第六話『癒しの姫君Ⅴ』
連中の後始末は村の人間に任せ、酒場での一騒動もようやく落ち着き、一息付けたシドウたち。
店のお客も随分と少なくなり、後は店主のアンネ一人で回せるとの事で、仕事に出させていたユキナもようやくテーブルに着く事が出来ていた。
もっとも、疲労困憊でテーブルに着くなり突っ伏した姿を見せてはいたが……
シドウはグルグル巻きに包帯が巻かれた手でユキナの頭を小突く。
「おい、いい年した女がはしたない恰好するなよ」
「誰かさんのせいで疲れたのよ……あぁ、お酒でも飲んで意識飛ばしたい……」
「また二日酔いで潰れても知らねえぞ」
効果は薄いだろうと知りつつもシドウは口を挟む。
召喚された当初は飲酒に抵抗があったユキナも一年間この世界で暮らせばそれなりにこの世界に染まっていた。
この世界の飲酒は一五歳から可能だ。日本とは大違い。その理由も騎士になる資格が得られるのが一二歳からで、立派な大人として世間的に認められる点が多いからだ。
初めてこの世界でお酒を飲んだユキナはその味に嵌まり、それ以来、隙を盗んでは酒に手を伸ばしている。
罪悪勘は一応あるらしく、本人はいつも隠れて飲んでいるのだが、飲む量をセーブ出来ない性格なのか、次の日はいつも酔いつぶれているので、飲んだ事が丸わかりだ。
だというのに、本人は「未成年だから飲んでいない」と豪語する物だから困ったものだ。
今回は愚痴で「飲みたい」と零しているあたり、相当疲れが溜まっているのだろう。
シドウはテーブルに置かれたグラスに手を付けながらぐで~っと力尽きるユキナに冗談を飛ばす。
「もし、お前が俺の前で酔いつぶれでもしたら、酔った勢いに任せてお前を抱くけど、それでもいいのか?」
「お酒、ダメ。絶対!」
シドウの冗談を真に受けたのか、バッと跳ね起き、運ばれた料理や水に手を付け始めるユキナ。
その姿を見て、苦笑を浮かべたシドウは肩を竦めると料理に手を伸ばそうと――
「あ、あの……」
したところで、金髪の少女と目が合い、思わず手を引っ込めるのだった。
「えっと……君は……?」
シドウは記憶をたぐり寄せ、少女の事を思い出す。確か、あの冒険者達にセクハラをされていた少女だ。
改めて近くで見ると、あの連中がこの子に手を出した理由にも頷ける。
整った顔立ちに、気品のある黄金の髪。全てを見透かすようなサファイアの瞳はとても澄んでおり、吸い込まれそうだ。
着ている服は白を基調としたとても女の子らしい服。短いスカートから覗く生足はとても魅力的だ。
だが、何より目を引くのは彼女のその豊かで曲線の美しい二つのメロンだろう。
シドウの見立て通り、84はかたい。どこかの貧相な胸の持ち主と比較出来ない程の圧倒的な戦力にシドウは生唾を呑み込む。
「……この変態」
骨付き肉に噛みついていたユキナがジト目でシドウを睨む。
シドウは取り繕ったように咳払いをし、もう一度、そのメロンを拝んでから少女に視線を向けた。
「確か、この店で働いていた子だよな?」
「えへへ、それはちょっと違うかな?」
シドウの視線が気になっていたのか、さりげなく手で胸元を抱き寄せ(余計に強調されていたがシドウは指摘しない。ユキナの視線がさらに強くなった)、同じテーブルに着く。
「私がこのお店を手伝ったのは君と同じ理由じゃないかな?」
「俺と?」
シドウは「はて?」と首を傾げた。
シドウがユキナにこの店の仕事を手伝わさせた理由は、この宿の料金を値切り倒す為の口実作りだ。
まさか目の前の少女も同じ理由だとは露とも思わず、思わず聞き返すシドウ。
苦笑を浮かべた少女はシドウ達に頭を下げると改めて自己紹介を行った。
「うん。さっきは助けてくれてありがとう。私も君達と同じでベルナール騎士学院の入学試験を受けに来たアリシア=シーベルンって言います」
「ベル……ナール騎士学院?」
「うん。働いている時にクローヴィスさんから聞いたんだ。君もクローヴィスさんも騎士を目指しているんだよね?」
「……お前、そんな事話していたのか?」
シドウの視線がユキナを射貫く。
ユキナはコクリと頷くとアリシアへと視線を向けた。
「だって、歳の近い女の子と会うなんて初めてだもの。友達になりたいって思ったのよ」
「えへへ。お友達になりました」
恥ずかしそうに俯くアリシアを見て、シドウは頭痛に頭を押さえそうになっていた。
ユキナは何も考えずに口に出していたが『初めて』というフレーズはかなりスレスレだ。
少し勘ぐられれば、すぐに正体を見抜かれられない。
カザナリを出るときに散々、注意した筈だが、どうにもユキナには危機意識というものが少ないように感じる時がある。
アーチスが危険な世界だと、テイルもそしてシドウも散々口を酸っぱくして説明してきたのだが、それを上回る程、カザナリの人達はユキナに優しかった。
その影響もあってか、ユキナはどうもこの世界の見方をはき違えている。
この世界はそんな優しい世界じゃない。
その事実を誰よりもよく知るシドウにとって、ユキナの脳天気ぶりは頭痛の種でもあった。
シドウは眉間に指を当てながら、情報を整理していく。
「つまり、君も騎士を目指しているのか?」
騎士――それは、シドウの敵だ。それを目指すと言うなら彼女も敵になる。あまりユキナには近づけさせたくなかった。シドウの背筋に緊張が走っていた。
そんなシドウの不安を知る由もないユキナは脳天気な物だ。ほくほく顔で友達が出来たことに喜び、アリシアと肩を並べているのだから。本気でチョップを振り落としたくなった。
そんなシドウに対し、アリシアはフルフルと首を振るとシドウの言葉を否定した。
「ううん。ちょっと違うかな。私は騎士になりたい訳じゃないんだ」
「へぇ……」
その言葉にシドウは初めてアリシアに胸以外の興味を示した。アリシアのように騎士学院を目指す人間全員が騎士を目指しているわけではない。卒業報酬で貰える事になるステータスプレート目当てで入学を希望する生徒も少なくはないのだ。
それでも――とシドウは彼女の容姿を見定める。
枝毛のない黄金の髪やシミ一つない艶のある肌。身に付ける衣服がやけに品質が高い。恐らく高価な物なのだろう。身体的特徴、身に付けた小物や衣服――彼女の身なりを見るからに貴族出身の可能性が高い。
階級にもよるが、貴族は平民に比べ、ステータスプレートの発行が優遇されている。騎士になる危険性まで犯してステータスプレートを欲するだろうか?
シドウの疑問を見透かしたようにアリシアは苦笑を浮かべてみせた。
「あはは……実は私、家出してるんだよね……」
「家出?」
「うん。ちょっとした家庭の事情でね」
「ふむ……」
言葉を濁す姿から察するに安易に踏み込んでいい内容でもないのだろう。
アリシアの事情を理解したシドウは改めてアリシアに問いかける。
「なら、君が騎士学院を目指すのは――ほとぼりが冷めるのを待つ為か?」
「うん……そうだよ。特待生で騎士学院に入れれば学費も寮費も免除されるし、何より、一人で旅をするよりは、学院に守られていた方が安全――って言うのがあるかな?」
「まあ、女の一人旅は危険だからな。けど、特待生狙いっていうのは正直、意外だ」
「あはは……」
苦笑いを浮かべるアリシアには悪いが、シドウは率直な感想をぶつける。
「まず、アンタの実力じゃ無理だな」
「ちょっと、シドウ!」
シドウの話を聞いたユキナがいきり立つが、シドウは構わず続けた。
「事実だろ? 中級程度の冒険者に臆するほどだ。そこまで戦い馴れてないんだろ?」
「うん、そうだよ」
「それにだ。特待生を狙うなら絶対に必要な資格がある」
それは高名なギルドマスターや騎士からの推薦状だ。この推薦状は受験が有利になる代物じゃない。特待生試験を受けられる実力がある者だけに渡される推薦状だ。
これを試験管に提示する事で、特待生専用の受験を受ける事が可能になる。上位十人だけが合格でき、その中でも優秀な三人が特待生として学院に招かれる特別な試験――騎士の中の騎士を決める試験とも呼ばれる。
もちろん騎士の力は腕っ節だけじゃない。状況判断力や指揮能力なども必要不可欠だ。だが、今回の特待生専用試験は『バトルロイヤル式』だと事前通達があった。まず腕っ節がないと話にならないだろう。
「推薦状なら私も持ってるよ」
「……は?」
だからこそシドウはアリシアの言葉に対し、間の抜けた声を漏らした。
アリシアは小さなポーチから筒状のケースに包まれた洋紙を取り出した。その洋紙に書かれた名を見て、シドウは目を見開く。
「て、帝国騎士団の押印だと……!?」
アリシアの洋紙に捺印された押印は帝国騎士団が正規の手続きなどで使う代物だった。
しかも、アリシアの推薦状に押された押印は帝国騎士団の団長クラスが使う物だ。推薦状としてはこれ以上ない価値を持つ。
シドウは彼女に対する警戒心をさらに募らせた。
帝国騎士団と面識があるとわかった以上、彼女と関わる事は危険すぎる。アリシアを通じて、あの厄介極まりない連中に目を付けられた終わりだ。シドウの事をよく知る彼らにはシドウの戦法が一切通じない。戦闘になればシドウに勝ち目はないだろう。
焦る気持ちを抑え、シドウは抑揚のない声で彼女の背後にいる騎士の名前を尋ねる。
「これは――誰からの推薦状だ?」
シドウの脳裏に様々な人間が浮かび上がる。誰もが一騎当千の力を持った化け物だ。一体誰がアリシアの背後にいるのか――シドウの緊張が高まる。
「えっと――セツナさんっていう人なんだけど……」
「――あっそ」
「え? なにその反応……」
突如、シドウの表情が白けた物に変わった。緊張も消し飛び、余計な疲労感だけがシドウの心労を支配する。
(セツナって、あのセツナだよな……?)
騎士団の中にセツナと名が付く騎士団長は一人しかいない。『脳筋のセツナ』と呼ばれる猪突猛進バカだ。身勝手の権化。人の話なんて聞きはしない。着いてこれないヤツは着いてこなくていいと豪語した『連携』の二文字がすっぽり辞書から抜け落ちたお馬鹿さん。
(アイツの心配なんてするだけ無駄か……)
なんせ、頭より先に手が動くようなヤツだ。シドウから言わせれば歩く災害とも呼べる人間の心配をしたところでどうしもない。対処も対策もないのだ。奇襲がない分、いくらかマシだが……
それにそても――
「――意外だ。セツナが誰かを推薦するなんて……」
「セツナさんのこと知ってるの?」
「ん? あぁ、腐れ縁みたいなヤツだよ。アイツが誰かを紹介するなんて……アイツに賄賂でも渡さない限り不可能だろう」
「えへへ……実はそうなんだ」
「は……?」
「ケーキとぬいぐるみを沢山ね?」
「あぁ……なるほど」
お茶目に笑うアリシアを見て、シドウの中で辻褄が合う。要するにセツナの好物で釣ったわけか……
半眼で見つめるシドウに取り繕ったようにアリシアは手を振る。
「け、けど、それだけじゃないんだよ? セツナさんも『凄いな』って褒めてくれた事があるんだから!」
「褒めたって?」
「じ、実は私……治癒魔術には自信があって……この村に来る間も治癒魔術の報酬で路銀を頂いていたんだ」
「はぁ……」
容量を得ない話にシドウとユキナは揃って首を傾げ――その後にアリシアが巷で有名の『癒しの姫君』その人である事を知る事になるのだった。
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