第三話『癒しの姫君Ⅱ』
「や、止めて下さい……」
「ん……?」
ユキナが宿屋の手伝いを始めて一時間ほど過ぎた頃。
どう宿代を値切り倒すかをシミュレートしていたシドウの耳に女の子の声が届いた。
聞き慣れない声にシドウは声がした方へと視線を向ける。
そこには眉をハの字に困り顔を浮かべ、スカートを押さえる一人の少女がいた。
年齢はシドウ達とさほど変わらないだろう。恐らくは十五から十七歳前後。
目を引くのは腰まで伸びた黄金の髪だ。身長はユキナと同じくらいで一五〇センチくらい。
だが、ユキナとは異なる点が一つ。
彼女の豊満な胸だ。
シドウの目測によるユキナのバストはおよそ七四とやや残念な大きさだが、チラリと見た彼女の胸はユキナの胸囲を軽く上回っていた。遠目から見ても八四は固い。
出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいるので、かなり男の目を引く体型の持ち主だった。
その少女は、テーブルに座っていた筋肉質の男どもに柔軟な視線を向けながら、体を少しずつ彼らから遠ざけていた。
動揺に揺れるサファイアの瞳。そしてスカートを押さえる手。
困惑した表情を浮かべる少女を見て、シドウは彼らの間で何が起こったのかを察した。
体のいいセクハラだ。
恐らく、あの女の子のお尻でも触ったのだろう。
周囲のテーブルに座っていた他の男連中はこれ見よがしに険のある視線をセクハラ連中に向けていた。
カルーソは小さな村だ。
村人一人ひとりが家族みたいなもので、団結力が高いと聞いた。
娘のと同じ年頃の少女がセクハラに遭ったのだ。いい気分で飯など食える筈がない。
事実、この状況を知った周りのテーブルはシーン……と静まりかえり、静寂の中に憤怒の気配が膨れあがっていた。
それでも、誰も飛びかからないのは、筋肉質の男の腰にぶら下がった剣を見てだろう。
恐らく、あの連中もシドウの元同僚。冒険者だ。
(魔力を生成する気配はない……恐らく生粋の剣士……ん?)
シドウは男どもを観察しながら、ある違和感に気付く。
剣や斧――と凶悪な武器を携える連中の中に、二人ほど武器を隠し持ったヤツがいる。
その内の一人の武器はすぐにわかった。
シドウのようにコートを着込み、手元や服の中身を隠すスタイル。恐らく暗器の類いだ。
だが、もう一人がわからない。
武器の類いは一切なく、大した防具もない。
もしかしたら宿に防具の類いを置いてきた可能性もあるが、その可能性は限りなく低いだろう。
なにせ、その男から感じる威圧感が一番、強烈だからだ。
恐らく、あの連中のリーダーで間違いない。
そんな男が武器も持たず、小さな村で事件を起したことにシドウは拭えない不安を抱いていた。
「え~いいじゃん別に。減るものじゃないし」
「こ、困ります……」
周りの空気を無視して、軽薄な男が少女の肩を抱き寄せる。
露骨に顔を顰める少女を無視して適度に酒の入った男は腰を少女の体に押しつける。
「俺ら、ちょっとした討伐帰りで疲れてんのよ。相手してくれない? 主に下の世話とか……ギャハハ!」
「五月蠅いぞ、ギン」
「え? いいじゃん。疲れてんのは本当だし。こんな上玉滅多に見ねえし、食える時に食っとかねえと。もちろんただとは言わねえぜ? そこいらの娼婦より色つけるしよ。こんなもんでどうよ?」
ギンと呼ばれた剣使いの男はテーブルの上にドサリと札束を投げ捨てる。
その額は少なく見積もっても百万近くはある。
(な……ッ!)
その光景を見ていたシドウはその金額に目を剥いた。
一介の冒険者が軽く出せる金額じゃない。
どう見ても、あの冒険者パーティのレベルは中級程度。
あれほどの大金をすぐに稼ぐなんて無理だ。
冒険者には初級、中級、上級、最上級とクラス分けがされ、さらにクラスごとに五段階の階級があるのだ。
『初級一等』と呼ばれる冒険者は言わば駆けだし。『初級五等』に上がり、クラス適正試験に合格する事で『中級一等』に上がる事が出来るのだ。
因みにシドウは冒険者になっても禄にクエストに行かなかった為、『初級二等』の駆けだし冒険者止まりだった。
クラスごとに受けられるクエストレベルも上がり、稼げる金額も増える。
中級クラスではもし討伐に出たとしても一度に稼げる額は百万ほど。それをパーティで山分けすると考えれば一人あたりの報酬はかなり少なくなるはずだ。
冒険者事情を知るからこそ、ギンと呼ばれた男がそれ程の金額を躊躇いなく出せた事にシドウは驚きを隠せなかったのだ。
同じく、目の前に詰まれた大金を見て、少女も息を呑んでいた。
青ざめた表情は、これから訪れる恐怖に脅えていた。
「どう? これで買われてくれるかな? 一晩だけでいいんだけど?」
「そ、その……」
「ん? もしかして、君の体はこの額以上の価値があるのかな?」
ギンは耳元で少女に囁き、少女はギュッと唇を噛みしめた。
人の命が軽いアーチスでも、人身売買はあまり認められる行為じゃない。一応帝国では原則として人身売買を禁止しているのだ。
だが、実際には奴隷として身を売る人間は少なからずいる。大抵はお金に困った末の行動だが。それはこの世界の闇だ。
今、この男は、少女の尊厳を無視して、少女を奴隷のように扱い、買おうとした。
娼婦でもない少女に金を握らせ、辱める――
力と金を持つ強者が弱者を虐げるような世界に、正直、シドウは吐き気を覚えた。
(ああ、クソ。仕方ねえ……)
虫唾が走る光景を見せられ、腸が煮えくりかえる。
周囲の人間は自分に飛び火する事を恐れ、遠巻きに見るばかり。
ようやく事態に気付いた店主も、声を大にして怒鳴っていたが、ギンの放った殺気に身を強張らせていた。
この状況を打開出来るのは――
「《風の散弾よ》――【エア・ショット】!」
シドウが腰を浮かせた直後、シドウの横を疾風の如く横切る影。
その影は銀色の髪を靡かせ、ギンに向かって手の平を向ける。
短い呪文詠唱と魔術名が酒場に響き渡り、直後――
「グエッ!?」
少女の手の平から無数の風の弾丸が放たれる。
その全ての弾丸がギンの体に命中。
吹っ飛んだギンは地面に叩きつけられ、何度も地面をバウンドしていく。
勢いを殺す事も出来ぬまま、壁に激突したギンは白目を剥き、泡を吹いていた。
意識を失ったギンに目を向けることなく、銀色の影――ユキナは少女を庇うように立ちふさがり、鋭い視線をギンの仲間に向け、噛みつくように苛ついた声を上げた。
「女の子を物みたいに扱うなんて……アンタたち、最低ね!! それでも冒険者なの!?」
不機嫌を隠そうともしないユキナの言葉に、リーダー格の男が目を吊り上げる。
「……あぁ? 何様のつもりだ?」
青筋を立て、立ち上がったリーダー格に取り巻き達が歓声を上げた。
「ギンの敵だ。やっちまって下さい! ファングさん!」
「ふん」
ファングと呼ばれたリーダー格は鼻を鳴らすとポケットから小さな宝石を取り出す。
それを拳で握ると、魔力を練り上げるユキナに鋭い視線を向ける。
「てめえに年長者に対する礼儀ってヤツを教えてやるよ。《叩き起きろ!》」
獰猛な笑みを浮かべたファングが叫んだのと、謎の光がファングの拳から溢れ出し、ファングの体を覆ったのはほぼ同時だった――
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