第十七話『狂気に呑まれた先に』

「うおおおおおおお!」


 レギンレイヴの銃身が、シーカーの剣を弾く。

 耳をつんざく金属音。そして、二人を照らす火花が散る。

 十にも及ぶ衝突。けれど、シドウは、未だに決定的な一撃を放てずにいた。


 その理由は単純だ。

 この男からは聞き出さないといけない事がある。

 シドウの生みの親。その父親の所在だ。


「クーリッジはどこにいる!? 答えろ!?」

「言う義理は……ないって言ってんだろうが!!」


 銃口を向け、発砲。

 剣の横っ面を叩き、シーカーの剣を弾く。その隙にナイフを滑り込ませ、シーカーの胴体を狙った。

 突きつけられたナイフを半身になって躱したシーカーは空いた手をシドウに向ける。


「《衝撃よ、穿て》【インパクトショット】」


 ほぼゼロ距離から発射された魔術の衝撃波。シドウはレギンレイヴで、魔術を受け止め、強引に軌道をずらし、受け流す。

 その隙を狙った唐竹割りの一撃を、ナイフで受け止める。

 甲高い金属音が鳴り響き、ナイフに亀裂が生じる。

 

 シドウのナイフはレギンレイヴとは違い、ミスリルで出来ていない。

 度重なる連続使用で消耗したナイフは、バターを斬り裂くように、僅かな抵抗も見せず、両断された。


 だが、その一瞬の衝突で、僅かに後方へと体を逃がしたシドウは、その斬撃をギリギリで回避。

 盾にしたナイフがカランと地面に転がると同時に、シドウは後ろへ跳んだ。

 同時に、銃口を向け、残った弾丸を全てばらまく。

 シーカーはその全てを見切り、剣で弾き、避け、シドウを追撃する。


(【エンチャント】か……!?)


 シドウは奥歯を噛みしめる。

 シーカーの【エンチャント】は完成度が高い。

 己の体を知り尽くし、必要な箇所だけに施した強化の魔術は、上位魔術である【フィジカル・エンチャント】に匹敵していた。

 身体速度は変わらずとも、動体視力、反射神経。そして、一瞬の肉体強化により繰り出される轟剣は、シドウを確実に追い詰める。


「【エア・カーテン】!」


 シドウは魔弾の雨を降らせながら、【エア・カーテン】を使って弾丸を再装填。

 これが、最後の六発だ。

『キルルド』のアジトを壊滅させるのに、シドウの手持ち、全ての実弾を使った。


 それに、魔力総量も五割を切っており、魔弾の精度も欠けている。

 魔弾も、実弾も心許ない。

 だが、それでも、シドウは獰猛な笑みを浮かべ、吠えた。


「おおおおおおおおおおおおおッ!」

「しやあああああああああああ!」


 互いの咆吼が、洞窟内に響き渡り、再び、超接近戦が繰り広げられる。

 シーカーの魔術を、レギンレイヴで弾き飛ばしながら、シドウは拳や、蹴りの応酬を放つ。

 対するシーカーもまた、拳をぶつけ合わせ、血の飛沫が飛ぶ。

 互いの武器が必殺の一撃を誇る。一手先、一秒先の未来を掴む為、互いの命を削り合う。


 決死の表情を浮かべる二人。繰り出される烈火のごとき戦いぶりは、まさに演舞。

 その場にいる人間の言葉を奪い、魅了する類いの熾烈だ。


 シーカーの剣を避け、捌き、受け止めながら、シドウは、魔弾も織り交ぜた、銃撃を繰り返す。

 シーカーとシドウの実力は拮抗している。

 だが――


 レギンレイヴの弾丸は残り、二発。


 先に追い詰められたのはシドウだった。


 今のシドウの戦いは、まだ、人間のそれに近かい。

 父親の居所を掴もうとする執念が、シドウの中に潜む狂気を押さえ込み、嘱託騎士時代のシドウが築き上げた戦いをしているからだ。

 シドウの枷もあるが、互いに手にした武器が同じ純度のミスリル製。

 シーカーの剣を見た時に、すぐに思い出すべきだった。


 あれは、かつて、まだ嘱託騎士となる前にシドウが愛用していた剣。魔剣【鋼月こうげつ

 レギンレイヴとまったく同じ性能を持つ魔剣だ。その力も、性能も誰よりも理解している。


「くそ……【フレイム】!」


 シドウはE級魔術【フレイム】を銃口から発射。高密度に圧縮された魔術が鋼月に直撃。

 爆音が爆ぜる。周囲を巻き込む衝撃波がシドウとシーカーを吹き飛ばす。

 剣の間合いから離れたシドウは、残りの二発を発砲。

 爆炎に紛れたシーカーの眉間を正確に狙っていた。

 だが、シーカーの瞳に驚きはない。むしろ、落胆の色が濃かった。

 最後の二発を軽く斬り落とすと、シーカーは、鞘に剣を仕舞い、腰に構えた。


「――ッ!」


 その姿を見たシドウは全身から汗を噴き出した。

 あの構えは知っている。

 元々、鋼月は、異世界【日本】から流れ込んだ技術を使っている。

 軽さを、切れ味を、最高の一撃を繰り出す為に、改良され続けた鋼月が放つ、神速の抜刀。


「――絶刀」


 シーカーの腕から解き放たれた神速の斬撃が、魔力を帯び、数メートルの距離を開けたシドウに、コンマ数秒で炸裂した。


 ミスリルが有する魔力の貯蔵と放出を、抜刀と組み合わせた【絶刀】――その威力は、力だけで見るならC級魔術のそれに匹敵する威力だ。

 その直撃を受けたシドウは体が真っ二つ――になるはずだった。


「が……ハッ……」


 肩から腰にかけ、横一文字の裂傷が斬り込まされる。だが、傷は肉を裂きはしたが、内臓まで届く事は無かった。

 それはひとえに、シドウの装備に救われたからだ。

 魔力を吸収するレギンレイヴを盾に。それでも吸収しきれなかった【絶刀】は、ベルナール騎士学院の防護性能に長けた制服が守ってくれた。

 ただ、この一撃で、制服は破壊され、シドウも重傷を負った。次があれば、間違いなく防げない。


 シドウは、傷口から、血を流しながら、ヨロヨロとした足取りで距離をとる。


(くそ……こんな時に……)


 怪我に気をとられ、枷が緩んだ。

 シドウの傷が、シドウの奥底に眠る狂気を呼び覚ます。

 ドロドロとした黒い感情が、押し寄せ、正常な理性を蝕み始める。



 殺せ――


 シドウの耳元で囁きかけるその声は、甘い誘惑で、シドウの枷をさらに外していく。

 この声の主こそ、シドウのマインドコントロールを司る声。

 シドウが封印し続けた声だ。



 ――シドウ、お前の存在意義は、なんだ?


 すでに、シドウに抵抗の意思はなかった。ただ淡々と答える。


(殺す――こと)


 ――なぜ、殺す? 言ってごらん?


(戦争を、火種をまき散らす。人の憎悪を、武器を持たせる為に――)


 ――よく言えた。なら、お前がすべき事は、なんだ?


(この世界に、さらなる災いを。俺が、この世界に戦争を、戦いを、死を、まき散らす)


 ――そうだ。それが、私のシドウ。戦いのない世界なんてつまらない。召喚者と、アーチスの戦争? 実に結構。私達は、それこそを望んでいる。最高のパーティーじゃないか。終わらせるのは勿体ないだろ? 死を恐れるな。死を受け入れろ。そして、まき散らせ。それが、私のシドウだ。


(ああ、そうだな……)


 その瞬間。シドウ=クーリッジの人格が、確かに変貌した。


 あらゆる感情を殺し、ただ殺す為に存在する。戦争のない世界に戦争を引き起す為の、殺戮人形として、覚醒する。


「ここち、いいな……」

「なに……?」


 既に致命傷を負い、死に体だったシドウが漏らした、意味のわからない言葉にシーカーは怪訝な表情を浮かべ、同時に既視感を覚えた。

 幽霊のようにゆらゆらと立ち上がったシドウを見て、シーカーは確信した。


 あれはかつてのシドウだ。

 クーリッジの懐刀。戦いを生み出す諸悪の根源。

 戦争を生み出す為に、育て上げた、クーリッジの最高傑作にして、最高の欠陥品。

 傷の痛みも、死に対する恐れも抱かない。ただ、殺す為、戦いを生み出す事だけが存在意義だと教え込まされた哀れな人形だ。


 ゆらりと武器を構えたシドウが、突進する。

 傷口から止めどなく血が溢れ、シドウの駆けた道には、血の道しるべが出来ていた。

 だが、止まらない。

 失血で、意識が定まらない筈なのに、それを苦にした素振りすら見せない。


 恐怖だった。

 シーカーは、初めて、体験する、その未知の感情に従い、我武者羅に剣を振り下ろした。

 シドウの脳天を狙った一撃は、僅かにそれ、シドウの肩口に直撃する。

 そのまま、シドウの体を両断しようと力を込めるシーカー。

 だが、その前に。


「なにッ!?」


 レギンレイヴの銃口がシーカーの心臓に押し当てられる。


「死ねよ」


 シドウは引き金を引く。

 発射された魔弾が零距離で、シーカーの胸に直撃。

 だが、それだけでは済まされなかった。


 ズガガガガンッ!!


 魔弾の連射だ。

 同じ箇所。心臓に直接、穿たれる魔弾の数々。

 シーカーは喘ぐ事も、悲鳴を上げる事も出来ず、魔弾の衝撃に言葉を失う。


 シドウが、全魔力を魔弾として、撃ち尽くした時、シーカーの胸は陥没し、心臓は圧壊され、既に事切れていたのだった――


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