」

 その後に、俺はどんな言葉を続けようとしていたのか。

「言わないで。それはまだ、とっておいてくれると嬉しいな」

 ただ、謳歌に言葉を遮られて少しだけ安堵していた事だけは事実で。

「由実と生徒会の人達、あとはあの子によろしくね。あの子は、きっといい子だから」

 立ち上がり背を向けた謳歌を、今の俺は止める気にはなれなかった。

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