それって自首ってことなの?

仲根 工機

1

 よく晴れた春の日の午後。


 ひとりの女の子がど派手にコケてカバンの中身をブチまけた。

 警視庁曼珠警察署の正門前。

「あいたたたっ……」って、あわてて散らばった私物を拾っている。

 ちょとベタな展開に、道行く人みんなが笑いを抑えられない。

「あれ? 忘れちゃったな。ショックなのだ。せっかく早起きして準備したのに」と、女の子がいう。

 門番のシガラキ巡査。昼飯を食べた直後で眠くて眠くてぼーっとしてた感じだったが、その女の子の声で、一瞬で現実に。

 そっちの方を向くと、しゃがんで私物拾っている女の子と目が合う。

「お? イケメンですね。警察もなかなかのもんですね」

 上位校、聖ポワンカレ学園女子高校の制服が眩しい。

 かわいい女の子だ。

「大人をからかうんじゃないよ、ったく。ともあれ怪我はない?」

「はい! だいじょうぶ、怪我はないですね」と、女の子はパンっパンってスカートをはたきながら立ち上がり「あ、お勤めごくろうさまです! 今日も一日、日本の平和を守ってくれてありがとうございます」敬礼の真似事をした。

「がんばります! ところで、曼珠警察署になにか用なの? お嬢さん」と、ちょっと大げさに気をつけをし敬礼しながらシガラキがいう。

「そうそう、イケメン。ヤマザキさんいる?」

「刑事課のヤマザキ?」

「正解。その、ヤマザキ刑事」

「ヤマザキに、なんか用?」

「用はね、本人に会ってから直接話そうかなって思ってるの」

「用件がわからないとできないよ、連れてくること」

「だって、他の人に関係ないからな」

「いやいや、そういうことじゃなくて。いちおう、決まりだから。ここって、ほら、一応警察署だから」

「そうか。いちおう警察署だもんね。決まりは大事だよね」女の子はちょっとがっかりした表情をみせる。

「じゃあさ、なかにさ、受付あるからさ。そこでいってよ、用件。それならいいだろ?」

「うん、それならいいよ。わかった、イケメン。ありがとう」

 女の子はちょこんと礼をすると、元気に曼珠署に入っていった。


 それから二時間ほどがたっている。

 受付ホールのソファには、革の黒いカバンを膝の上にのせ、行儀よく座った女の子がいる。彼女は静かに本を読んでる。背もたれにもたれず、背筋を伸ばし、膝をそろえて。

「おう、話題の女子高生。まだ帰らないみてえだな。ヤマザキ」一人の制服警官が通りしなに女の子に声をかけて「おい、ヨシオカ! ちょうどよかった。ヤマちゃんどうしてんの?」と、エレベーターを降りてきた刑事課の若手にいった。

「あ、いいです。そんなすいません」と、ちょっと恐縮した感じの女の子。

「ああ、病院っすよ。病院。飯泉堂医科大学病院。ほらあの美人のカミさんが、なんだか急に具合悪くなって、緊急入院とかで」ヨシオカと呼ばれた少し背の低い刑事がいった。

「とまあ、そういうことらしいから。もう戻るだろから」と、制服警官が女の子にいった。

「すいませんすいません。ホント。わざわざありがとうございます。警察、優しいね」と、女の子はまたちょこんと頭を下げる。

「いや、迷惑かけてんのはホラ、ウチのほうだから。はははは」と、制服警官はなぜか照れながら立ち去る。その様子をみて、受付の女性職員たちが、クスクス笑う。


 ほどなくして、ひとりの刑事が受付ホールに現れた。

 女の子が立ち上がり、ペコリと会釈する。

「ヤマザキ刑事だよね」

「いかにも。曼珠署刑事課のエース、ヤマザキ刑事ですよ! って、なんで知ってんのキミ? 会った?」

 ヤマザキコウスケ。刑事。四十五歳。

 強行犯を担当する一係のベテラン。自称エース。

「ええと、けっこう何回か」

「うーん。ダメだ、思い出せないや。ごめんごめん。ほらオジサン脳細胞が死に始めてるから。って、はははは」

「いえ、ぜんぜんいいんです」

「めちゃくちゃかわいい面会者きてるっていうんで、急いで戻ってきたんだけどね。ほら、抜けられない用事だったから。申し訳ない。お嬢ちゃん」

「いいんです。かえってすいません」と、女の子は何度か頭をさげた。「今日はですね。ヤマザキ刑事に、話がありまして」

「へー。俺に? っていうか俺限定? へー、どんな話?」

「ここでいっちゃっていいんですか?」

「別に、ここでも、どこでも、いつでも、なんでも、いってよ。べつにやましいことないし。ほら、ここって警察署だし。ははははは」

 と、女の子は、ちょっとあらたまった様子でいったんだ。

「実は、わたし、ヤマザキさんに逮捕してもらいにきたんです!」

「へっ? 何いってんの? いきなり逮捕って。それって自首ってことなの?」

「はい! それって自首ってことなのです!」

「なになに? ちょっと待って、待ってよー。ええと、逮捕って、簡単にはアレだよね。ちなみに、どんな犯罪を犯したっていうの、キミ」

「はい! わたし連続殺人鬼なんですよ」

 ちょっと大きな声だったのと内容が内容だったので、受付ホールにいたみんなが、一斉に振り向いた。途端に始まるヒソヒソ話。

「え? ああそう……なるほどね……連続殺じ……ん? って、え? マジ連続殺人鬼? いきなり殺人とはオジサン驚いたなぁ。そこ行くんだ」

「はい、いきなり殺人です」

「でもね、お嬢ちゃん。管内で殺人事件なんて、もう何年も起きてないよ。行方不明者もいない。いたって平和平和。警察からかっちゃダメだって」

「えーっ、せっかく本当のことを話しにきたのにー」と、女の子はまた大きめの声でいう。

「いやいや、お嬢ちゃん。ときどきいるんだよ、じぶんが犯罪者だと思いこんじゃって警察に罪を告白しにくる人。ほとんど、意味のわかんない妄想かイタズラだから。お嬢ちゃんも、こんなことしてないでお家に帰りなさい。親御さんに迎えに来てもらおうか?」

「いいんですか? わたし、連続殺人鬼なのに、このまま帰しちゃっていいんですか? 犯行を重ねる可能性もあるのに、いいんですか?」

「はいはい、いいんですよ。さっ、帰りなさいな。もう、こんなことしちゃダメだぞ」ヤマザキは少し強めにいう。

 すると、女の子はさっきまでよりも少し低いトーンでいったんだ。

「2014年9月、ハナサワリカ十七歳。2015年12月、ハセガワミツキ二十三歳。そして、2016年5月、タナカツグミ三十三歳」

「ん? なにそれ?」と、ヤマザキ。

「はい! この三人は、わたしが、いままで殺した女の子たちなのです」元気にそういいながら、女の子はニコッと笑う。愛くるしい笑顔が周囲を和ませる。

「……ん?」

「だ・か・ら。わたし、連続殺人鬼なんですってば! はいはい。逮捕、逮捕。ヤマザキ刑事、お手柄ですよ」

 

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