memories:アカツメクサ



 隣に並んで一緒に帰る帰り道。頭1つ分、高いところにある視線は、時折優しくこちらを見下ろす。歩幅は私に合わせて小さくゆっくりと。

 ただそれだけのことが、未だにドキドキする。

 高校進学を機に別々の学校に通うことになってからは、こうやって学校まで私を迎えに来てくれた陸君との放課後デート。その日あったことや、目についたものの話、そんな何気ない会話を繰り返す。時々流れる沈黙も嫌じゃなくて、どこかくすぐったい。

 何気なく道端に視線を送っていた陸君がなにかを見付けたらしく、あ、と小さく声を漏らしてスッとその場にしゃがみ込む。

 なにしてるんだろう。

 後ろから覗き込もうとすれば、振り返った陸君と目が合う。

 妙に嬉しそうに緩んだ口元。

 すっくと立ちあがると陸君は「はい、プレゼント」と花を1輪差し出した。ピンク色の小さなボンボンみたいな花。

 不意に差し出された花を見て、驚きが懐かしさに変わる。

 ふふふ、と小さく笑うと陸君が「どうかした?」と小首を傾げる。

「あ、ごめんなさい。前にもこんなことがあったなぁって、なんだかデジャヴを感じて」

 そう告げると、陸君は少し考えるそぶりを見せてから、思い出したらしく「あー……うん」と苦笑いを漏らす。

 それは私達がお付き合いを始める前の話。

 その日廊下に貼り出されたテスト結果は、前回の順位よりも下がっていた。勉強しかできない自分にとって数字として出るその結果が、胸の奥に重く圧し掛かる。

 お弁当箱を片手に、人のいない方いない方へ足を進めれば、中庭に辿り着いた。ベンチに腰掛け、膝の上にお弁当を開いていく。卵焼き、ウインナー、ほうれん草のおひたし……。おかずに箸を付けるけど、中々口元まで届かない。

 ふぅ、と決して小さくはない息を漏らすと

「どうかしたの?」

と、男の子に声を掛けられた。

 声のした方へ視線を移すと、見たことのある顔がそこにあった。確か、同じクラスの増田陸君。話したことは1度もなかったはず。まさかそんな人に声を掛けられるとは思ってもみなくて、「あ、あ」と小さく声だけが漏れる。

 そんな私に気を遣ってなのか

「そう言えば、テスト結果貼り出されてたよね。見たよ、今回も上位だったね」

と、にこりと彼は笑みを浮かべる。

 きっと深い意味はないんだろうけど、今はその話題に触れないでほしかったな。

苦笑気味になる口角を出来るだけ上げて笑顔を作る。

「だけど、前より順位下がっちゃってて……」

「そうなの? でも、俺なんて頑張っても順位いつも真ん中辺りだよ」

「だけど増田君は運動できるし誰とでもお話できるじゃない。こうやって、話したこともない私にも話しかけてくれたし。そっちの方が凄いと思う。私は運動は苦手だし、人とお話するのも苦手。だから、勉強くらいしかできることがないの」

 相手がどう思うのか考えるとなにを話していいのかわからなくなる。だから普段学校では一言二言、人と話すことができればいい方。だけど、こうやって話したこともない私に話しかけてくる彼の人と壁を作らない雰囲気のせいなのか、増田君とは何故かこうして会話が出来てしまった。それにこの感じ、嫌じゃない。むしろ、温かくて心地いい。なんでだろう。

 ふーんと声を漏し、彼はこの話題に興味がなくなったのか辺りをきょろきょろし始めた。

 暫くして、あっと声を漏らすと、彼は近くの花壇に駆け寄り座り込んだ。それからガサガサなにかしている後姿が見えた。なにしてるんだろう。ぼうっとその後ろ姿を眺めていると不意に振り向いた彼と目が合う。あっ、と思うや否や、彼が小走りに私の元へ駆けてくる。

「はい、頑張ってる君にプレゼント」

 そういって差し出されたのは丸いボンボンが咲いたみたいな1輪のピンクの花。

「え、これ、花壇に咲いてたんだよね。摘んじゃっていいの?」

 おずおずと差し出された花に手を伸ばせば、

「大丈夫。俺の幼馴染があの花壇の手入れしてるから、あとでちゃんと言っておくし。それに多分この花わざわざ植えて育ててるわけじゃないと思う」

 所謂、雑草ってやつかな。

 そういって伸ばした私の手に花を置いた。

「これアカツメクサって言うんだって。小さな花がたくさん集まって、丸くなって、今の形になってるんだ」

 花をまじまじと見つめる。確かにこの花は小さな花の集合体らしい。

「……さっき君は勉強くらいしかって言ってたけど、それだけじゃないでしょ? 話するの苦手って言いながら、俺とこうやって話をしてくれてる。勉強だって覚えなきゃいけないことたくさんあるよ。君は色んなこと、たくさん努力して今の君っていう形になってる。俺は君のこと素敵だと思う」

 この花みたいだね。

 そう言って、彼は柔らかく笑った。

 その優しさが、目の奥を熱くさせる。零れそうになった涙を、必死にこらえて「ありがとう」ただそれだけ言うのが精一杯だった私の頭を、彼は優しく撫でてくれた。

 まさか、その時の男の子と今こうしてお付き合いすることになるとは、あの頃は微塵も思っていなかったけど。

 あの頃から、陸君を包む空気は変わらない。温かくて、心地いい。

「陸君はずっと変わらないね。傍にいると落ち着く。……うん。安心するの」

「……それはそれで困るんだけどさ」

 陸君が小さくなにか言った気がして、聞き返したけどただ陸君はバツが悪そうに微笑んだだけ。

 小首を傾げる私に、大きな手が差し伸べられる。

「帰ろうか」

 差し出された手に、少し戸惑いながら手を重ねる。

 重ねた掌から伝わる温もりを包み返し、いつもと変わらない日常を噛み締めた。



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