第0.20法 入学までの道のり②

 零機は葵を抱き上げて海岸沿いについてマモンから飛び降りる。


「マモン、今は姿を消せ。擬人化できるならそれでいい」

「わかりました」


 さきほどの狐は一瞬で消え、紳士服を纏い、シルクハットをかぶる眼鏡をかける初老の男になった。


「マモン、だな。お前は葵から離れるな。俺の指示があるまでは絶対だ。わかったな?」

「心得ました」


 渋い声でマモンは答える。零機はそれを聞いて走り出す。そこからは影のようなものがぶれ始めて一気に零機が加速していく。古式魔法だ。悪魔を身に纏い、その力で加速していく。この技術は『黒魔術』と呼ばれている。軍の支部についた零機は階級章を取り出す。


「日本国防陸軍000旅団・国土奪還国家魔法士大隊所属、霧島朱雀准尉だ。現状の報告を要求する」

「はっ、准尉官どの。現在は我々海軍が海上で押さえ込んでいます。自衛隊が空からの攻撃を中心的に行い、超人工島メガフロートの学生たちが陸上支援攻撃を送っております」

「了解した。海軍の備品の装備を貸していただきたい。できれば無系統魔法のものを」

「わかりました。少しお待ちを」


 海軍兵が備品の陸軍用の戦闘服を持ってくる。それと同時にMMG、銃状のものを持ってくる。


「こちらが新型特殊戦闘服です。それとこちらがMMGです。ブロンズモデルの特注品で無系統魔法を常駐したものです」

「要求どおりです。ありがとう」


 零機は自分の魔力を装備に流し込む。それと同時に零機の体に張り付くように軍服が着られていく。この軍服はマジック・レイバー社の開発者Xによる新型のもので、この軍服自体がMMGになっている。防御力、魔法力の支援、視界上の物質の解析機能を持っている。その漆黒の戦闘服を着終わり、零機は頭の装備も着込む。そしてアサルトライフル、AK-47型を装備する。この特殊軍服にはヘパイストスがつい最近開発した空中常駐加重系魔法、通称飛行魔法が刻まれている。零機はそれを発動し、飛び上がる。


「おそらく、おくれて一人の女の子がやってきます。それは本官の妹であり、二ノ宮の次期党首候補です。くれぐれも粗末に扱わないように。ついでにいる初老の男は放って置いて頂いて結構です」

「は、はい」


 海軍兵は混乱していたが、零機はそれだけ言って飛び上がる。マモンなら別に悪魔だから装備はいらないだろう。まあそれにしてもひどい扱いに感じるが。


「くそ、神獣を使えれば楽だが、ここで使うわけにも行かないよな。さっきは街中でやっちまったけど。仕方ない。葵が開放してくれた魔法でやるしかないな」


 零機は空中飛行を早くし、すぐに最前線につく。最前線は鮫ノ天獣シャークの固有能力の水を圧縮した砲弾を防御魔法を使うもの、攻撃魔法を使うものの二位一体ツーマンセルで対応している。付属している無線機能(今となってはかなり珍しい)を使って現場指揮官に連絡をとる。


「自分は日本国防陸軍000旅団配属、霧島朱雀准尉です。指揮官殿ですか?、送れ」

『ああ、そうだ。000旅団か、心強い。本官は海軍現場指揮官の笹村少佐だ。貴官には最前線において天獣の駆逐をしてもらいたい、送れ』

「笹村少佐、本官は国家決戦級魔法士です。天使のいるであろう鯨ノ天獣ホエール二体を沈めさせて頂きたい。指令求む、送れ」

『……なるほど。了解した。前線を後退させながら時間を稼ぐ。準備が整い次第連絡しろ、送れ』

「了解しました、終わり」


 零機は無線を切る。そして空中に浮き、AK-47型MMGに常駐された魔法を改変する。正確にはリセットした。


(海軍には悪いけど、このままじゃが使えないんでね。でもこいつで耐え切れるか微妙だ)


 零機はその場で魔法をセットしていく。普通はそんなことはできない。リセットは手動でできるが、魔法のセットは専門機具が必要だ。だが、零機はそれを特殊戦闘服に常駐されたメンテナンスモード(戦闘服の魔法組織を回復、調整する)を展開し、その機能を使い、魔法を構築していく。この場で構築する魔法は二つ。零機が使いうる最強の魔法。他のすべてを妨げる魔法。その構築中に無線が入る。その相手は、


『兄さん、なんで置いていくのですか?!』

「申し訳ない、送れ」

『そういうのはいいのです、全く……』

「申し訳ない、本官は作戦に集中する。くれぐれも無理はするな、送れ」

『今は軍人の兄さんですか。素敵です!ですが、私も戦闘服は着ましたし、マモンにMMGを調整させました。私も戦います』

「なら、せめてそこからの魔法で頼む。海水を氷に変えて足止めしてくれ。君にしか頼めない、送れ」

『わかりました。兄さんのためなら!』

「ありがとう葵、終わり」


 零機と無線を切って数秒後、一定ラインを超えた天獣が凍っていく。葵が狙撃しているようだ。零機は無線中も作業はやめていなかった。そのおかげでその二つの複雑な魔法が構築された。零機は笹村少佐に無線を入れる。


「笹村少佐、準備が終わりました。戦線の後退を、送れ」

『了解した、終わり』


 笹村少佐が全体無線を使う。


『このまま迎撃を続けながら戦線を少しずつ下げろ、連携を崩さず戦線縮小後は飛行魔法で退却。その指示は本官が出す。お前ら、各種族の誇りを見せてやれ!、終わり』

『『『了解!』』』


 軍人たちが少しずつ戦線を下げていく。戦艦も少しずつ海岸沿いに下がっていく。だが、攻撃の勢いは落ちるどころか上がっていく。零機はそれを確認し、また無線を入れる。


「十分ラインは下がりましたね。発動許可をお願いします、送れ」

『発動を許可する、終わり。全兵、退却!』

『『『了解!』』』


 零機は軍人が下がっていくのを見ながら戦艦が沖に付く僅かな時間でもう一度無線を入れる。


「葵、凍らせろ」

『はい!』


 そして葵は冷却魔法の頂点とも言われる魔法、アイスノアを発動した。急速に周りの物質の温度を絶対零度まで低下させる。それは物質に関わらず、気体、液体でも変わらない。葵は海水を凍らせる。広大な海域を一気に氷の地獄と化した。それを受けて天獣たちは止まる。鯨ノ天獣ホエールの固有能力、超高温の消化液のような潮吹きが上空に唯一残る零機に天使の指示によって降りかかるが、


「シュヴァルツェス・ロッホ、発動」


 零機は照準を合わせその潮に引き金を引く。そうするとその潮が零機に接触する手前に魔法陣が展開される。その魔法陣は高速で回転した後、黒い空間に化す。それは人工的に創られたブラックホールだった。加重系魔法にゆる重力操作、移動修正魔法による吸収、亜空間を作り出す完全オリジナル。その特異点にあたる部分が巨大な潮の柱を吸収する。それを周りの軍人たちは唖然としてみていた。軍のなかでも上層部の指示を仰がないと使えない国家戦闘級魔法だ。だが、零機はそれだけじゃ終わらない。


「座標設定終了。クンプレシオン・アウスダウ、発動」


 零機の二つ目の魔法が発動し、鮫ノ天獣と鯨ノ天獣、天使を全部覆う円状の魔法陣が海面と空に浮かぶ。空の魔法陣が回転しながら海上の魔法陣に吸い寄せられていく。そしてそれが巨体の鯨ノ天獣に当たった瞬間、少しずつ圧し縮められていく。そして魔法陣が海上の魔法陣と合致する。そのときには強引に圧し縮められた天獣たちだが、その後重なった魔法陣は一気に空上に跳ね上がった。圧し縮められたその質量が莫大な力と勢いで膨張していく。結果的に、海面上では天使たちが居たその全てで水蒸気爆発が起きた。圧縮による高温が一気に放たれたためである。この爆発は対象質量大きければ大きいほど爆発力を増す。1700倍の体積になった天獣と天使の骸が一気に、海水と共に真っ直ぐに空に上がっていく。そして、爆発が収まる頃には、そこには何も残っていなかった。塵ひとつ残らずその場所を見て軍人たちは唖然とした。そのなかで零機は空から降りてくる。その体を照りつける太陽が輝き、彼に影がかかる。その姿が周りの軍人には黒き侵略者、のように見えたかもしれない。誰も動けなくなったなかで、一人動いたものが居た。


「兄さん!」


 頭部用の戦闘服を脱いだ葵が飛行魔法を使い真っ直ぐ飛んで零機の胸に抱きつく。


「やっぱり兄さんは最強です!」


 葵のその言葉を聞いて笹村少佐が無線に電源を入れ、全兵に通達した。


『今回の神奈川相模湾防衛作戦は我々の勝利だ!』

「「「うおおおおおおおおおおおお!」」」


 種族の違いに関わらず、全員雄叫びを上げた。そして神奈川の相模湾は防衛された。海軍本部が構えているということもあり、今回の作戦は被害は比較的少なく終わった。


「終わった、か」

「はい、兄さん。カッコよかったです!」

「ありがとう。今回はGDMは発動しなかったみたいだな。ならそれでいいんだけど。でも、吸血鬼になって魔力が跳ね上がった。あれを使ったときは魔力欠乏症になりやすいんだけど大丈夫だったし」

「吸血鬼、ですか」

「お前にとっても、俺にとっても吸血鬼はやっぱり憎い存在だよ。どんなに同盟を持って仲間になったとしても。でも―」


 零機は頭部の戦闘服を外し、葵に笑いかけながら言った。


「お前や、燐火、皆を守れるなら、この力も、吸血鬼になったことも悪くないかもしれないな」


 葵はそんな兄の笑顔に見惚れながら、泥酔したような赤い顔をしながら嬉しそうにいった。


「はい。やっぱり兄さんは最強です!」

「おいおい、またかよ。帰ろうか、葵」


 零機は葵に手を差し出す。


「はい!」


 葵は女神のような笑顔を向けて零機の手を取る。


(可愛い)


 零機はそう直感的に葵の笑顔を見て思った。そのせいで顔が少し赤くなった。葵はめったに見ない兄の照れたような顔を見て声を掛ける。


「どうしました?」

「いや、なんでもない。さあ行こうか」


 零機に手を引かれながら、また葵は微笑んだ。とても幸せそうに。彼女が実験体として捕らえられ、その数年間で作れなくなったその笑顔。それは誰でも幸せにするような笑顔だった。零機は手を引いていて見えなかったが、雰囲気でわかった。また照れてしまうことがわかって振り向かなかったが、今は、そんなことができるのが本当に幸せだと、彼もまた思うのだった。

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