第0・19法 入学までの道のり①
その後、結局戦皇に言われた戦闘による
国防軍の代表会議の末、桐谷零機の処分は軍の脱退だった。その代わり、偽名でまた軍に特別入隊することになった。偽名は
自衛隊は主に小規模な天使、天獣の迎撃、巡回パトロールが仕事ということで収まり、軍は国土奪還と海外組織対応が仕事になった。
軍内の階級や体制も新しくなり、大木は少将に、グリンガルは大尉に昇格した。今までの部隊は旅団という名で呼ばれるようになり、叛逆の翼は解散、新体制の旅団、000旅団・国土奪還国家魔法士大隊に改名した。この旅団の指揮は大木が取り、副指令がグリンガルになった。この旅団は天使殲滅のプロフェッショナルが集まった大隊で、氷室や牧野も所属することになっている。同時に、他の隊でできない裏仕事も多くやる大隊だ。000旅団は国家魔法士団という別称もつけられ、戦皇の指示を真っ先に伝達され、行う部隊でもある。旅団名に000しかないのは、この部隊が正式に、本部としての活動をしないことを指していた。旅団は100まで作られ、そのうちの000から009までの十の旅団が天使殲滅主力部隊で、大隊は000から004まで、中隊が005から008、小隊が009だ。大隊は陸、中隊は空、小隊は海軍で、他の東京本部にいる旅団が010から020(これは陸軍と空軍)、東京周辺の重要区域に配置された旅団が021から030(陸軍、空軍、海軍)、031から060(全体が陸軍)は各地の都市に展開した。061から080までが大阪の空軍本部、081から100までが神奈川だ。
なぜ軍の配置にかた寄が出るかというと、簡単に言えばそこに軍が置けないからだ。つまり、天使や天獣がいる。本土はあまり天使の進行が進んでいない日本だが、九州、四国、北海道は取られている。海を挟んでいるからいいものの本土も決して安全ではない。そのため、陸軍、空軍、海軍が
日本は島国だ。周りの国から孤立している。そのため、日本だけの問題で済んでいる。だが、ヨーロッパのような小国の多い地域の状況は深刻なものが今までも多い。だが、そのなかで、かつてから魔導先進国としてヨーロッパに君臨するイギリスやドイツ、オランダの三国は他の国を放棄し天使に奪われながらもその強大な魔法勢力によって自国に全くの被害を出していない。それどころか、現在では小国を少しずつ奪還している。イギリスは第二始祖の管轄だが、ドイツは人類だけの国だ。その強さは絶対的なものがある。それは各地でも同じで、アメリカの第一始祖も全土を取り戻しつつある。ロシアはその広大な国土にも限らず、第三始祖の絶対的カリスマにより、後もう一歩というところまで来ている。そういった先進国が、国力の無い日本を吸収し、戦力拡大をしかねない。実際に、アメリカの第一始祖は一年前、沖縄を占拠しようと天使もろとも攻め込んだが、日本国防軍がそれを阻止し、同時に沖縄の奪還に成功した。それは今の日本で軍の士気を高めている大きな理由だ。その朗報のおかげで、軍への入隊者も以前より増えている。もちろん、この作戦には零機も参加している。国家決戦級魔法士、その存在は大きいからだ。だからこそ、軍は国外組織の対応も任せられている。
そういったもろもろのことがあり、軍は今大忙しだ。前はそこまでではなかったが、今はまさに猫の手も借りたい状態であり、本来准尉官クラスの軍人も働くことがたくさんあるのだが、二人の護衛役ということで事務仕事や大規模部隊移動に巻き込まれていなかった。その零機だが、彼は彼で大変だった。母の家、二ノ宮にいる伯母と叔父に呼び出されたのである。現二宮家の党首は伯母で、叔父は補佐だ。葵は二宮家の次期党首候補だ。二ノ宮は彼を、零機をあまりよく思っていない。そのことが妹の葵には耐えられないが、今回はより耐えられない状態だ。なにせ、零機はまた二ノ宮による改造―といっても調整だが―をするためだからだ。
「兄さんをあいつらはなんだと思っているんですか!、兄さんはこんなにも強くすごいお方なのに、それなのに……!」
「葵、俺は君が怒ってくれる分救われるよ。だから少し我慢してくれよ」
二ノ宮家は神奈川にある。軍と密接な関係を持つだけに、情報が早い。零機と共に行動していたものたちも、自分たちの今後を話しに親元に戻った。零機たちは結局、麻衣が言ったとおり、魔法士育成機関、国立魔法学院付属第一魔法士育成学校に推薦入学することになった。通称第一魔法学校は本科生と予科生という二つに分かれており、本科生は入学生300名のうち、100名が本科、他200名が予科だ。本科は魔法実技、成績に優れたものが入学する。予科はその100名の予備、補充分だ。それと魔法を使う才能があるかもしれないものを、原石を磨くための科でもある。普通は一般入試しかないこの学校だが、魔工師科の予科生に錬太郎が、情報科の本科生に響矢が、戦闘科の本科に愛理、燐火、葵(葵は最初から一般入試での主席入学が決まっていた)、予科に麻衣、零機が入学する予定になっている。錬太郎は魔法士としてのスキル、つまり魔法の行使があまり得意じゃない。麻衣は主に頭の問題だが、零機はその素性を隠蔽するためにというのと、一般魔法の行使が下手くそなことが原因だ。
人間は魔法の行使ができる限界がいくつかある。ひとつは魔法力の限界、もうひとつは体、つまり演算領域の限界だ。魔法士は自分の演算領域とよばれる無意識のなかにある場所で魔法を刻んでいる。零機はそのほとんどが埋まっていた。それほど人体実験により負荷は大きかった。だから軍に向いていたわけだが。
二人は二宮の本家の中を今進んでいる。その奥にあるのが伯母と叔父の部屋だからだ。
「失礼します」
葵がノックをした後部屋に入っていく。そこにはやはり、伯母、二ノ宮美香と叔父、二ノ宮純太がいた。二人は零機を冷たい目で一瞥した後、葵に目を向けた。
「ようこそ、葵。久しぶりね」「葵君、ご無沙汰してるね」
「はい、伯母様、叔父様」
二人の挨拶に愛想笑いをして一礼した。
「第一魔法学校に主席入学するんだろう。素晴らしいね」
「ええ、とても素晴らしいわ」
「ありがとうごさいます。ですが、兄も同時に入学するのですが」
「ああ、
叔父は何の悪気も無く言った。二宮は十士族のなかでも最有力といわれている。確かに一人入れ込むくらいなら何の問題も無い。だが、葵にはその態度が気に入らない。
「あくまで兄さんは私の付き人でしかないと?」
「ええ、その通りよ。なにか問題でも?」
「……いえ、なんんでもありません」
葵は拳を握りながらも、表情には出さずに答える。叔父が零機に声を掛ける。
「おい、ガーディアン、調整だ。行くぞ」
「はい、了解しました」
「……兄さんに、なにかまた悪影響を施すというなら、私は手加減しませんよ」
「今回の調整はどちらかというと正常に戻す意味合いがあるの。わるいようにはならないわ」
零機は部屋を出て行く。そして奥の研究室に入る。そこで身体調整・改造用の酸素ポッドに入る。葵はそれをガラス越しに見ている。
「調整開始!」
純太は人体改造などの情報系魔法を得意としている。大型MMGから魔法が発動し、零機の体を機会と同時に調整していく。麻酔が入り、零機の精神が落ちる。零機が第十三始祖であり、特殊な力を持つことを知っているこの二人は遠慮なく、零機の体を改造していく。それは傍目には吐き気を催すものだが、葵は目を離さず見守る。そして一時間後、調整が終了し、その一時間後零機は目覚めた。
「ガーディアン、お前の体はあまりいじっていない。そのままだ。だが、脳を少し弄った。お前には二重人格に近いものがある。今の本来の状態と、同じ意識を経由してはいるが、人格に変化が生じるGDM《ガーディアンモード》だ。GDMは基本的に、お前が守護対象にしたものが傷ついた、傷つけられそうになった時点で発動する。なにがあってもお前は彼女を守れ」
「はっ、了解しております」
「ならもういい。帰れ。葵君、また会おう」
「……はい。それでは、伯母様、叔父様、さようなら」
「ええ」
二人は部屋を出て無言で東京に向かう電車に乗る。現在の電車は過去のものとは違い、対魔装甲、完全電力でのリニアモーターカーになっている。一さや用辺りに入れる人数は30人程度で、席は切符購入時点で決まっており、過去の飛行機に近い。
「兄さんは、あのようなやつらに体を弄られて、怒ったりはしないのですか?」
「俺だって嬉しいわけじゃないけどさ、今は二宮に背くほどの力が俺に無い。もうしばらくは我慢するしかないさ」
「私がもし、二宮の党首になれば、兄さんへの不当な扱いはなくなるのでしょうか?」
「どうだろうな、兄ちゃんとしては別にお前が俺を無下に扱わないでくれるだけでもいいけど」
「そ、それはそうですけど……!、なんだか兄さん昔に戻ったみたいですね」
「ああ、正常化ってことはそういうことだろう。まあ、少し楽になった」
「よかったです!」
そこで零機の携帯端末に通信が入る。零機は仮装ディスプレイを展開する。現在の電車内は完全に区切られているので、あまり騒がない限り電話していても問題ない。零機に電話をかけたのは大木少将だった。
「大木少将、自分に電話、それも緊急回線ということは緊急の用事ですか?」
『ああ、そうだ。三分前、神奈川の海岸沿いで天獣が出現した。出頭せよ。000旅団も今すぐ向かう。それまで抑えろ』
「はっ、了解。自分の装備は神奈川支部で支給されたものを使うのでよろしいでしょうか?」
『ああ、それでいい。あれの許可も下りた。現在は軍、自衛隊、そして神奈川の第二魔法学校が食い止めている状態だ。敵戦力は鮫ノ
「了解しました。向かいます」
零機は電話を切り、葵のほうを向く。
「葵、軍からの神奈川本部への出頭命令だ。今交戦中らしい。都市に伝わるのは時間の問題だ。俺は今すぐ向かう。お前は―」
「付いていきます」
「でも―」
「付いていきます」
「だよな……。なら一応軍の装備は着てくれよ」
「はい!、兄さんのためなら!」
「ったく、まあいいか。次の駅で降りるぞ、準備しろ」
「はい」
零機の入学まではまだ壁があるようだ。零機はため息をつきながら止まった電車を降り、改札を抜ける。電子パスを使い走り抜ける。
「葵、MMGがなくても跳躍魔法は使えるだろう?」
「私を誰だと思ってるんですか!、楽勝です」
「そっか。でも俺楽勝じゃないからさ。運んでくれませんかね?」
「もう、兄さん、冗談はよしてください」
「いや、マジで。叔父のやつは体になにもしてないとかいってひとつ細工しやがった。今の俺は最低限の魔法しか使えない。お前がそのリミッターを解除してくれれば別だが」
「あのものども……!、解除とは?」
葵がそう口にした瞬間、海岸沿いから轟音が聞こえてくるのと同時に、民間人の避難勧告を促すアナウンスが流れる。
「俺がお前の血を吸うことだ」
「えっ……!」
「でも俺全く今血を吸いたくないんだよな。どうしよう……」
「ならこれで!」
葵は今日来ていたセーターから肩を出す。それだけで健康的で綺麗なうなじが目立つ。零機の目は赤くなり、気づいたときには首筋に歯を立てていた。
「あっ、兄、さん」
「ありがとう葵。これで本気が出せる」
零機はしゃがみこむ葵を支え、不敵に笑う。
「もう、俺を縛るものはない。我は第十三始祖、アリア・バンガレット・ブラッドの始祖の血の後継者、桐谷零機が汝に命ずる。汝にかかる封印という名の枷を解き放ち、神を欺くその姿を顕現させよ、『強欲』の神獣、マモン!」
零機の腕が黒くなり、そこに一筋の青い筋が浮かぶ。それと同時に、空から青い九つの尾を持つ巨大な狐がやって来る。零機はそれに葵を抱き上げ飛び乗る。吸血鬼の脚力で飛び上がる。
「きゃあああああ!」
「マモン、飛ばせ!」
狐は地を走るようにして空を翔る。第十三始祖、その力がまた開放された瞬間だ。
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