18:アレックス達との祝宴
「あぁ! ごめん! ちょっと遅くなった!」
ギルドの酒場に駆け込んだ慧介はアレックス達一同を見つけるやいなや、慌てて駆け寄りながら遅刻の謝罪をする羽目になった。
「いよっ! 待ってたぜ、ケイ! どうしたんだよ、その鎧? けっこういいの着てるじゃねぇか。まさかそいつを自慢するためにわざわざ着替えてきたってんじゃねぇだろうな?」
からかうように笑うアレックスの隣に腰を下ろすと、横からアシュリーが水を差しだしてくれた。
「あの、良かったらこれ、どうぞ……」
一息に飲み干して息を整える。
「――はぁっ! ありがとう、アシュリー。つーか別に鎧自慢なんかしないっての。さっきまでダンジョンに行ってたんだよ。ちょっとスキル修行にな」
「なんだ、お前も熱心な奴だなぁ。一日ぐらいきっちり休んどきゃいいのによ」
「そのつもりだったんだけど、まぁ、なんとなくな。たまたま街で〈シールダー〉の先輩に会ったんで」
「ほぇ~、なるほどなぁ。ま、いいや。そんじゃメンツも全員揃ったことだし、さっさと始めるか!」
アレックスの一声で、宴が始まった。
「乾杯!」
全員がグラスを打ち付け合う。
次々と料理が運ばれてきて、皆思い思いに好きな物を食べている。
アシュリーは終始、慧介の手が届きにくいところにあるものなどをいちいち取り分けてくれた。
その度にお礼を言うのだが、何故かアシュリーは慧介とあまり目を合わせようとしなかった。
終始うつむき加減で顔もよく見えない。いろいろと世話を焼いてくれるので別に嫌われているわけではないのだろうが。
「そういやアシュリー、体の調子はどうなんだ? 顔色は良さそうだけど」
「はっ、はいっ! もう全然……。あの、昨日は本当にありがとう。ケイスケ君は僕の命の恩人です」
「いやいや、そんな堅苦しく考えることないって。仲間を守るのが〈シールダー〉の役目だからな。俺は俺にできることをやっただけさ」
「で、でも……あ、あの、ケイスケ君こそ体調はどうなの? 随分ひどくやられてたけど……」
アシュリーが上目遣いで慧介の顔を覗き込む。
と、慧介がそれに答えるよりも早く、横からアレックスの声が上がる。
「んなもん大丈夫に決まってんだろぉ。昨日の今日でダンジョンに行って修行してるぐらいなんだからな。ほんと頑丈な奴だよお前は!」
そう言いながら慧介の肩に腕を回してくる。
アレックスは既に四杯目のグラスを空けており、だいぶご機嫌な様子だった。
「ちょっと、アレク。ペース速すぎるんじゃないの?」
アレックスの隣でサンディが甲斐甲斐しく世話をしている。
「いいじゃねぇか。クエストは無事に達成したし、俺らだけで大物をぶっ倒したんだぜ! こんなにめでてぇ日はそうそうないぜ!」
「……大物?」
「あぁん? 何だ、お前もしかしてギルドから説明受けてないのか? 報酬は? ちゃんと受け取ったか?」
「あ……。そういや忘れてた」
ゴブリン討伐の報酬に関しては査定に時間がかかるために今日受け取る約束だった。
「それじゃケイは、まだあの地下空洞の話は聞いてないんだね」
慧介の右手側、アシュリーの向こうに座っているマルセイエフが尋ねてくる。
「あぁ、何も……。え? なんかあったのか?」
全員が一様に真剣な顔をしている。急な雰囲気の変化に戸惑う。
「うん。だいたいの話は聞いたよ。実はあそこにいたゴブリン・シャーマンとホブゴブリンなんだけど、あいつらディスガルタ大空洞のゴブリンだった可能性が高いらしいんだよ。洞窟に残されてたいろんな痕跡からまず間違いないだろうって。それに、昨日ジェイドさんとルーさんが隠し通路を見つけたんだ。大空洞に繋がる細い通路があったみたいだよ」
「はっ!? ディスガルタ大空洞!? また!?」
「え? また……って?」
「あ――。あぁ、いや……」
慧介は一応内緒の話なんだけどと前置きしてから、昼間、フランジールから聞いた亀裂の話をした。
話を聞いた面々が眉をひそめる。
「え~~、なんか怖いね……」
「うん……」
サンディとメラニーが互いの顔を見合ってうなずき合う。
「だ~いじょうぶだって! 大したことねぇよ!」
「そうだよ」
アレックスが笑い飛ばしてサンディの頭をぐりぐりかき回して怒られ――サンディの表情はとても嬉しそうだが――、マルセイエフはそっとメラニーの肩を抱き寄せた。
――また始まってしまったか。
慧介が視線を逸らすと、その視線の先、アシュリーが膝の上で手をもじもじさせながら赤い顔でうつむいている。
アシュリーはチラと慧介を見て目線が合うと、ますます頬を紅潮させてそっぽを向くようにしてさらに深くうつむいてしまった。
(あれ……なんだこの空気……なんかおかしくない……?)
慧介が戸惑っていると、
「まぁ、地下空洞の方はそんなに心配要らないはずだぜ」
アレックスがお返しとばかりに髪をぐしゃぐしゃにしようとしてくるサンディの腕を掴んだまま言う。
「あっこの通路はしばらく進んだ先が落盤でふさがっちまってたらしいからな。多分、ちょっと前の地震でフィールドが繋がって、俺らが洞窟を調べているときの地震で天井が落っこちたんだろ。出入りは難しいらしいし、そんなにしっかり繋がってるわけじゃないから、じきに完全に塞がって、ディスガルタ大空洞との行き来はできなくなるだろうって話だ」
「そうなのか。そりゃ一安心だな」
「まぁな。けどよ、アシュリーが助かったのはある意味あのゴブリン共のおかげでもあるらしいぜ」
「え? どういうことだ?」
「俺らが調べてたどん詰まりに気味の悪い祭壇があったろ? そこからアシュリーが下に落っこちたわけだけどよ、実は落ちた先にも同じような祭壇があったんだとさ。それがクッションになったからあの程度の怪我で済んだんだ。実際、祭壇がなけりゃやばかっただろうな。全く、運がいいんだか悪いんだか……」
「へぇ~~、全然気がつかなかったな。まぁ、何にせよ無事で良かったよ」
「う、うん……ありがとう」
慧介が笑いかけると、アシュリーは恥ずかしそうに礼を言って、手に持ったグラスを一気に呷った。上半身がフラフラと船を漕ぐように揺らいでいる。
「おいおい。大丈夫か、アシュリー? やっぱ酒はまだ早いんじゃないか?」
アシュリーは慧介の一つ下の十五歳だ。この世界では既に成人しているが、地球ではまだせいぜい中学生である。
「なぁに言ってんだ。だ~いじょうぶだって、それくらい! ほら飲め! お前も飲め!」
既にできあがっているのではないかと思えるアレックスが慧介の背中をバシバシと叩く。
わずかにわだかまっていた不安も消し飛んで、夜遅くまで宴は続いた。
楽しい宴会もやがてお開きとなり、酒場の外、慧介は何故かアシュリーを背中におぶっていた。
「そんじゃアシュリーのことは任せたぞ! ケイ!」
「ちゃんと送り届けてあげてね」
囃し立てるように言ってくるアレックス達にため息をつきながら尋ねる。
「いや、送るのはいいんだけどさ、アシュリーってどこに住んでんの?」
アレックス達は顔を見合わせた。
「知らね!」
「うんうん」
「誰も知らないよね」
「聞いたこともないし……」
「お、おいおい! そんじゃどこに届けりゃいいんだよ!?」
「さぁ……。ギルドの人なら知ってるかもな。そんじゃケイ、また会おうぜ!」
「おやすみ~」
「いや、ちょっ、ちょっとおいっ!?」
口々にまたねと言いながら四人は去って行った。
まだギルドに残っていた職員に尋ねてみるが、そんなプライバシーに関わる情報は知らないという。この世界には犯罪歴を明らかにする魔法のような技術が存在するために、あまり個人情報や身元を確かめておく必要がない。
再び表に出た慧介は深いため息をついた。
「しゃぁない。救護院に行くか。酔いつぶれてるから運んでもいいだろう……」
慧介は昨日アシュリーを運び込んだ救護院を訪ねた。
「あら? あなた、どうしたの?」
出迎えてくれたのは一緒にゴブリン討伐に行ったマリカだった。
「あれ、マリカさんこそ、こんなとこで何を?」
「私? 私はボランティアみたいなもんかな。救護院はギルド所属の神官職が大勢ボランティアとして働いてやりくりしてるの。私も暇なときよく来てるのよ。人助けにもなるし、敬虔値も稼げるし、一石二鳥よね」
「へぇ、そうだったんですか……」
マリカは慧介の背中にもたれるアシュリーの顔を覗き込んだ。
「あらら、その子、昨日の子じゃない? どうしたの? また怪我した? それともちゃんと治療できてなかった?」
「あぁ、いえ。昨日の影響は全然。飲み過ぎてつぶれちゃっただけです。家がわからないから困ってるんですよ」
「あらそう。ま、構わないわよ。ベッドにも空きがあるし……。解毒しちゃえば酔いはすぐに醒めるけど、どうする?」
「あ~~、どうしましょうか。普通、解毒で酔い覚ましってするもんなんですか?」
「よっぽどひどいときはね。ただ、酔い覚ましはちょっと割高になってるわ」
「割高、ですか?」
「えぇ。だってそうでしょ。そうしないと際限なく飲みまくった酔っ払い共が大挙して押し寄せてきちゃうじゃない。冒険者なんて飲んだくれの集まりみたいなもんなんだから。そんなちゃらんぽらんな連中のために精神力を使い果たすわけにはいかないから、値段をつり上げて馬鹿な酔っ払いが来ないように釘刺してるのよ」
「あぁ、なるほど」
慧介はマリカの先導のもと、アシュリーを病室へ運び込んだ。
清潔感のある白いカーテンで間仕切りされたベッドの一つにアシュリーを寝かせる。
と、隣に立つマリカが何かを企んでいるような、ちょっといかがわしい笑みを浮かべた。
両手を合わせて頬に寄せた格好で、じっとアシュリーの全身をなめ回すように観察している。
「ふふふ……。楽しみだわ~。実のところあれからずっと気になってたのよ、私。この子がほんとに男の子なのかどうか、ね」
「……ちょっと、何を考えてるんですか?」
「とりあえず、苦しそうだし上着をちょっと――」
慧介はアシュリーの胸元へと伸びていくマリカの腕を掴んだ。
「いや、待ってください。昨日も言ったけど、そういうの良くないですよ? 人それぞれいろんな事情とかあると思いますし」
「え~~~~。あなたほんとに真面目ねぇ。いいじゃんちょっとくらい。ね? ほんとにちょっとだけ! ちらっと確認するだけよ。そう、あくまでも治療のために!」
「そういうのを職権濫用って言うんですよ……。とにかく、本人の意識がないときにそういうことをするのはやめてください。起きてるときに聞いてみたらいいじゃないですか」
「え~~~~~~~~っ! 訊いたところで答えは変わらないでしょ? ……それにさぁ、この子全然男の子っぽくないじゃん。おかしいわよ、絶対!」
「そういう生まれなんじゃないですか? なんか妖精族の一種みたいな。エルフって男の人でも顔立ちが中性的で綺麗なんでしょう?」
慧介は今のところ男性のエルフを見たことがなかった。そもそもエルフはゼメシス=グラウスではあまり見ない。
「う~~ん……耳が普通に丸いからエルフはないと思うけど……」
「なんか、ハーフとか?」
慧介は午前中に会ったアルヴェティカの姿を思い描いた。
彼女はハーフエルフだと聞いている。
耳は尖って横に伸びているが、ティティスよりは短い。
髪の色も瞳の色もティティスとはちょっと違う。言い方は悪いが、少し不純物が混じり込んだみたいにくすんだ色にも見える。逆に言うと、それだけ純粋なエルフであるティティスの髪や瞳が澄んだ美しい色合いをしているということでもあるのだが。
「ハーフエルフでも耳が完全に丸いのは聞いたことないなぁ。う~~ん、そんな種族いたっけなぁ……?」
マリカはひとしきり悩んだ後、降参とでも言うかのように両手を挙げた。
「ダメ、わかんない。少なくとも私はそんな種族知らない。確かにハーフとかクォーターならそういう特殊な子供が生まれてくるかもしれないけど」
「そうですか……。まぁ、とにかく後のことはお願いしますよ? 信じますからね?」
「あら? 何のことかしら?」
「俺はもう帰りますけど、変なことをしないでくださいねって言ってるんですよ!」
「やぁねぇ、大丈夫よ、心配しなくても。お姉さんを信用なさい」
聖女のような微笑みを浮かべるマリカ。
あからさまに作り笑顔に見えて、却って信用できない。
「ほんとに信じますからね。裏切られたら泣きますよ?」
「あら、それは見てみたいわね。私好きよ、泣いてる男の子を見るのも」
「あのですねぇ――」
「あはは、ごめんごめん。わかった、わかったってば! 大丈夫よ。約束するわ。変なことはしないって!」
慧介は大きなため息をついた。
ダンジョンに潜入するよりも、この人の相手をするほうがよっぽど疲れる気がする。
「それじゃ、俺はもう行きますから」
「はいはい。ご苦労様。後のことはお任せあれ」
ニコニコと笑顔でのたまうマリカを尻目に、不安を抱えたまま慧介は病室を出た。
少し歩いた後、やはり気になり、そっと足音を忍ばせて踵を返す。
部屋の中に入り、アシュリーのベッドがあるスペースを覗き込むと、アシュリーのズボンに手を掛けたマリカが慧介の気配に気づいて振り返った。
「あっ――」
「あ?」
慧介は頭を抱えたくなった。
ダメだこの人。少しも信用できない。
「……何をしてるんですか?」
「え? これ? いや、なんか苦しそうだったからちょっとね?」
「いきなり下にいきますかね?」
「いやぁ~、やっぱこっちが一番手っ取り早いかなって……胸がぺたんこな女の子もいるし……あはははは」
慧介の脳裏に、キアにズボンを引っぺがされたときの記憶がフラッシュバックする。
うん。ああいうのはよくない。やられたほうはたまったものじゃないのだ。
「とにかく手を離してください! 全然信用できないじゃないですかっ!」
「やだ! もしかして泣いちゃう? だったらお姉さんが慰めてあげる!」
胸の前で両手を組んで真面目ぶって言うマリカに、慧介の堪忍袋の緒が切れる。
「あ~~~~~~~~っ!! もう、いい加減にしてくださいよっ!! どうして次から次へとこんな人ばっかり!?」
午前中は午前中で散々アルヴェティカにいいようにからかわれたというのに、夜になってまたこれではさすがに身が持たない。
「んん? 次から次って何それ? 何のこと?」
マリカはアルヴェティカのことなど知る由もない。
不思議そうに慧介を見つめている。
「う……すいません。取り乱しました。何でもないです……」
慧介はアシュリーを抱き上げた。
「あら? どうするつもり?」
「ここに置いておくと安心できないから連れて帰るんですよ」
「あらあらぁ? お持ち帰りしちゃうのぉ?」
マリカがやけに嬉しそうに言う。
慧介は努めて冷静に答えた。
「男同士ですよ」
「ふぅ~ん? …………ほんとにそう思ってる?」
「まぁ、一応……」
正直言って自信は欠片もなかった。
というか、こうして抱えて見ても男っぽさは微塵も感じない。男にしては体格も小さいし、これが地球だったら絶対に嘘だと思っただろう。
かといって、絶対に女の子だと断ずるような何かがあるわけではないのもまた事実だ。
その辺はもう気にしても仕方がないだろう。
「それじゃ、短い間でしたがお世話になりました」
若干の皮肉をこめてそう言うと、マリカが行く手を塞いでくる。
「あぁ、待った待った! 治療だけしておくわ。一晩中看てるわけにもいかないでしょ?」
マリカがアシュリーの体に手をかざす。
治療が終わると少し苦しげだったアシュリーの表情がすっと和らいだ。
「――うん。これでよし! まぁ、大丈夫そうね」
「ありがとうございます。治療費はいくらですか?」
「ううん、別にいいわ。まけといてあげる。その代わり、一応内緒にしてね。上にバレたらちょっとだけ、怒られるかもしれないから」
そう言って、マリカは器用にウィンクしてみせた。
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