転生候補者キザハシノボルの憂鬱 ――こちら第一〇二『め組』転生受付センター。――
ゆきまる
#01 天使の誘惑
「おめでとうございます! あなたは無事、転生候補者に選ばれました!」
目覚めたおれの前で胸の大きい天使が明るく叫んだ。
最後に残った記憶は猛スピードで視界に飛び込んでくるトラック。色々と勘案してみると、どうやらおれは死んでしまったらしい。で、気が付いたらこの状況というわけだ。
ほがらかに語りかけてきた天使は紅白のくす玉を片手にぶら下げ、引かれた糸によってふたつに割れた中からは、『祝! 転生?』と書かれた垂れ幕と紙吹雪が舞っていた。
「あの……。おれって転生できるんですか?」
いまやソシャゲのリセマラ並に一般化した行為である死後転生だ。おれだって一応はどういう流れなのかとっくに承知している。
しかし、大衆化すれば色々と問題が生じてくるのも世の中の常。
どこに落とし穴があるのかもわからない。
実のところ心中、穏やかならざる気持ちを出来る限り表には出さず、落ち着いて交渉のテーブルに
「でも最近は転生って言ってもなんだかバラエティに飛んでますよね。人外ならまだしも無機物に転生とかだと、ちょっと自分的にはつらいかなって……」
興味は持ちつつ、視聴者受けを狙った色物路線は避けていく。
生まれ変わってまでテレビで活躍するリアクション芸人さんのような体を張った笑いをおれに期待されても正直、困る。
「昨今の転生ブームで見ている方の目も随分と肥えていらっしゃいますから、そのような風潮は転生を
小慣れた感じのプレゼンがかえってうさん臭さを増大させる。
「いえいえ、お客様。お客様! そのようにお感じになられるのも当然の反応だと思います。ですが、五分! いえ、三分で結構ですので、まずはわたくしにご説明差し上げる機会をお与えください。もしそれで、十分にご納得いただけないのでしたら、今回はご縁がなかったものとして素直に引き上げますので、まずはお話だけでも!」
ここが勝負とばかりに白い衣装を身に着けた天使は一転攻勢を仕掛けてきた。
両腕でおれの片手に取りすがり、わざと姿勢を低くして見上げるような瞳で熱っぽく語りかけてくる。
身をよじるような仕草のせいで腕に柔らかな感触が伝わってきた。
生きているうちには最後まで経験し得なかった夢のような一瞬である。
ついつい、女の子にはやさしくしてあげないとな、などとカモネギな思考が頭をよぎった。
気をつけろ。可愛い女子のうしろには、高確率で怖いお兄さんが待ち構えている。
「ま、まあ。話くらいなら……」
小さくつぶやいたその声を聞き逃さず、天使はどこからか取り出したチラシをおれの目の前に持ってくる。
必然、彼女の横顔がすぐ間近に迫った。
多分、母親以外の異性をこれほど至近距離に迎えたのは人生で初めてだ。
もう終わってるけど。
「こちらをご覧ください。現在、多くの転生候補者が特定分野への転生を希望されておられます」
指し示した箇所には、『現在人気の転生タグ一覧番付』と書かれてあった。
上から順に文字のポイントが変わっていき、一番上に太い文字で『異世界チート』と書かれてあり、続けて『異世界勇者』、『異世界貴族』、『異世界人外』、『異世界商人』……。
しばらくは異世界クラスタが延々と連なり、かなり文字が小さくなってから『歴史戦国』という言葉が見つかった。
ここからわかるのはみんな異世界大好きという事実だ。
「競争率、高いな。みんな、どうしてそんなに異世界が好きなんだ?」
口にはしてみたが、理由は大体わかっている。
みんな現代の知識で無双したいだけなんだ。『未来』というタグがどこにも見当たらない時点で十分にお察しである。
「ご理解いただけましたか? 現在、みなさまが希望する転生先と当方がご用意できるリソースには大変な
「え! 転生って、死んだらすぐに行われるんじゃないのか?」
意外な事実に思わず声が上ずった。
やばいな。気をつけていても相手の話術に
「基本的に転生はご本人様の出願書類を受理した時点で当方がうけたまわっております」
「でも、みんな死んだらいきなり神様か女神様が出てきて、強引に生まれ変わらせてくれてるよな。あれって本当は違うのか?」
テンプレ導入を真に受けていた自分が恥ずかしい。
こちらの動揺を見透かしてか、天使が声を小さくしてささやくように語りかけてくる。
「実は転生の直前で厳重な記憶操作を行っております。本当はみなさん、大変な順番待ちの末に晴れて転生者としての新たな人生を始められているのですよ」
うっそだろ……。
待ち時間なしのつもりが、実際は真夏のイベント並みに炎天下で何時間も待機列を作る必要があったのかよ。
楽じゃねえな、死後転生も。
「そ・こ・で。わたくしどもが今回、特別にご用意させていただきましたのが、こちらの転生先優先選択システム、『ズバピタ! 転生くん』なのです」
なんだその冗談みたいな商品名は……。
天使がチラシを裏返し、派手なキャッチコピーに彩られた広告欄をここぞとばかりに開帳する。
「こちらはわたくしども『転生支援協同センター』が最新鋭の重粒子コンピューターを駆使して、最も当選確率の高いジャンルをユーザーのみなさまにご提案させていただくシステムとなっております。そして、転生確率は脅威の九九・八%! ぜひ、お客様にもこの『ズバピタ! 転生くん』によって、ストレスのない状態で新たな人生の門出を飾っていただきたいというのが我が社のモットーです」
さて、どこから突っ込んでいけばいいのやら……。
ここまでくると、さすがのおれでも一気に熱が引いてくる。
頭の中では、どうやって穏便にお断りするのかをあれこれと考えていた。
「えっと……。でも、これって一回、契約したら途中で止めることは可能なんですか?」
とりあえず探りを入れてみる。
この手の定番は数年間の継続契約でユーザーを囲ってしまうやり方だ。
「――げ、原則としてユーザーの皆様には当該期間中、モニター会員として当社が指定する場所での待機を了解していただいております……。これは、本商品のシステムがみなさまの希望する転生クラスタを最新データとして活用する必要性からご協力をお願いしておりまして……」
ほらやっぱりだ。
なんだかんだと理由をつけて契約者を束縛する。
しかも聞き捨てならない一言がさらりと混ぜてあったぞ。
「あの、指定場所での待機って、どういう意味ですか? もしかして、転生されるまで拘束とかされるわけじゃ……」
言いかけたおれの声をさえぎるように、天使が巻きつけた腕にさらなる力を加えた。
身につけた洋服越しでもハッキリとわかる心地よい弾力。
正常な判断力がまたたく間に失われていく。
「お客様。ご心配なさらずとも、現地ではわたくしどもコンパニオンが二四時間体制での応対をお約束させていただきます……。みなさまからも非常に優れたシステムだと大変、ご好評いただいております。もちろん、担当者はお客様自身のご指名で可能です」
「二四時間……。いつでもですか?」
つばを飲み込む音がいつもより大きく感じられた。
無論、錯覚である。それでも
「そ、相談はなんでもいいんですか?」
露骨に要求するには羞恥心が邪魔をして、さりげに聞き出すには
「わたくしどもで対応可能な要件でございましたら、いつでもどこでも何度でも」
微笑む顔は
「さあ、よろしければ、こちらの転生希望者エントリーシートへご記入ください……」
頃合いを見定めた天使がそっと契約書類を差し出してきた。
書いちゃう? 書いちゃうのか、おれ?
「にじゅうよじかん、いつでもどこでもなんどでも……」
うわ言のように繰り返すおれは無意識に握らされた羽ペンで自分の名前、『
なんでもとは言ってない! 対応可能であればと答えただけだ!
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