タケミナ
穂積 秋
第1話
タケミナカタは目覚めた。
天つ神に請われて国を譲り、山に籠り、外界と隔たり、幾千の歳月かがすぎた。
気がつけばもはや彼が治めていたころの世界ではなくなっていた。
ならば好都合、外の世界を見に行こう。自分の子孫が治めるべきという理屈にもならぬ理屈で国を奪った天つ神の治世がどのようなものか、見てやろうではないか。
こうして、タケミナカタは外の世界を見に外の世界に出た。
外の世界はタケミナカタが知っているものではなくなっていた。
しばらく川に沿って歩くと川上から櫛が流れてきた。
タケミナカタは無視した。川下に向って歩いていたから、引き返すのが面倒だったからだ。
しばらくいくと、老婆が泣いていた。
タケミナカタは無視しようとした。関わり合いになるのが面倒だったからだ。
「これこれそこのお若いの。泣きぬる婆をいかにせん」
婆はタケミナカタに言った。タケミナカタは無視するわけにいかなくなった。
「いかにもたこにも。煎餅にしてうまいのは海老だな。いかんせん、えびにせんと」
タケミナカタは関わりにならぬよう注意しながら答えた。
「えびにするとはあまりに無体。いかにせん、いかにせん」
婆も負けてはいなかった。
「えびがかになら、いかにもなろうが、所詮はえびなり。かにあらず」
タケミナカタはこの場を立ち去りたかったのでこう言った。
「そなたはこの婆を助けようとは思わぬか」
婆は婉曲に言うことをあきらめた。
「そなたがえびならとって食う。いかならばいかんともしがたいな」
タケミナカタはそう言って立ち去った。
だが、このことがタケミナカタに厄災を招くことになるのだった。
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