紅茶の香りの行く先は

Cymphis

紅茶の香りの行く先は

 雨上がりの道を歩く。今日は五月のとある日曜日。私、冴木セレナは喫茶店に向かっていた。私は私立シイタケ高校に通っていて、もうそろそろ小テストの時期だ。そんなわけで今日は数少ない友人とテスト対策をすることにしたのだ。目的の喫茶店、喫茶アルベドは小さなお店だった。近くには大きな川が流れていて、その向こうには図書館が見える。昼前まで雨が降っていたからだろうか、少し肌寒い。友人はまだ来ていないようだ。店の中で待つことにしよう。

 外観の通り、店内はあまり広くないようだ。私は窓際のテーブル席に腰掛けた。窓からはあの川が見える。川の流れは濁っていてあんまりキレイじゃない。空はまだ曇っていて、ちょっと憂鬱な気分になってくる。その憂鬱をかき消すように友人がやってきた。

 長い髪に片目が隠れ、凛とした雰囲気がある。彼女は小城カズハ。私の貴重な友人であり、クラスメートだ。

「や、待った?」

「5分くらいかな」

 そんないつものやりとりをしつつ、メニューを開く。選択肢はあまりないようだ。紅茶にしよう。

「何にする? 私は紅茶にするけど」

 メニューを彼女に渡す。彼女はメニューをさっと眺めると

「私も紅茶にしようかな」

 と言ってメニューを閉じた。



 紅茶の残り香があたりに漂う。幸い勉強は十分にできた。特に数学は彼女の得意とする科目で、滞りなく進められた。

「さて、このあとどうしようか。テスト対策はこれくらいでいいよね?」

 と尋ねる。

「そうだね。じゃあ図書館行こうよ。すぐそこだし、冴木さんって読書好きでしょ?」

 桐葉図書館、川の向こうにあるその場所はこの辺りにある唯一の図書館だ。幸い今は何も借りていない。ちょうどいいタイミングだ。

「じゃあそうしよう」

 私たちは図書館に向かった。空は相変わらず灰色だったが、雨は降っていない。二人、並んで歩く。時々水たまりをよけて、色々話して、たまに笑って。そんな何気ない日常の一ページ。心に暖かさが戻ってきたような気がした。橋を渡りながら、ふと視線を落とす。今こうしている間にも時間は流れている。川の流れを見て、そう思った。もしも時が止まって、私たち二人だけになったら………そうなっても今みたいに笑えるのかな。そんな事を考えていたら何故か悲しいような、寂しいような、そんな気持ちになってきた。なんだか涙が出そうだ。おかしいな。だけどそんな永遠は、仮に願ったとしても叶うものではないよね。

「どうしたの? なんか難しい顔してるけど」

 不意にそう訊かれた。

「え、ああ、ちょっと考え事してただけ。くだらないことだから、気にしないで」

「そっか。恋の悩みとかだったら面白そうだったのに」

 恋なんて言葉が彼女の口から出たことには驚きだ。

「色恋沙汰には興味ないと思ってた」

「ないよ。でも冴木さんのには興味あるかも」

「なにその例外」

「だって恋愛小説とかよく読んでるじゃない。そういうのに憧れたりするのかなーって」

 なるほどそういうことか。

「純粋に物語を楽しんでるだけ。バッドエンドだとなお良しだわ。自分が主役になるつもりはないかな」

「バッドエンドって………もしかして性格悪い?」

「それは内緒。それより図書館ついたよ」



 私たちは図書館に入ると各々本を探し始めた。そういえばカズハちゃんは本を読むのだろうか。勉強のために参考書を借りるところは想像できるけど。そういえば彼女に初めて出会ったのはここだったっけ。それから高校で再会して今の間柄になったのだ。

 さて、何を借りようか。と言っても、実はこの前学校の図書室から本を借りたばかりなのだ。そういえばここは映画なんかも借りられた気がする。せっかくだし少し探してみようかな。本を読むのも好きだけど、最近は映画にもハマっているのだ。

 それから一時間ほど経っただろうか。映画選びにすっかり夢中になっていたら時を忘れてしまったようだ。

「あ、ここに居たんだ」

 もしかして待たせてしまっただろうか。

「ええっと、たまには映画もいいかなと思って。ちょっと待ってて、すぐ借りてくるから」

 私は急いで貸出カウンターに向かい、すぐ戻ってきた。

「おまたせー」

「よし、じゃあ行こうか」

 どこに行くのだろう。とりあえず彼女のあとに続き、外に出る。ちょっとだけ、勇気を出して訊いてみる。

「ねえ、この後って………」

「うーん、どうしよっか。この辺って何かあったっけ?」

「もしよかったら、家に来ない?」

「ん、家に?」

「さっき借りた映画、一緒に見よ?」

 この時ほんの少しだけ、時が止まったように感じた。

「うん、いいよ。で、どんな映画なの?」

「それはね………内緒。今言うとつまらなくなっちゃうでしょ」

 本当のところ、あらすじすら見ないでなんとなく借りただけだから、内容なんて分からないんだけど。でも今は、ちょっとだけ背伸びしたくてそう言ったのかもしれない。空を覆う雲はいつの間にか遠くへ過ぎ去っていた。私たちは歩いていく。青くて遠い空を、ぼんやりと眺めながら。



                  ―終―

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