memories:いちご
何処かそわそわしている陸君にちらりと視線を向ける。
デートしませんか、と誘われたのは数日前のこと。
いつものように他校である私の学校まで迎えに来てくれた陸君と並んでの下校。彼が校門の前で待っている姿も、私の姿を捉えて綻ぶ顔も未だに慣れなくて胸がドキドキしてしまう。
「今週の土曜日って何か用事あったりする?」
道路側を歩く陸君が心配そうに私の顔を覗き込むようにして聞いてきた。
「え、ううん。特に何も用事はないよ」
「なら、デートしませんか?」
デート、なんて改まって誘われたことなんてなくて「え、あ、えっと……」と上手く返答できない口の代わりに大きく頷く。
「よかった」
そう、朗らかに笑った陸君の手は少し震えていて、私を誘うのに緊張していたのかと思うとなんだかそれがとても愛おしくて私はそっと陸君の右手に触れる。それに気がつき、そっと握り返された手は大きくて、温かかった。やっぱり男の子だな、と思う。
別れ際、陸君は
「暫く用事があるから一緒に帰れないけど、土曜日楽しみにしてるね」
そういって手を振って去っていった。
言葉通り連絡はあっても、陸君とは会うことはなく過ぎていったこの数日。久しぶりに会う陸君は今日1日どこに行ってもずっと何処かそわそわしていた。
───何となく、察しはついてる。
予定を忘れないようにと手帳を取り出し書きこもうとして気がついた。……そうか、ホワイトデーだ。現に今、そわそわしている陸君の手には小さめの紙袋がある。
……もしかして、これお返しのチョコだったり───。
そう考えるとなんだか、これをいつ渡そうかタイミングを窺ったり、ドキドキしたり、あたふたしたり、私の為に色々考えてくれてるのかな、なんて嬉しすぎて顔がにやけてきてしまう。
ふふ、と思わず零れてしまった笑いに、陸君が「どうかした?」と小首を傾げる。
「あ、えっとね、今日の陸君ずっとそわそわしてるなぁってなんだかおかしくなってきちゃって」
思わず思ったままを口にすると、陸君の顔がゆっくりと真っ赤に染まっていく。
「あぁ、嘘、まじかぁ……」
両手で顔を覆い隠し座り込むと、陸君は指の隙間からこちらをちらりと見て「はい」と紙袋を差し出した。
「もうきっとばれちゃってるよね」
カッコよくスマートに渡せれば良かったんだけどさ。
差し出された紙袋を受け取る。中には赤いリボンが付けられた茶色の箱が入っていた。
「開けてもいい?」
「……どうぞ」
ひょっとして、と思う。リボンをほどき、箱を開けてみた。中には真っ赤ないちごにチョコがかかっているものがいくつも綺麗に並べられて入っていた。
もしかして──。
「手作り?」
陸君の顔を窺えば、こくりと頷きが返ってくる。
「ほんとはケーキとかクッキーとか作れたらよかったんだけど。姉ちゃんに教わってここ数日頑張ってみたんだけど付け焼刃とかじゃお菓子って簡単には作れないんだね」
そう苦笑する陸君に大きく首を振る。
「そんなことないよ。これだって立派なお菓子だよ」
ここ数日用事があるっていってたの、これの為だったんだ。
何度も失敗したり、上手くいかなかったり、お姉さんに怒られたり、それでも私のことを想って最後まで頑張ってくれた。その気持ちだけで十分だよ。
「私、凄く嬉しい」
あぁ、もう恥かしい、そう呟きながら陸君は手うちわで火照った頬を鎮めようとしている。
───可愛い人だな。
自然と表情が綻ぶ。
「あのね、……一緒に食べませんか?」
私の提案に、陸君は一瞬呆気に取られていたけど、小さく頷いた。
一緒に食べたいちごチョコは、少し酸っぱくて、でも甘くて、今まで食べたどのいちごチョコよりも優しい味だった。
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