2-2

 学校に足を運んだところで、時間割は自習、自習、また自習だった。授業があるよりマシには違いないが、これでは流石に時間を持て余す。特にやる事がないのなら、いっそ休みにしてくれればいいものを。

「どうせだから、次の時間は少し出ようか」

 退屈もいい加減限界に来ようかというところで、俺から椿に打開策を提案してみる。

「出る、ですか? でも、いいんですか?」

「何も学校の外に出ようってわけじゃないし。ただ、生徒会室にでも行こうかな、とね」

 一応、椿は生徒会全員と顔を合わせている事になるが、それでもあの時の一度のみ。

 気の長くない謳歌の事だ、椿を場に投入してから次の動きまでにそれほど間を空けるとは思えない。それまでに互いに交流を持っておく事も必要だろう。

「どうせ次も自習だし、どうせだから椿さんも行かない?」

「えっと……じゃあ、お邪魔でないなら」

 俺の思惑も少しは伝わったのか、少し考えた後に椿は頷いた。

「よし、じゃあ行こうか」

 立ち上がる椿を待ち、隣に並ぶのを待って歩き出す。

「白樺さんは誘わなくていいんですか?」

 教室を出る手前まで来て、椿がそんな質問を口にした。正直あまり聞かれたい事ではなかったが、由実から離れた分なんとか答えようはある。

「あー、まぁ、基本あそこは来たかったら勝手に来る、みたいな感じだから」

 曖昧な答えは、別に嘘ではない。だが、あえて声をかけなかった理由はと言えば、朝から機嫌の悪かった由実に、相性の悪い椿を連れて声をかけるのが躊躇われたから。そもそも俺が生徒会室に向かう理由には、今の由実から距離を取りたいというのもある。

「それに、なんだかんだ由実は真面目だし。多分誘っても来ないかな」

「やっぱり、本当は教室から出ちゃダメなんですか?」

「まぁ、一応授業時間ではあるからね」

 やっぱりやめる、なんて言い出さない内に早足で教室を出て、そのまま廊下を進む。

「とは言え、生徒会長が守ってないくらいだから校則も何もないけど」

 階段を下ってすぐのところにある生徒会室には、誇張でなくあっという間に辿り着く。

 勢い良く開け放った扉の先、室内には予想通り会長の姿があった。

 肘掛椅子に深く腰掛け、小テーブルに足を置いた姿は、ここが学校だと一瞬忘れるくらいにくつろいでいる。

「あのっ、失礼します!」

「どうも、会長。相変わらずですね」

 わざわざ小さく礼をする椿を待たず、生徒会室に一歩を踏み入れる。

「やぁ、二人ともいらっしゃい」

 だらけきった体勢のまま、会長がこちらに手首から先だけを振る。

「いつからここに?」

「うーん……昨日の十二時くらいかな」

 挨拶代わりの質問には、予想から大きく離れた答えが帰って来た。昼か深夜かはわからないが、どちらにしろおかしな話には変わりないのでそれ以上は聞かない。

「一昨日来た時と大分違いますけど、これは?」

 遅れて横に並んだ椿は、前回顔を出した時との内装の違いに驚いている様子。

 室内の大半を占めていた長机が消え、代わりに雑多な家具や玩具の転がる有様は、見慣れない者の目からは生徒会室には見えないだろう。

「ああ、それはただ机を片付けて私物を置いただけだよ。邪魔だから、普段はあんな机どかしてるんだけど、気付くと銀が戻しちゃっててさぁ」

 初耳のナワバリ争いの内実を聞きながら、右腕を大きく右、椿の向こう側に伸ばす。

「甘いな、もっとゆっくり動かないと足音でばれるぞ」

「えっ、何がっ……あっ!」

 動揺した声を漏らしつつ、椿は俺の手の先に視線を送ると驚きの声を上げた。

「くそぅ、これでもダメかっ! もういっその事、一つづつじゃなくって全部の問題点を一気に教えてくださいよっ」

 俺の手の平の中には、つい数秒ほど前までは力を用いて姿を消していた藍沢の頭がすっぽりと収まっていた。

「一回それやったら、それまで教えた事全部忘れて結局最初からになっただろうが。物覚えが悪いんだから、失敗を繰り返して屈辱と共に覚えろ」

「えぇい、バカにして! いつか完全に姿を消せるようになったら、出会い頭に毎度その股からぶらさがった玉を握り潰してやりますからね!」

 非常に物騒な捨て台詞を吐き、藍沢は荒々しく手近な椅子に腰掛ける。

「えっと、こんにちは、藍沢さん?」

「どうもです、椿先輩。先輩もサボりですか?」

 おそるおそるといった感じに声をかけた椿に、すでに機嫌を直した藍沢が人懐っこい笑みを浮かべて返す。そもそも、先程のも機嫌を損ねたフリでしかないのだろうが。

「さぼっ……いや、あの……」

「ああ、サボりだ。馬鹿が彼女自慢するから逃げて来た」

 見た目通り根は真面目らしい椿に代わり、藍沢の問いには俺が答える。

「意地悪な方の先輩には聞いてませんー。ふん、どうせズルして外から見てた癖に」

 しかし、どうやら藍沢は俺に対してはまだ拗ねたフリを続けるらしい。頬を膨らませながらのそんな言葉は、しかしあながちただの負け惜しみとも言えない。

「だって、椿先輩は私に気付いてなかったですよね。会長も、足音なんて聞こえなかったですよね?」

「う、うん、藍沢さんが、その、出てくるまでは全然気付かなかった」

「まぁ、俺は最初から雛姫がいるの知ってたからあれだけど。でも、足音は多分聞こえてなかったかな」

「ですよね、ですよね。じゃあ、やっぱり先輩がズルしたんじゃないですか!」

 二人の言質を取ると、藍沢はまるで鬼の首を取ったかのように俺の事を糾弾してくる。

「そうだそうだー、ズルは良くないぞー」

 面白がった会長も、とりあえず後を追って復唱。

「えぇい、やかましい、勝者が全て正しいのだ! 敗者は大人しく頭を垂れろ!」

「引っ込めー、この中途半端男ー」

「そうだそうだー、幼馴染と比べて全体的に劣ってるぞー」

 俺もとりあえず乗ってみると、良くわからない小芝居が始まってしまった。

 流れに置いていかれた椿が困っているのと、このままだと俺への暴言が酷くなりそうなのでこれ以上は続けたくない。

「まぁ、実際どうやって見つけても自由だろ。俺だって潰されたくないし」

「そんな、まさか本気では潰しませんよ。実際はこう優しく包むくらいです」

 それはそれで問題なのではないだろうか。右手でやけに生々しいジェスチャーを取る藍沢を見ていると、妙な感情が芽生えてしまいそうで困る。

「あの……結局、どういう話なんですか?」

 そんな悶々とした俺の葛藤を止めたのは、いい加減意味不明な状況にいたたまれなくなったのか口を開いた椿の声だった。

「いや、昨日もやってたと思うけど、藍沢は透明になる練習をしてるんだよ。その相手をしてやってたら、いつの間にか俺の股間を握り潰そうとするようになってて……」

 自分で言っていて意味がわからないが、これが俺のできる説明の全てだった。

「――そうなんだ。じゃあ、ただ私にモノを見せに来てたんじゃなくって、本当にちゃんと理由があったって事か」

 そんな状況で、更に事をややこしくするような発言が背後から聞こえた。

「どういう事ですか、白岡先輩!? まさか、先輩に無理矢理汚いモノを!?」

「ううん、違うの。だって、雛ちゃんに潰されちゃったなら、私が治療してあげないとだもんね。宗耶くんは悪くないし、あれは浮気じゃないよね。……ね、由実」

「うわぁ……修羅場だぁ」

「えっ? 白岡さん、が?」

 唐突に入って来て、いきなりやたらと迫真の演技を始めた白岡に、雛姫などは完全に騙されている。会長は真偽問わずに面白がっていて、椿に至ってはもはや錯乱していると言っても差し支えない。

「……よし、もうこうなりゃ全部乗ってやる」

 荒れに荒れた現状に、俺ももはや事態の収拾を諦める。

「ああ、そうだとも。あれは浮気なんかじゃないさ、なぁ、春」

 始業のチャイムの音を掻き消すように、低く声を張って顔を作る。

 こうなれば、もう知らん。一時間もこの中にいれば、椿も自然にこのノリに着いて来られるようになるだろう。なってくれ、と半ば自暴自棄に願いながら、できるだけ悪役らしく高笑いをあげた。

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