この中で一番マシなのオタクじゃね?

田城潤

プロローグ 〜今度こそは平穏に。



 昔からお金持ちというだけで周りからチヤホヤされてきた。はっきり言おう、心底ウザイ。

 今までの学校生活で楽しい思い出など一つもない。小学校、悪いことをしても教師達はビビって指摘してこない、と言うか媚を売ってくる。うん、滅べ。

 中学校、先輩ヤンキーに金をたかられまくる。(その後、そのヤンキーの家が一夜にして更地になった。)うん、何かゴメン。

 という訳で現在高校生、俺は、心機一転、家を出て一人暮らしを始め、元々住んでいた場所から遠い高校へと入学した。


「さて、今日からここが俺の高校、か……」


 うん、いい校風だと思う、生徒達の顔には活気が溢れ、若者のオーラがヒシヒシと感じられる。そういう俺はというと、


「……元気がないようですね、タクヤ様」

「原因は全てお前のせいなんだが……」


 俺の隣には、腰まで伸ばした銀色の髪を春風にたなびかせ、瞳は、日本では珍しい碧眼、スタイルもよく、顔も整っている。

 運動神経は抜群、成績は優秀、正しく文武両道とは、コイツのためにあるのでは? と言う程の完璧超人。


 ……もとい、俺の家で働いていたメイドだ。


「俺の平穏な学園生活のスタートを、真っ先にぶっ壊してくれるとはいい度胸じゃないか? 相崎 リツカ」

「……全てはタクヤ様の為です、タクヤ様がいきなり、「俺! 高校いったらオタクになる!」とかいいなさるから……」

「そんなテンションでは言っていないんだが……」


 理由はお前が一番知っているだろうに、俺、赤城 タクヤにとって、相崎 リツカは、幼い頃からずっと一緒で、お互いに信頼し合っている、という程の仲だ。

 で、あるからして、俺がそんな馬鹿げた事を言う理由も、理解出来ると思うのだが。


「……私は、タクヤ様が心配です」

「リツカ……」

「……中途半端なオタクになってしまわないかと思うと、夜も眠れません」


 何だそれ、中途半端なオタク? ふむ、確かにオタク共に取って、ニワカは一番嫌われるタイプらしい、しかし、俺はしっかりと勉強してきている。オタクと言ったら、アニメ、そうなのだろ?


「心配するな、アニメは大体見尽くした、アニメというのはいいものだな、特にドラ〇ンボ〇ルと言うアニメは傑作だな!」

「タクヤ様……」


 なんだその憐れむ様な顔は……


 そんなふうにリツカと会話している間にも入学式の時間が迫ってきている、流石に入学式に遅刻はないだろう、目立つ原因でもある。

 なので、リツカの不可解な顔の事に付いては後々聞くとして、俺達は足早に入学式の行われる体育館へと向かうことにした。



 ××××××××××



 体育館に着くと他の生徒達はもうあらかた席に付いており、俺は指定されている席へと向かった。

 向かう途中、体育館の中は生徒達の声で騒がしく、俺は鬱陶しそうに耳を塞いでしまう、

 席につくと丁度、入学式開催の時刻になり先程までの喧騒はどこ吹く風、体育館は静寂に包まれた。


 その後は、無駄に長い校長の話があり、次に生徒会長挨拶、そして、新入生代表挨拶と、入学式は着々と進んでいく、おもむろにリツカの方へと視線を移すと、どうやら眠りこけているらしく、頭がカクカクとぐらついている、まぁ、無理もないだろう、入学式の内容はとてもどうでも良い様なことばかりであるし、今後の生活に関わる事でもない、俺は俺の平穏な学園生活を送るだけである。


「新入生、起立、礼、着席、これにて入学式を終了致します、新入生は各自のクラスに移動し、担任によるHRを受けてください」


 そんな教師の言葉の通り、俺は予め決まっているクラスへと足を運ぶ、リツカとは別のクラスの様なのでわざわざ声を掛ける必要もないだろう。


 自分のクラスの教室に足を踏み入れ、名簿順に決められている席につく、俺は赤城、と言う苗字なので名簿は早めの二番目だ。

 はて、俺より名簿が早いやつなんて、珍しいな?

 どんな名前なのか確認しておくのもいいだろう。


 どれ……


 一年三組 愛上 尾垣


 あいうえ おかき? う、うん、個性的な名前だな。この名前なら必ず名簿は一番になれるだろう。

 両親のネーミングセンスを少しばかり疑うが……


「あのぉ、僕の席を見つめてどうかしましたか?」


 おぉ、本人の登場か、どうしようか、あまり席を見すぎたか、それなら不自然に思われても仕方が無いと言えよう、ふむ、ここはどうやって言葉を返せばいいものか。


「いや、何でもないようだ、気にしないでくれ」

「そ、そう? あ、僕、愛上 尾垣、宜しくね」


 この、愛上君の見た目は少々、気弱そうな感じで、打たれ弱い、というイメージだ。うむ、コイツは確実にクラスでモブになるタイプだろう、ならば少しばかり仲良くする、というのも良いかも知れない。


「あぁ、俺は赤城 タクヤと言う、迷惑で無ければ仲良くして貰えると助かる」

「そ、そんな、迷惑なんて! こちらこそよろしくね、赤城君」


 ふむ、第一印象はよく写っただろう、まぁ、伊達にお金持ちの息子としての振る舞いをしてきただけあって、こういうのは割と得意な方だ。


 すると、丁度よく、担任が入ってきたので、HRが始まるようだった、よし、入学初日のHRと言えば、自己紹介だろう、ここはオタクアピールを全開にして早めに目立たないようにして置かなければ。


「はーい! それでは皆さん? 私がこの一年三組を受け持つ藍原 加奈子です! これから一年間よろしくお願いしますねー!」


 ふむ、どうやら俺のクラスの担任はテンション高めの教師らしい、これは下手に目立つと、無駄に突っ込んで来るタイプの女性だろう。尚更、自己紹介を穏便に済ませなければ。


「それではまず、恒例の自己紹介から行きましょう! はい、それでは名簿一番の愛上君! どうぞ!」


 藍原教師が愛上君の名前を呼ぶなり、周りから少し笑い声が聞こえる、なるほど、察するに、彼は中学時代、いじめられていたタイプの人種だろう。

 なんと惨めだろう、いじめる人間も人間だが、それを嫌と言い出せない本人も本人だ。これはどちらが悪いとは判断が難しい所だな。


「は、はい! あ、愛上 尾垣です、よ、よろしく、お、お願いします!」


 クスクス、とすすり笑う声が教室に響く、彼の今の自己紹介に何を笑うところがあるというのだろうか? 至ってシンプルないい自己紹介ではないか。


「はい、それでは次! 赤城君!」


 呼ばれたので、さっさと立ち上がって自己紹介を済ませよう、何だか気分が悪い。


「赤城 タクヤと言う、好きなものはアニメ鑑賞だ。まぁ、要するにオタク、というヤツだ。バカにしたい奴はバカにするといい、俺はそう言う奴にはそれ相応の対応を取らせて貰う、以上だ」


 あれ、何だか想像したよりも、キツイ言い方になってしまった気がするのだが……


「あ、あはは、こ、個性的な自己紹介ありがとうございます!」


 なんだろう、一気にクラスの空気がどんよりとしてしまった気がするのだが。


 その後も自己紹介は続き、最後の一人が自己紹介を終える頃には、俺の悶々とした気持ちも晴れていた。どうやら今日はこれで終わりらしい。よし、そうと決まれば、さっさと帰ることにしよう。家に帰ってアニメを見なければ。


 そして俺が席を立つと、前の席の愛上君が何か言いたそうにこちらを見つめてくる。ふむ、どうしたのだろう。


「あ、赤城君! さ、さっきの自己紹介凄かったね! あんなに堂々とオタクって言えるなんて!」

「なに、そんなことか、逆に、君は好きなものを好きと言えないのなら、それは本当にそれを好きとは言えないと思わないのかい?」

「あ、えと……」

「済まない、何でもないさ、気にするな」


 少々熱くなってしまったな。


 例外はあるが、どうやら俺は、昔から自分に嘘は付けないタイプらしく、自分を押さえ込もうとしているやつを見ると、腹が立つという、悪い病気なのだ。


 うん、そういう事にしている。

 いや、これはただの理想、か。



 ××××××××××



 廊下に出ると見慣れた銀色の髪が視界に入ったので、俺は、銀色の髪の持ち主に声を掛け、さっさと帰宅しよう、と促す。


「……了解です、タクヤ様」

「学校で様付けをしないでくれないか? 何だか目立ちそうだ」

「……すいません、赤城さん」

「はぁ、もう何も言わん」


 相変わらずリツカは極端と言うか、どこか抜けていると言うか……そんなことを思いながら、廊下をリツカと共に歩くのであった。


 教室を出る際に、妙な視線を感じた気がしたが、別に気にしないことにしよう。


「……タクヤ様、帰りにどこか寄りますか?」

「そうだな、TSUTAYAにアニメDVDでも借りに行こう」

「……ちなみに何を借りられるかお聞きしても?」

「勿論、ワン〇ー〇だ。あの作品も傑作だしな」


 全く、日本と言う国は、アニメ作品が素晴らしい、この国に生まれてよかった。これならオタク、というものが増えると言うのもわかる話だ。


「……タクヤ様……」

「そんな目で俺を見るな、ちなみにリツカは何処に住んでいるのだ?」


「……? タクヤ様と同じ部屋ですが?」


 どうやら冒頭の一人暮らし、と言う表現には誤りがあったようだな。訂正しよう、二人暮しのようだ。



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