DIRTY・DOG

葦元狐雪

 強膜の白は角叉のごとく深紅に冴えた。

 その狭窄的黒き瞳の奥には、頬の痩けた男の顔が悄然と納まっている。

 男は泣き喚く子女を傍に抱き寄せ、悪鬼の形相怨色湛える女と対峙している。

 ときおり鳴り響く雷鳴と歔欷きょきの声が共鳴して甚だ喧しい。まばゆい閃光が間歇的かんかつてきに互いの姿を白く浮き上がらせ、砕けた電灯の代わりを担っている。


 嵌め殺しの窓を雨風が殴るように叩き、今にも割れてしまいそうな気配があった。ガラス片や家具類の残骸の散乱する闇を領した六畳の空間は、狂瀾怒濤の極点にあった。


 コルト・キングコブラの銃口がやおら女の眉間に向けられるや、彼女は傍の子女をより強く抱き寄せた。とうとう庇うような格好になり、男に背を向ける。

 酷く痩せた背中だ。濡れて張り付いたタンクトップに背骨が浮き出ている。尖った肩甲骨が突き出ている。微かに顫動する様は、転た憐憫の念に堪えない。


 ——早く殺してやらねば。


 男は引鉄に指をかけた。そのまま人差し指を軽く折り曲げてやると、女は壊れた傀儡のごとくこと切れた。硝煙と鮮血の臭いがい交ぜになり、いかんともしがたい吐き気に苛まれたが、しかし同時に性的快楽に似たアンビバレント的趣を感じていた。

 崩れた母を懸命に抱き起こそうとする子女。身体中が血に塗れるのも厭わず、何度も、何度も叫ぶ。


「お母さん、お母さん、お母さん、お母さん——」

 尻すぼみになる声は掠れて、今にも消え入りそうな感がある。急に興味索然となった男は眉を顰めた。


 不愉快だ。毅然とした態度を貫き、己が命を賭してまで守ったのがこの矮小なる小娘か、嘆かわしい。

 銃声は雷鳴にかき消された。子女は母の背中を抱くようにして息絶えた。

 踵を返し、部屋をあとにする。錠の外れた玄関扉の前で立ち止まると、舌打ちをして蹴飛ばした。乱暴に開け放たれた先は、沛然の豪雨の帳が行く手を阻んでいる。

 男は一顧だにすることなく飛び出すと、夜の底を駆け抜けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る