第九話『学生騎士の町』

 アリシアと旅を同行する事に決めた翌朝。

 ユキナは鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌な表情を浮かべ、馬車から外の景色を眺めていた。

 その理由はシドウ達が乗車した馬車に理由がある。

 馬車は昨日までシドウ達が使っていた格安の馬車ではなく、フカフカのクッション付きに加え、地面の衝撃を吸収するサスペンション付き――と先日の苦痛が嘘のように快適な旅路だったからだ。

 とてもじゃないがシドウのような子供が利用出来るものじゃない。恐らく一回の乗車でベルナール騎士学院の入学費を賄えるだろう。

 


 シドウはジト目でこの馬車を快く提供した新たな仲間を見つめる。


「……金がなかったんじゃないのかよ……」


 シドウの前に座る金髪とサファイアの瞳が特徴的な少女。防具は胸当てだけで、清楚なブラウスにプリッツスカートと実に女の子らしい姿。服装だけなら、ユキナが初めて召喚された時に身に付けていた学生服に似ている。

 その少女、アリシアはシドウの愚痴に対し、困った表情を浮かべながら「えへへ……」と笑みを零す。


「うん、お金には困ってるかな?」

「こんないい馬車に乗れる金はあるのにか?」


 ちなみにこの馬車を利用するに当たって、シドウは一銭も出していない。

 お金を出していないのに、この態度。図々しいにもほどがあるが、アリシアは特に気にした様子もない。まったく、よく出来た女の子だ。


「これはセツナが用意してくれた馬車なんだよ。セツナが融通を利かせてくれたからそんなに高くないんだ。それでも、シドウ君達が使っていた馬車よりは高いけど……一日五万ユールはするから、お金がないのは本当なんだ」

「ふーん。セツナのおごりね……」


 なるほど、親の七光りならぬ、騎士団の七光りか。

 帝国騎士団に所属する騎士達は様々な特権が用意されている。馬車などの運賃が安くなるとか、専属の鍛冶師や魔術工房を持てるとか――常に最高のパフォーマンスで戦えるように便宜が図られているのだ。


 この馬車もセツナを経由して紹介されたのだろう。ストレスなく乗れる馬車は快適の一言に尽きる。

 さらに馬車内も広々としたもので、シドウの横にはユキナが座っているが窮屈ではない。流石に横になれば、邪魔になるだろうが。

 椅子の下には、召喚者が生みだした魔導器の一つ。冷気を保つ為の装置――冷蔵庫が常備され、中にはキンキンに冷えた飲み物などもある。騎士御用達の馬車とはよく言ったものだ。


 しかも支払いの八割はセツナ持ちらしく、アリシアの払う額は五万にも満たないと聞いた。支払いがセツナなら遠慮する事はない。散々飲んで、セツナに全て押しつけよう。他人の金で飲む酒は旨いのだ。そうと決めたら話は簡単だった。心ゆくまでこの馬車を満喫するだけだ。

 さしあたって、シドウは大仰に伸びをすると、大あくびと共に目を擦る。

 昨夜はそれ程眠れていないので、一気に眠気が襲ってきた。包み込むようなクッションの柔らかさ。程よく揺れる馬車の居心地も相まって、眠気が限界に近い。まずは睡眠だろう。

 下手な宿より高級なクッションは寝心地がよさそうだ。


「セツナのおごりなら遠慮はいらないな」

「ねえ、昨日も思ったんだけど、セツナさんとどういう関係なの? セツナさんってあんまりプライベートとか喋らないから気になるよ」

「ん? 昨日も言っただろ? 腐れ縁だよ」

「その腐れ縁が気になるんだよ~」


 シドウはアリシアの言葉を適当に流しながら、再度大あくび。

 やはり、あのクッションの誘惑には勝てそうにない。


「……悪い、その話はまた今度な。ちょっと寝るわ」

「え……寝ちゃうの?」

「あぁ。昨日あんま眠れてなかったからな……」

「そ、そうなんだ」


 セツナの話が聞けず、しょぼん……と肩を落とすアリシア。シドウは軽く謝ってからクッションに横たわる。


「あ! ちょ、ちょっとシドウ!?」


 当然、シドウが横になると、ユキナの座るスペースがなくなる。その事態を防ぐ為にシドウが考えた作戦は何故かユキナから不興を買ったようだ。


 ジト目で見下ろすユキナにシドウは片目だけを開けて見つめ返す。


「うるさいな。寝れないだろ?」

「私の膝を枕にする必要ないでしょ!?」

「いいか、ユキナ? ここは狭い馬車だ。寝るにしてもスペースがない。皆の座る場所を確保しつつ、俺が安眠を貪る為には、お前の膝が必要なんだよ……」

「……本音は?」


「膝枕って最高だよねー」


「やっぱりそれが狙いかぁぁぁぁぁ!」


 直後、ユキナの鉄拳がシドウの脳天に振り下ろされる事になるのだった。



 ◆


 

 シドウとユキナの口喧嘩やアリシアとの世間話(会話がなくなり、しりとりに発展)、バトルロアイヤルの作戦を練っている間に三日が過ぎた。


「ねえ、見てシドウ!」


 馬車から身を乗り出し、景色を眺めていたユキナが前方を指指して叫ぶ。


「あれがベルナールなの?」


 頬を紅潮させ、興奮冷めやらぬ表情でシドウを問いただすユキナに、シドウは馬車の窓から外を眺める。


 平原の中にぽっかりと空いた湖。


 アステリナ帝国南方に位置するカザナリから馬車を乗り継ぎ、北に進んで四日ほど。

 アステリナ帝国、首都へと向かう道中にポッカリと地図上に大きな空白地帯がある。

 遙か昔、女神によって初めて召喚された勇者が作りだしたという伝承が残るクレーターだ。長い年月と共に、雨水が溜まり、水精霊の加護が与えられ、大地に穿たれたクレーターはいつしか湖として、新たに地図上に記載される事になる。


 それが、ここベルナール。四方を湖に囲まれた水上都市だ。


 ベルナール周辺の湖は聖水としての効力があるらしく、スライムをはじめとした魔物は水の神気に当たられて一切近寄らない難攻不落の都市となっている。

 一見すると人間が過ごしやすい環境に見えない事もないが、実際は人が住むにも適した土地とは言いがたい。


 湖の神気は濃度が濃く、人間にも悪影響を及ぼすのだ。長時間、湖の水気に晒されると体長を崩す。潜ろうなど自殺行為だ。足を水につけた瞬間に聖水で肌を焼かれる。


 そんな水上に長い年月をかけて建造されたベルナール。周囲を壁で囲まれた町は湖の水気を弾くので、町で住む分には安全だ。町へと入る鉄橋もトンネルのように透明なガラスが覆い被さっているので、入るにも問題はない。

 ただ、その不便さから首都としては不向きとされ、過酷な環境下だからこそ、屈強な騎士を育てる場所としてベルナールは活用されてきた。


 もっとも、ベルナールには『鳥かご』という忌名があるが、それを今言うのは野暮だろう。


 少なくとも景観だけは一級品なのだ。

 今はその景色を目に焼け付けておくべきだろう。


「ああ、そうだよ。ここが俺達が住むことになる町――水上都市ベルナールだ」


 トンネルを覆う窓ガラス越しに湖を見渡しながら、シドウたちを連れた馬車はゆっくりと壁門をくぐるのだった。



 ◆



 馬車が停車したのは壁門を潜ってすぐ。馬車停留所の近くだ。

 荷下ろしを済ましたシドウは呆然と立ち尽くすユキナとアリシアと肩を並べる。

 なるほど。学生騎士の町と呼ばれるだけはある。


 シドウ達とさほど年齢が変わらない少年、少女達が白を基調とした制服に身を包み、剣や弓――魔術用の杖などを携えている。

 それだけじゃない。路肩に並ぶ店も武器屋や鍛冶屋の定番どころ。変わった店にはテントなどの野営道具。さらには魔導器専門店なんかもある。


 中々に目を引く町だ。散策は楽しめるだろう。聞くところによれば、娼婦などの店もあるらしい。こっそりと場所くらいは確認したいものだ。他にも物珍しい店が集まっているらしい。今、ユキナの目を奪っているのがその一例だろう。


「車がある……」


 そう。日本ではお馴染みの車がベルナールでは走っているのだ。もっとも台数は少なく、十台もない。


「そりゃあ、あるだろう」


 なにせ、ベルナールは騎士学院の入学時期だ。騎士になれる名誉とステータスプレート欲しさに貴族達がこぞって学院の試験を受けに来る。

 貴族御用達の魔導駆動四輪だって目にする機会は多いだろう。それにこの町には騎士学院の他にもう一つ、重要な施設があるのだ。


 それこそが魔導器研究機関。水上都市ベルナールだからこそ開発が許された唯一の研究機関だ。


 召喚者が生みだした魔導器だが、その一部はこの町で研究され、アーチス人でも使えるように改良が施されている。


 その一例が、魔導駆動四や、二輪だろう。


 そして、ベルナールが開発した試作魔導器は性能実験として、学生騎士に安く売られているのだ。


 この町で買った魔導器を長期間使用し、安全面や性能が保証されれば、帝国正規品として世の中に出回る。


 魔導器開発の拠点として、また帝国騎士育成の拠点としても、ここベルナールは最重要都市の一つだろう。


 色々な意味で興味深い町だ。


 シドウは未だに圧倒され、気圧されたユキナとアリシアを正気に戻しつつ、ベルナール騎士学院へと足を向ける。


「そうだな……無事に入学出来れば、俺達三人用の携帯でも買うか」


 何気なくシドウが呟いた言葉にユキナとアリシアは目を輝かしてやる気に満ちていた。



 士気は上々。作戦もバッチリ。後は全力で試験に挑むのみだ。

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