爆弾に夕立を添えてお召し上がりを

カスイ漁池

第一章

料理店〈ヤーン〉

        【屋代 1】



 青春は遠い空から飛来する。


 雑音で薄まった音楽は肩が触れ合うほど狭い厨房にも届いていた。学生時代、何度も口にした青春論をふいに思い出したのはそれが原因だった。もう聴く者など誰もいないような二十世紀の曲だ。懐かしみ、笑みを浮かべる。ロックがどうだ、ジャズがどうだと友人と知識をひけらかし合い、現代のポピュラーミュージックは耳から入り込む毒だと公言してはばからなかった当時からずっと、屋代やしろは本気で青春が衰退したと信じていた。


 肉の焼ける香ばしい匂いと肌に貼りつく熱気に、無意識にフライパンを揺する。一際高く油の破裂音が鳴り、脳が揺れる感触を覚える。

 鮮烈な赤色をしていた牛肉はいつの間にか茶色を帯び始めていて、我に返った屋代は慌ててソースを加えた。芳醇ほうじゅんな香りが湯気とともにふわっと浮かぶ。ウェイトレスがオーダーを読み上げる声が聞こえ、左手でコンロのスイッチを入れた。それほど名が知られているわけでもない個人営業のこの店も夕食時は客が多く訪れている。三つあるテーブル席には絶えず皿が並んでおり、カウンターですら空きがなかった。


 隣では料理長の島田しまだが不平と野菜の端切れを溢しながら料理を盛り付けている。わざわざ外に出なくても家で好きなもの食えるじゃねえか、と身も蓋もない。食材の自動生産どころか完全自動調理も実現し、供給機が各家庭に設置されている現在だ、彼の言い分も理解できたが、八つ当たりも甚だしかった。面接のとき、「好きなものを好きなだけ堪能できる店」という屋代の熱弁を絶賛したのは彼自身だ。


 だが、それにしても、と屋代は困惑する。

 体調不良の調理師の代役として久々に立った厨房は経営者としては喜ばしいほど忙しく、店員としてはうんざりするほど仕事が山積していた。店の前の行列を目の当たりにして言葉を失い、厨房の片隅にある予約表を確認した段階で辟易へきえきしたほどだ。開店と同時にひっきりなしに飛び交う注文と、送り出す端から返される皿には怒りすら覚えた。

 それにしても、いつの間に。


「いつの間に、こんなことになってたんだ」

「万々歳だね」と島田が心にもないことを言う。

「お手上げだよ」

「上げてる暇があるなら手を動かしてよ、屋代さん」


 都合のよいときに店を開け、知己の客に手作りの料理を振る舞う。初めはその程度だったというのに、と予想外の繁盛に当惑する。こんなことでは、と顔を顰める。

 こんなことでは、この街を爆破しにくいぞ、と。

 フライパンの中で慎ましげに油が跳ねた。

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