第十六話『欠陥品と言われた少年』
シドウは悠然と歩きながら、状況を確認する。
暗殺ギルド『キルルド』のメンバーはおよそ十人。
シドウが吹き飛ばした人間を除けば九人の仲間が残っている事になる。
(まあ、妥当なところだな……)
その九人が残りの『キルルド』の構成メンバーだ。
シドウは、このアジトに来るまでの間に『キルルド』が所有する九つのアジトを潰して回った。
『キルルド』の構成メンバー全員にユキナの正体が知られていると仮定し、その存在を根絶やしにする為に、シドウは徹底的に破壊行動に打って出た。
もちろん、ユキナの捜索もあったが、ユキナが連れ去れていた場所はおおよそ掴めていた。
このギルドの本拠地。つまりはここだ。
出口は一方通行で、狭い上に、洞窟内は広く、身を隠す場所が多分にある。守るにはうってつけの場所で、洞窟内に入った敵を絶対に逃がさない要塞。さらには捉えた召喚者を捕まえておく為の牢獄も完備されていたはずだ。
この天然の要塞を彼らが手放すとは考えにくかった。
そして、シドウはそこからさらに記憶を辿る。
椅子にふんぞり返ったあの男性――恐らくはギルドリーダーだろう。
シドウは幼い頃、彼を見た事がある。
シドウの父を訪ねに来た『キルルド』のリーダー。
名前は確か――シーカーだったはず。
「『キルルド』のリーダー、シーカーだな?」
シドウは銃口をシーカーに向けながら、問いただす。
シドウの質問に、シーカーは眉をピクリと吊り上げた。
「なぜ、俺の名前を知っている? ギルド内でも一部の仲間にしか教えていない名だぞ?」
「企業秘密だよ」
シドウとしては、相手の名前がわかればそれでよかった。
敵対する組織の規模。リーダーの名前。
やはり、シドウの幼少期から大して変わっていないようだ。
「ユキナ……」
「し、シドウ……?」
呆然とした口調で、ユキナはシドウの名前を呟いた。
シドウはユキナが纏った魔導兵装を見て、深くため息を吐くと同時に、こんな事になった理由を理解した。
ユキナは魔導兵装を正しく装着できている。
このユキナに勝つには、帝国魔導士団の団長クラスでないと勝負にならない。
なのに、ユキナは捕まった。
その理由は単純だ。
ユキナは、逃げた。
初めて向けられる殺意に戦意を手折られ、そして、初めて人の命を奪う事に躊躇し、その全てから逃げ出したのだ。
シドウは口酸っぱく何度も説明してきた。
この世界は残酷だと。召喚者に容赦がない世界だと。
だが、いつしか、ユキナはそんな基本的な事を忘れ去っていた。
ユキナを取り巻く環境が優しかったから。そのぬるま湯に浸り続けてきたから。
シドウが危惧していた事が、今日、この時、露見したのだ。
だが、こればかりはユキナだけを責めるわけにはいかなかった。
シドウにだって責任がある。
シドウは教えなかったのだ。いざと言う時に人を殺す覚悟を。その重みを。
この状況を招いたのは、ユキナとシドウ――二人の甘さ故だ。
だから、今日、その甘さは捨てる。
守りたいと、守ると誓った。その誓いを守る為ならば、シドウは再び、修羅へと落ちる事を躊躇わない。
「ユキナ、よく、見ておけ。これがお前の――いや、俺達の世界だ」
シドウの行く道に、綺麗な花畑なんて存在しない。
血で濡れた真っ赤な道を、亡者に足元を掬われないように進むしかないのだ。もとより、シドウ達の道は、茨。己の力で切り開くしか道はない。
「俺の背中を見ろ。俺が、お前の進むべき道になってやる」
シドウは銃口をユキナを押さえていた一人に向けると躊躇わず引き金を引く。
ズガン!!
という銃声と共に、黒服が吹き飛んだ。
今回、シドウは、実弾を使用している。
アルディの時ように手加減していた時とわけが違う。
殺す気で、引き金を引く。ユキナの正体を知った人間は全て、殺す。善人だろうが、悪人だろうが、召喚者にとって、全ては等しく敵だ。
ようやく状況を理解した『キルルド』のメンバーが詠唱を始める。
その中で、かつてシドウが相対した男――ダニが、ナイフを構え、シドウに斬りかかる。
シドウはナイフでダニの攻撃を受け止めながら、銃口を詠唱途中の黒服に向ける。
「キヒ! させると、思うか!?」
ダニが取り出した二本目のナイフ。視界の端で揺れ動くナイフをシドウはレギンレイヴで受け止めると同時にダニの体を蹴り飛ばした。
「なら、てめえが最初に死ね」
銃による有効打が打てないなら、ナイフで切り裂くだけだ。
逆手に持ったナイフでシドウはダニの懐に潜り込む。
「お前、俺の実力、見誤ってる」
容赦なく繰り出されたシドウのナイフをダニはアクロバティックな体勢で避ける。
ほとんど直角に反り返った体の上をシドウのナイフが通過した。
(軟体動物か!?)
シドウは思わず愚痴る。その後、繰り出されるナイフ全てを関節を外した柔軟な肉体で避けていく。
想定外すぎる奇抜な対応にシドウが攻めあぐねていると、黒服の詠唱が終わった。
放たれた魔術は全てD級以上の魔術。シドウにはカウンターで魔術を放つ事も、避ける事も出来そうにない。
「うおぉお!」
シドウはレギンレイヴを握りしめ、飛来する魔術を勢いよく殴りつけた。
レギンレイヴの銃身は純正のミスリルで出来ている。
ミスリルの特性である、魔力を貯蔵、放出する性能を有している。
その性能は、魔術を一瞬だが、銃身で受け止め、受け流す――という馬鹿げた芸当を可能とさせる。
シドウの技巧。そして、ミスリル製の武器が揃って初めてなせる絶技だ。
以前は、ミスリル製の剣でやってのけた芸当だが、レギンレイヴでも可能だった。
ただ、圧倒的にリーチが短いというだけで。
魔術の余波がシドウの服や肌を焼く。だが、この程度はダメージの内にも入らない。
全ての魔術をレギンレイヴの銃身で受け流したシドウは、間髪入れずに引き金を引いた。
ズガン! ズガン!! ズガン!! ズガン!!
装填されていた残り全ての銃弾を撃ち尽くし、弾倉が空になる。
だが、全ての銃弾が、黒服の眉間を捉え、一瞬で命を奪う。
残りは四人。もう一人の黒服とダニ。そして女幹部とシーカーだけだ。
シドウは空になった弾倉を交換する為に薬莢を排出。弾切れを狙ったダニや女幹部がナイフや魔術を使った攻撃を仕掛けてくる。
ダニのナイフを捌き、魔術を銃身ではね除ける。
シドウの両手はまったく別の動きをしながら、正確無比に攻撃をしのいでいく。
「ちっ! なんだい、この化け物は!」
「お前、異常……」
二人の猛攻を物ともしないシドウ。だが、弾切れにより、シドウは攻める手段を失っているのも事実。
それを見た女幹部が高位魔術を発動させようと、長々とした詠唱を始めた。
シドウは一端、リロード作業を中断し、リボルバーを収納する。
そして、詠唱を始めていた女幹部へと銃口を向けた。
「させるかよ」
ズカン!
シドウの銃から一発の銃弾が発射される。
実弾を使い切ろうが、シドウには魔弾がある。
弾切れなんて起こらない。
完全に虚を突かれた女幹部の顔面に魔弾がめり込む。
弓なりになって吹き飛ぶ女幹部。
シドウはその隙に詠唱を開始。
ダニのナイフを受け止めながら、魔術を発動していく。
「《大いなる息吹、空を駆け、彼方より舞い上がれ》【エア・カーテン】」
E級魔術【エア・カーテン】 風の魔術で、小さな物を浮かし、操作する事が出来る魔術だ。
シドウはその魔術をポケットに忍ばせた弾丸に使った。
六発の弾丸が、シドウの手から離れ、空中に浮かび上がる。そして、いつの間にかリボルバーを開けていたレギンレイヴに弾丸が再装填される。
再び、実弾を装填したレギンレイヴを、シドウは起き上がったばかりの女幹部に向け、発砲。今度こそ息の根を止める。
そして、女幹部がやられた事で動揺したダニの腹部に一発の銃弾を撃ち込み、吹き飛ばされた直後、ヘッドショットでダニの頭部を撃ち抜いた。
残った黒服がユキナを人質に捕ろうと駆け出すが、それよりも早く、シドウの銃が火を噴き、黒服を黙らせる。
残るはシーカーただ一人。
未だに椅子にふんぞり返ったその脳天をぶち抜く為に、シドウは銃口を向けた。
「シドウ……シドウ……ふっ、なるほどな」
けれど、シーカーはシドウの無双ぶりを見ても大した驚きを見せず、逆に感心したように手を叩いた。
「思い出したぞ。お前、クーリッジさんの息子。あの使えない木偶人形か!」
シドウの動きがピタリと止まる。剣呑な眼差しを向け、シーカーを睨むその瞳には殺意以外の感情――憎悪がにじみ出ていた。
「まさか、あの時の人形がこうも人間らしくなるとは――世の中不思議な事だらけだ」
「お前……ッ」
「そう怒るな。これでも感心してるんだ。クーリッジさんに殺人人形されたお前がこうして自我を持つ。いや、違うな――あの時、騎士団で自爆テロに失敗して、そのまま死んだと思っていたガキが、こうして生きてる事に素直に驚いているんだ。なるほど。俺の名前も、このアジトの場所もわかるわけだ。これはいい土産話が出来そうだな」
「……なんの話だ?」
「何って、決まってるだろ? クーリッジさんの失敗作をキチンと処分しましたよっていう報告さ。俺のギルドを壊滅に追いやったんだ。それくらいの土産話がないと、俺がクーリッジさんに殺される」
「……あ、アイツの――クソオヤジの居場所を知っているのか!? 教えろ! アイツは今、どこにいる!?」
「さあな。聞きたきゃ、力尽くで聞けよ」
シーカーは椅子に立て掛けられていた長剣を手にし、鞘から剣を引く抜くと、シドウに切っ先を向けた。
狂気に染まった瞳がシドウを射貫く。
だが、それは、シドウも同じ。
狂気以上の憎悪に染まった瞳でシーカーを見つめかえす。
一瞬の静寂。
そして――
「うおおおおおおおおおおおおお!」
「しゃああああああああああああ!」
二人の獣が咆吼を上げ、互いの命を賭けた死闘を繰り広げるのだった。
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