memories:イワレンゲ
今日の部活も終了。花壇に青々と咲く花を見渡して満足げに大きく頷いて、校舎の壁際に置いておいた荷物を持ちあげさて帰ろうと「お疲れさまでした」と先輩に告げた時だった。
「良かったら貰ってくれませんか」
そういって差し出されたその植物の名前を聞いて私は苦笑をせざるを得なかった。
「花が咲くまでは根気よく待たなきゃいけないんですが……」
子株ができたから切り取り移したのだという。この植物の名は蓮の花のような葉姿から由来するのだと教えてもらったように、確かに淡い薄紫に塗りつぶしてしまえばそう見えなくもない気がする。
岩蓮華。
モノは分からなくても花言葉だけはバカみたいに覚えたお蔭で食部の名前を聞けば大抵の花言葉は分かってしまう。岩蓮華のいくつかある花言葉の1つ。渡されたときは分からなかったけど、その名前を聞いてどちらかといえばマイナーだろうその意味で渡されたモノなのだろうかと深読みしてしまう。
純粋に植物バカともいえる植物大好きな山下先輩に限ってそれはないだろうが、数か月前この先輩に告白してフラれた身としては、もう気持ちの切り替えは出来ているもののなんだか複雑だ。
「でもどうしてですか?」
以前にも山下先輩の自宅で育てたという花をもらったことはある。園芸部の活動として花壇で育てているものを、許可を得て貰ったこともある。ただ私の手元にやってくるときはいつだってそれらは切花になっていて、私はそれを教室に飾ったり、うちに持って帰って活けたりする。でも今回はどうだろう。────鉢植えだ。どうみても鉢植えでしょこれは。
その両掌で真っ白い陶器の鉢植えを愛おしそうに抱える先輩は、少しだけ私の言葉の意味を図りかねるかのようにきょとんとし、それから少ししてはっとしたように私を真っすぐ捉えて、
「だって、植物のこと好きになってくれたじゃないですか」
そういってはにかんだ。
「実質僕達だけみたいなこんな部活にも毎日来てくれるし、花言葉だって僕なんかよりもずっと詳しくなってるし、力仕事だって地味に多いのに弱音も吐かずに取り組んでくれるし、なにより……植物対する手が優しくて。愛おしそうに指先で触れてる姿に、なんだか僕嬉しくなってしまって。だからこの花も、開花まで時間がかかるけどきっと大切にしてくれると思いまして」
あぁ、もう───。
泣いてしまいそうになるじゃないですか。
先輩、そういうところですよ。
当然のように向けてくれる優しさ、自分らしく一生懸命なひた向きさ、大切なものへ向ける情熱、真っすぐな眼差し。私はそれに惹かれ、先輩に恋をした。
皆に先輩の良いところを知ってもらってこんなに素敵な人なんだよって自慢したい気持ちと、私だけが知っていればいいなんて誰にも教えたくないようなそんな気持ちが交差する。
数か月前はただただ胸を焦がすだけの〝好きだ〟という想いしかなかったのに、今はなんだろう。
尊敬。
憧れ。
うん、きっとそんな言葉がふさわしい。
ただ、この人を大切に思う。
もうこれは恋とは別のものだけど、先輩の〝そういうところ〟を知る存在でいたい。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「……こちらこそ、ありがとうございます」
何処か安堵したように一瞬落とされたその視線と消え入りそうに零れたその言葉。
でも次の瞬間には先輩はなにもなかったように「鉢植え、重たいかもしれませんが気を付けて帰ってくださいね」といつもの優しい笑みを浮かべていた。
だから私も同じようにいつもの私の笑みを浮かべ「お疲れさまでした」と小さく会釈をしてその場を後にした。
自分の腕に抱かれるこの鉢植えは確かに少し重い。でも、なんだかその重さが心地いい。だからだろう。妙に足取りは軽い。
さあ、帰ったらこれをどこに飾ろうか。
そんなことを考えながら跳ねるように裏門へ向かう。
裏門へは校舎裏を通るのが近い。駆けるように校舎裏へ続く角を曲がろうとすれば、見知ったやつの後ろ姿が目に入る。
「あれ、晴哉じゃん。こんなところでなにしてんの」
そう掛けかけた私の声は
「ずっと前から好きでした」
そう告げる女の子の声にかき消された。
………思わず、元来た方へ隠れてしまった。
そういえば誰かが言っていた気がする。晴哉は意外にモテるのだと。
でもまさか告白現場に居合わせるとは思わなかった。
小さく息を吐いてからそっと覗けば、見たことある女の子がきつく握りしめた拳をふるふると揺らしながら晴哉の反応を待っている。
「ごめん」
そう短く告げられた晴哉の声を聞いて私は身体を引っ込めた。……そこにいたのは私の知らない晴哉だった。その表情も、その声も、纏うその雰囲気も、全部私が知らないもの。ずっとそばにいたはずなのに。一番近くにいたはずなのに。
校舎に背を預けてそのままずるずると地面に腰を下ろす。
あぁ。
胸が締め付けられるような感覚。
「なんで私がこんな気持ちになってるんだろ」
抱え込んだ膝に顔を埋める。
「ごめん」と低く短く発せられたその言葉が胸の奥に引っ掛かって妙に目の奥が痛む。
「晴哉のばぁか」
言葉にできないこの感情を何処にぶつければいいのか。
ゆっくりと上げた目線の先に岩蓮華の鉢植えを見付けて私は小さく苦笑を漏らしたのだった。
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