6. 恋の媚薬

 さて、ノビルさんですが、書生のシュンスケさんと公園でデート中でした。


 ベンチに並んで座っているのですが、微妙な隙間があって、会話は途切れ途切れで全くはずみません。


 煮え切らないシュンスケさんをノビルさんはもどかしく思っています。


「あ、あのさぁ――」

「何?」

「次はいつ会えるかね」


 優柔不断はいけませんね、ツンとした表情でノビルさんは答えました。


「お店が忙しいから、分かんない」

「今日はいつまでいられるかね?」

「そろそろお店が開く時間だから戻らなくちゃ。じゃ」


 ノビルさんは立ち上がると、シュンスケさんを置いてスタスタと去っていきました。


 何がいけなかったのか、シュンスケさんは呆然と見送るだけです。


 同じ頃、同じ公園の片隅でチェシャとアルトゥール様が野草を摘んでいました。


「ヨモギも摘んでおこう」


 と、アルトゥール様は思わず手を止めました。


「おや?」


 アルトゥール様とノビルさんが鉢合わせしました。


「やあ、甘味処の看板娘さん」


 あれから何度もトバツに通っていましたから顔なじみです。


「いやだ、そんな――」


 お世辞でなく事実看板娘なのですが、ノビルさんははにかみました。


「トバツのあんみつ、私もお気に入りです」


 チェシャも微笑みました。ええ、チェシャは甘いものに目がありませんから。


 それがノビルさんと会話を交わした最初でした。


「私はアル。アルトゥール・コインブラ。君は?」

「ノビルです」


 二人が打ち解けるのに時間はかかりませんでした。


「じゃあ、薬草を探して旅を?」

「まあね。そうだ、時間があったら覗いてみる?」

「はい、喜んで」


 チェシャに案内されノビルさんは細い路地に入りました。白い塗り壁の塀が続き、歴史あるヨノヲスの街でも一段と古びた光景が続きます。


 お寺の門前でチェシャが立ち止まりました。はい、そこでT字路になっていて門前で道幅が広くなっている、つまり広小路です。


「こんなところがあるんだ」


 ヨノヲス育ちのノビルさんも知らない小さな小さな広小路です。


「簡単なトリックですが、普通の人には見えにくいはずです」


 チェシャは再び真っ直ぐに歩きはじめました。


「あっちに行かないの?」


 チェシャは微笑みました。


「広小路で曲がらず、そのまま真っ直ぐ進みます」


 路地はすぐ行き止まりとなり、再びT字路となっています。そこを左折すると路地裏に不思議な種の店がありました。


 お店に戻ると、女主人のシズメさんが店番をしていました。


「おかえりなさい。あら、新顔?」

「甘味処の娘さんです」


 チェシャがポットと茶器を運んできました。


「さっきは彼氏とデート?」


 アルトゥール様が訊きました。


「あんな優柔不断なやつ、知らない」


 テーブルについたノビルさんは緊張していたのが少しほぐれた様子です。


「喧嘩してるんだ」


 そんな会話を耳にしつつ、チェシャは白磁のカップにお湯を注ぎました。カップを温めるとお湯を捨てティーポットでお茶を注ぎます。


 アルトゥール様がふと何か思いついたご様子で、悪戯っぽい笑みを浮かべました。


「これを試してみない?」


 アルトゥール様は棚のエッセンス瓶を手にとりました。


 蓋を開けるとよい香りがふわっと浮き立ちます。


「バラのエッセンスなんだ。いい香りだろう」


 チェシャが何か言いかけましたが口をつぐみました。


 ノビルさんはすっと香りを嗅ぎました。


「本当、いい匂い」


 ノビルさんはアルトゥール様の優しげな、それでいて凛とした姿を眺めていました。アルトゥール様がビンを傾けてバラのエッセンスを一滴お茶に垂らすと、彼の指先に目をやってじっと見つめました。


 ええ、ほっそりとした指先でしたから、ノビルさんは不思議そうな何か腑に落ちないような表情になりました。


 お茶を飲み終えたノビルさんは壁の時計に目をやりました。


「いけない、もう時間だわ――」


 ノビルさんは慌てて立ち上がりました。


 しばらくして、ノビルさんを見送ったアルトゥール様が部屋に戻ってきました。


「いいんですか? あれは恋の媚薬ですよ」


 チェシャが軽く諌めると、アルトゥール様は肩をすくめました。


「材料が欠けてるんだ。どうせ効きゃしないよ」

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