召喚殺しの異世界譚
松秋葉夏
第一章 異世界召喚
プロローグ
見渡す限り視界いっぱいに広がる青空。
澄み渡る青は雲一つなく、肌に照りつける日光が心地よい。
昼寝には最高のシチュエーション。散歩日和と言ってもいい。
普段なら、ギルドの宿舎に閉じこもって惰眠を貪っている男――シドウですら、普段のやる気のない表情から一変。鬼気迫る表情を浮かべ、これ以上なく瞠目した瞳で青空の下――遙か下方に位置する広大な大地を瞳に焼け付け、悲鳴を上げていた。
「うおあああああああああああああああああああああっ!」
ただ今、上空数千メートル。そこが生身のシドウが身を置く場所だった。
このまま落下すれば、間違いなく圧死するであろう事は間違いない。
シドウはこの危機を打開する為に、万物の法則に介入する術――魔術の詠唱を試みようとするが……
「きゃあああああああああああああああああああああああッ!」
シドウの横でより一層甲高い悲鳴を上げ、シドウの首に抱きつく(首を絞める)少女のせいで、肝心の詠唱が出来なかった。
呼吸もままならず、魔術を発動する為の詠唱も口に出来ない。
地上との距離が刻一刻と縮まる中、なぜこんな事に? とパニックに陥った思考がその原因を探る為に走馬燈のようにシドウの記憶を掻き集めるのだった――
◆
「……シドウ、いい加減、仕事をしろ」
朝。人気のなくなったギルド内の酒場で、晩年を迎えたギルドマスターが目くじらを立て、昼間から酒に酔いつぶれる男――シドウに向けて強い口調で言い放った。
「え~やだよ……面倒くさい……」
テーブルの上で頬杖を突きながら、やる気のない口調でそう答えるシドウにギルドマスター――テイルは盛大にため息を吐く。
老年とは思えない筋肉隆々の体。背筋は曲がっておらず、白髪の頭は首筋あたりで一房に纏められ、小さなおさげを作っている。
また、年老いたとは思えない剣呑な眼差しからもテイルがただの一介のギルドマスターだとは誰も思わない。
現役だ。と言えば誰もが納得しそうな面影を残した――そんな男だ。
その真逆をいくのが――シドウだった。
年齢は今年で十七歳を迎える。
身長は一七五センチくらいでやや高めの身長。
肉付きもそれ程悪くはなく、細身の体に、服の下に隠された冒険者家業で鍛え抜かれた肉体――と言い表せばシドウもそれなりの風体を併せ持っているはずなのだが……
今のシドウの姿は冒険者というより、ただの穀潰し。
朝っぱらからギルドの酒場に入り浸り、酒に泥酔する始末。
仕事をしろと言っても聞く耳持たず、食って寝て、食って寝て――と非生産的な毎日を送る――言ってしまえばただのダメ人間だった。
そんなシドウに対し、真剣な眼差しを向け、テイルが言う。
「お前さん、何時までこんな生活を続けるつもりじゃ?」
頬杖を突きながら、グラスを傾けていたシドウの動きが一瞬止まる。
「お前さんが冒険者になって一年――この一年、お前さんは何をしてきた? ただメシ食って寝て、メシ食って寝ての繰り返し。クエストだってロクに行きもせん」
「気にすんなよ。俺は今の生活が気に入っているんだ」
「……ほう? 穀潰しの分際でよく言えたのう?」
「あっはっは! マスターも人が悪い。俺がただの穀潰しと思うなよ? 俺はマスターの趣味に貢献しているんだぜ?」
テイルの趣味とはこの酒場だ。
アステリナ帝国南方に位置するカザナリと呼ばれる町。小さな町で帝国都市や帝国騎士団を養成する学院があるベルナールと比べればド田舎といっても過言じゃない。
町に駐屯する冒険者の数も少なく、このギルドは言ってしまえば形だけのようなもの。
掲示版を見てもクエストは周囲の魔物の討伐クエストばかり。難易度もそう高くはない。
そもそも、マスター自らが町の自警を行っているおかげで事件らしい事件も危険な魔物も現れない。かなり平和な町なのだ。
稼げるクエストがないと知れば、必然的に冒険者の足は遠ざかる。冒険者に仕事を依頼するギルドの仕事も潰れてしまう。
そんな経緯で生まれたのがギルド内に建設された酒場と宿場だ。
料理が趣味だったテイルはこの機にカザナリ名物のカザナリカレーを始めとした数々の料理を手がけ、それをギルド内の酒場で売り、今にも潰れそうなギルドを支えているのだ。
シドウはテイルの料理を愛するファンの一人。テイルの店で料理と酒を注文するだけでテイルの趣味だけでなく、潰れかけたギルド維持にも一役かっているのだ。
そんな事を意気揚々と話す内にテイルの瞳が据わる。
ゆっくりと指先をシドウに向け、万物の理に干渉する術――魔術を唱えた。
「《炎よ、猛れ》――【フレイム】」
「ぎゃああああああああ!」
直後、小さな酒場に悲鳴が響き渡る。
食器の皿なども吹き飛ばし無残にも半壊された酒場。小さなクレーターをつくった爆炎により真っ黒焦げになったシドウはピクピクと痙攣しながらうめき声をあげる。
「い、今の……本気だっただろ? 殺すつもりか!?」
「無論、そのつもりじゃが?」
「俺が何したっていうんだよ!」
「何もしないのが問題なんじゃ、この馬鹿たれ! いい加減、仕事の一つでもしろ! 何度も言うとるじゃろうが!」
「だってよ! ここにある依頼、討伐系ばっかじゃねえか!」
バンッ! と掲示版を指指したシドウはそこに張り出された依頼――クエストを批難する。
どれもこれもが周囲の魔物の討伐ばかり。
シドウが求めるようなクエストは何もない。
テイルはやれやれとため息を吐くと半眼でシドウを見つめる。
「なら、どんな仕事なら受けるんじゃ? 試しにに言ってみろ?」
「ん? そうだな……食って寝るだけで金が――嘘です! ごめんなさい!」
話の途中でテイルが再び指先を向けている事に気付き、シドウは俊敏な動きで床に頭を押しつけ、土下座を敢行した。プライドも何もあったものじゃない。
呆れて物も言えないテイルはため息を吐きながら見事な土下座を続けるシドウを見下ろした。
「本当にいつまでそうしておるつもりなんじゃ? このままでいいなんてお前さんも思っているわけじゃないじゃろ?」
「そりゃあ、そうだけど……」
バツが悪そうに頬を掻きながら起き上がるシドウ。
テイルはそんなシドウを見下しながらもカウンターの下から一枚の書類を取り出した。
「まあ、そんなお前さんにうってつけの依頼があるんじゃが――」
「うえ……っ」
テイルが取り出した書類――依頼書を見た瞬間、苦虫を噛んだ表情を浮かべるシドウ。
話を聞くのも嫌そうな素振りを見せながら、ジト目でテイルを見つめた。
「止めてくれよ……俺はもう……」
「わかっとるよ。お前さんが思っているような依頼じゃないわい」
「……マジで?」
「うむ。なにせ迷子捜しのクエストじゃからな」
「……あっそ」
確かに予想していたようなクエストではなかった。非殺傷系のクエストにシドウの興味は見るからに白けていく。
ギルドが提供するクエストは討伐系やお使い系など多岐にわたる。
その中でもお使いや物探し、人捜しなどは断トツに依頼数も多いのだが、それを受ける冒険者はあまりいない。
なにせ報酬が安すぎる。
迷子の子供やペットを血眼になって探してもその日一日分の食費すら賄えない。
だからこそ冒険者は命の危険は大きいがその分報酬も高い討伐系のクエストを好んで選ぶ傾向が高いのだ。
シドウが渋面を浮かべたのもそのような背景から来るものだった。
ただでさえ仕事をしたくないというのに、迷子になった子供を探す為に一日を費やす――
どう考えてもやる気が起きない。
まあ、三流冒険者のシドウにしてみれば丁度良いクエストなのかもしれないが……
そんなシドウの心情を見透かしたようにテイルはニヤリと口元を吊り上げた。
「そう嫌そうな顔をするでない。きっとお前さんはこの依頼に飛びつくはずじゃぞ?」
「……なんでそう言い切れるんだよ」
「一千万ユール」
その単語を聞いた瞬間、シドウの顔が青ざめた。
理由は明白。
「これが、お前さんがこのギルド――ワシにため込んだツケじゃ」
「……そ、そうだったかな?」
この一年間。この酒場――それから二階の宿舎の一角で過ごしてきたシドウ。
無論金なんてあるわけがなく、テイルにツケ――要するに借金する形で世話をしてもらってきたのだ。
知り合いのよしみで利息などはついてはいないが、一年間の飲んだくれ生活は予想以上にシドウの懐に多額の借金を背負わせてしまったらしい……
「そもそも、お前さんがキチンと冒険者家業をやっておれば、借金なんてすぐに返済出来たはずなのじゃが……ワシの目はおかしくなってしまったのじゃろうか……?」
「い、いやいや! マスターの人を見る目は健在だぜ! け、けど……もうちょっと待ってくれねえか? 金ならその内返すからよ」
「一年前もそう言ってワシにメシと部屋を要求してきたのは誰じゃったかのう?」
「う……」
「いい加減返してもらわんと、ギルドも潰れてしまうしの……お前さんを奴隷として売り渡す方法もあるが?」
「そ、そいつは流石に……」
かと言って一千万ユールのツケをすぐに返済出来るようなお金は一切ない。ポケットの財布にも数千ユールしかない。それがシドウの全財産だ。
「因みに、このクエストの報奨金は一千万ユールじゃ」
「え? マジで? たかが迷子捜しに何でそんな大金が!?」
その依頼を達成するだけで多額のツケが一気に返済出来てしまう。
予想外の報酬を耳にして、思わず身を乗り出してテイルに詰め寄るシドウ。
「ふむ……高潔な一族の者の家出らしくての。世間体などを気にして極秘に――という事らしいのじゃ」
「……」
怪しすぎるだろ、その依頼……
上手いクエストには裏がある。
冒険者なら誰もが知っている常識だ。
このクエストは受けたら不味い――とシドウの警戒心が警鐘をならす。
(いっそ討伐系のクエストを受けた方がいいじゃないのか……?)
乗り気はしないが、リスクを考えればわけのわからないクエストを受けるよりも、討伐系を何度か行って借金を返済する方がいいような気がしてきた。
(うん。そっちの方がいいな。ちょっと大型の魔物でも倒せば数ヶ月で返せるだろう)
「えっと、悪いけど……」
「ああ、因みに返済は今月中に頼むぞ?」
「……」
シドウは油の切れた機械のようにギギギ……と首を動かし、壁際のカレンダーを見やった。
(あと、三日しかねえじゃねえか!?)
あと三日で一千万。
どう頑張っても不可能に近い。
「どうする、シドウ? お前さんが受けなければ他の連中に回す事になるが?」
「……ふっ」
テイルは言葉巧みにシドウの逃げ道を塞いでいく。
シドウは全身から汗を噴き出しながら視線を一瞬彷徨わせる。
そして数秒後。腹を括ったシドウは飛びつくようにテイルの手に握られた依頼書を握り潰したのだった。
そして、その道中――シドウは空中から落下してくる少女と運命的な出会いを果たす事になるのだった――
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