3-7

「……宗耶、起きろ。おい、宗耶」

 肩を掴まれ、体を揺さ振られる感覚。今日から冬休みだというのに、元気なものだ。

「ん……うわぁっ、由実!?」

 睡眠が十分足りていたのだろうか、いつになく軽く開いた瞼の先、すぐ目の前にいた由実の姿に覚醒した意識が警鐘を鳴らす。

「……そんなに怖がられると、私としても少しはショックなんだが」

「いや、だって、由実? 何しに来たんだ?」

 由実との最後のやりとり、中途半端に終わったあの夜の事を考えれば、今のタイミングで由実が大した理由も無く俺の家に来るなんて事は信じ難い。

「それは……その、だな」

 何かを言い淀む由実に追及はせず、布団の中で体勢を立て直す。今は椿はこの部屋にはいない。まさかいきなり襲って来るわけもなだろうが、用心しておくに越した事は無い。

「わ、私と、これから出かけないか?」

 しかし、由実の口から出たのは、状況さえ無視すれば普通に過ぎる提案だった。

「それはつまり、デートって事でいいのか?」

「ああ、そう、その通りだ」

 もっとも、それもここで軽口を否定されれば、の話だったのだが。

「……本当に?」

「なんだ、嫌なのか? それならまぁ、別に構わないが」

 そうは言いつつも、由実の表情は俺でなくともわかるほど不安に満ちていた。

「いや、嫌なわけないけど。俺をデートに誘うなんてあり得ないんじゃなかったか?」

「それは……なんだ、冗談だ。お前も好きだろう、冗談」

「人を傷つけるような冗談は良くないと思います」

「すまない、傷つけていたのなら謝ろう」

「……あー、そんなに傷ついたわけでもないからそこまでしなくても」

 やたらとしおらしい由実の様子に戸惑うが、どうも裏があるようには見えない。

「それで、デートだったっけ。俺はもちろん喜んで行くけど」

 昨日椿とデートしたばかりで思うところはあるが、だからといって由実からの誘いを断ろうとは微塵も思わない。

「本当か!? なら、出来るだけ早く着替えてくれ。あまり時間があるわけでもない」

 俺の承諾を聞き、由実は一瞬だけ無邪気な喜びの表情を見せると、すぐに焦ったように急かしてくる。

 たしかに今日はお泊りコースというわけにはいかないが、それでもまだ時計はてっぺんを回ってもいない。それほど急ぐ必要も無いと思うのだが。

「わかった。着替えるから、とりあえず出といてくれ」

「あ、ああ、それはそうだな。悪かった」

 余程焦っているのか、落ち着きなくうろついていた由実を一旦部屋から追い出す。

「……そうだ、由実」

「なんだ、やっぱり用事があったなんていうのは嫌だぞ」

 嫌、で済む辺りが弱気で由実らしくなく、それでいていじらしくて良いなんて事を思いながら、首だけ振り向いた由実へと言い忘れていた事を伝える。

「そのコート、似合ってるな」

「なっ、その……ありがとう」

 デートとは多分こんな感じなんだろうな、と照れた顔の由実を見ながら少し思った。

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