盲目

 小さな嘘をついた。

「ウサギの穴に落ちたのは私」

誰も聞く耳を持たなかった。

誰もが知ってる有名な物語だから。


「それは嘘だ、君じゃない」


みんなに否定される。

どうしてか分からない。





 次にまた小さな嘘をついた。

「私は妖精に祝福されて生まれたの」

誰もが鼻で笑った。

知らない人はいない物語だから。


「それは違う、君じゃない」


また否定される。

私だって言ってるのに。





 次はもっと上手な嘘をつかないと。

「舞踏会で王子様と私が踊ったのよ」

誰も興味を持たなかった。

舞踏会に王子様なんて現実的じゃないから。


「それは勘違いだ、君じゃない」


まだ認めてくれない。

まだ嘘が足りないの?





 また新しく嘘をつく。

「大きな豆の木に登って雲の上に行ったのよ」

誰かが手を叩いて笑った。

嘘だって分かりきってるから。


「それはおかしい、君じゃない」


今度は笑われた。

その笑いは好きじゃない。





 もっと嘘をつく。

「赤い靴を履いてたくさん踊ったわ」

誰からも何も言われなくなった。

一人だけポツリと呟いた。


「それは間違ってる、君じゃない」


誰からも相手にされなくなるのってこんなに辛いのね。

破裂してしまいそう。





 まだ嘘をつく。

「森に住むお婆さんのお見舞いに行ったのよ」

誰かのため息が聞こえた。

そして疲れたような口調で言う。


「それは良いことだけど、君じゃない」


その人に問い詰めたい。

どうしてそう言い切れるの?って。





 私も何かの主役になりたい。

どんな物語でも構わない。

ただそれだけ、たったそれだけで満足するのに。

誰も認めない、誰も肯定しない。

ひどい、ひどいわ。

ただ嘘をついてるだけなのに。





 私は真っ暗な世界しか知らない。

色んな所から聞こえる音と香りだけで、他には何もわからない。

だから、誰かが「君が今持っているのはリンゴだ」と言っても、それが本当かわからない。

もしかしたらそれはリンゴじゃなくて、もっと別の物かも。

それに、私には何も見えない。


だから全部、嘘なの。





 ある時、私の嘘を認めてくれた人が現れた。

「そう、君だ」

長い髪を塔から垂らしたのも、ネズミと結婚しそうになったのも。

糸車で指先を刺したのも、凍える日にマッチを売ったのだって。

全部、全部が私だと言ってくれた。





 私は色んな事をその人に話した。

それを全部肯定してくれた。

「そうだね、それは君だ」

とても心地良かった。

すごく嬉しかった。

ずっとずっとお話していたかった。


それなのに。


それなのに、その人は嘘の存在だった。


それすらも『嘘』だった。

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