第98.1話「ダンジョン防衛線4」

 ザシュッ!

 まるで空間を削り取る様に、権兵衛さんが槍を振るうと侵攻してきたモンスターたち、特に先頭に立つ強力なモンスター達が薙ぎ払われる。続いて権兵衛さんを追い抜く様にジェネラルオークに率いられた戦士タイプのオークたちが勢いよく槍を手に突撃する。

 大扉間の攻防は一進一退であった。

 狂ったモンスター達が数で押し、罠をごり押しで突破する。罠によって勢いを減少させた狂ったモンスター達を権兵衛さん率いるオーク部隊が一気呵成に押し返す。

 30階層より下の階層主たちが強力なモンスターを留めているが、撃ち漏らしは存在する。

 下層の強力なモンスターを相手にしては戦士タイプのオークが魔法タイプのオークから支援を受けても倒すのは難しい。こう言った場合は将軍や幹部級のオークが出てくるのだが、それも現在では多くが疲弊し、損傷を負っている。

 故に皇帝である権兵衛さんが自ら最前線に立つ。

 戦線は一進一退である。

 だが状況は悪化の一途である。


「ボウ(……減ったな……)」

 だが守らねばならない。自らがどうなろうとも……。

 権兵衛さんが決意を新た狂ったモンスターの侵攻、第12波最後尾で腕組をしているまるで指揮官の様な、槍を持ち鎧を身にまとった蛇男と対峙し……、これをうち破り狂ったモンスターの侵攻第12波の戦闘が終了した。

 その後扉を閉め、大きく息を吐く権兵衛さんに扉を閉める前に斥候に出ていたケルベロスが寄ってくる。


「がう(いい知らせと残念な知らせがある、どちらを聞きたい?)」

「ボウッ(いい知らせから頼む……)」

 権兵衛さんは絞り出した様な声で言う。


「がう(35階層の暗黒竜が95階層階層主に勝利した)」

「ボウッ(……それはすごいな……)」

「がう(次に悪い知らせだ)」

「ボウッ(……)」

 聞きたくないが聞かざる得ない。オークの皇帝である権兵衛さんにどの様な情報でも聞かなければならなかった。


「がう(勝利の隙をついて20体ほどの93階層のスライムが35階層を突破した。あちらの伝令が伝えてきたから確かな情報だろう……)」

「ボウッ(……グラトニースライム……)」

「がう(然り)」

 超級モンスター騒ぎで作成されたモンスターだ。権兵衛さんでも10体を相手にするのがやっとだろう……。


 決断の時だった。


「ボウッ(……)」

「ボフッ(……陛下、僭越ながら申し上げます。時が参りました……。お別れの時です)」

 思案中の権兵衛さんの前に5体のオークが現れ、膝をつく。

 先頭の1体は白いローブを身に纏ったオークの宰相にして聖職者。

 付き従うように並ぶのは彼が鍛えていた魔法戦士のオーク4体。軽鎧を身に纏い右手に直剣を左手にワンドを持って戦う者たちである。

 どれも、晴れやかな笑顔であった。


「ボフッ(……言わねばご決断いただけませんか?」

「ボウッ(……)」

 権兵衛さんもわかっていた。兵の消耗も激しいが防衛装備の減少、特に罠が足りない。

 しかも強力なモンスター達が今こちらに向かっている。

 最後の罠を使わざる得ない。

 そう、高位のオークを、その血を命をもって発動する最終手段を。

 最終手段は永続的な効果を発動する結界である。

 結界を通過したものの魔法力の流れを著しく乱す結界。

 下層からあふれる者たちを、特に魔法力あふれる強きモンスターを行動不能に貶める罠だ。

 グラトニースライム。

 権兵衛さんに決断を強要するには十分な素材である。


「ボウッ(……すまない)」

「ボフッ(陛下。笑って下され……我ら誇りをもって礎となります。最後に拝見した陛下の御顔が曇っていては我ら後ろ髪をひかれてしまいます……おっと髪がなかったなぁ)」

 オークの宰相は禿げ上がった頭を軽くたたきながら笑う。

 後ろの4体も『言われてみればないなぁ』とヘルムを外して笑う。

 つられて権兵衛さんも笑い。

 そして立ち上がる。


「ボウッ(城を放棄する!)」

「「「「「ボフッ(はっ!)」」」」」

 権兵衛さんが決断すると一気に動き出すオーク達。

 31階層へつながる扉は固く閉ざされ、運び込まれていた物資は城下の広場へ運び出される。一緒に増援に来ていた人間の医療班も共に移動を開始した。

 移動に伴う喧騒が鳴りやまぬ城下。

 やがて誰も何も言わずにその喧騒は静まっていく。

 オークの宰相とその配下4体の魔法戦士のオークが人波と逆らいオーク城へ向かう。その姿に誰もが手を止め、誰もが押し黙る。


「ボフッ(陛下。こちらを……)」

 権兵衛さんが城へと掛かる跳ね橋に到着するとジェネラルオークから杯を渡される。

 振り向くと配下のオークたち、アユムを先頭に人間の医療班が同じく各々容器に液体、酒を満たし権兵衛さんを注目していた。

 はじめはアユムの存在に驚いた権兵衛さんだがその友情を理解し微笑む。

 そして杯を掲げて宣言する。


「ボウッ(皆の者聞け! 我らの戦いは遂に決戦を迎える! そして! この5体の勇者が我らの勝利の為、聖なる儀式を執り行う! 勇者達を祝え! 勇者達を見送れ! そしてともに勝利を手にする為に行く、勇者達の成功を祈り乾杯せよ!)」

 権兵衛さんは言い切ると5体に向き直り、杯を高く掲げる。


「ボウッ(勇者達に栄光を! 我らに勝利を!)」

 権兵衛さんが高く掲げた杯を飲み干すと、背後のオークの軍勢からも口々に『勝利を』『勇者たちに栄光を』と一部涙声を含めて叫ばれる。

 5体のオークの勇者達もからの杯を手にそれを聞く。一部感極まって泣いている者がいる。

 だが、権兵衛さんが酒瓶を手に現れると皆精悍な顔つきで杯を出す。

 1体1体に声をかけ酒を注ぐ権三郎さん。すべて酒がいきわたったところで5体のオークの勇者達は酒を飲み干す。そして杯を大事そうに布に包み懐にしまう。


「ボフッ(行ってまいります)」

「ボウッ(行け……、ついでだ、我らの誇りも一緒に持って行け……)」

 5体のオークの勇者達はうなずきそして踵返してオーク城へと続く跳ね橋を渡る。

 渡り切ったことを確認し、ジェネラルオークが渋々といった様子で跳ね橋を上げる。

 城下側から橋を架けられる作りからしてこのオーク城の目的が、設計思想を察することができる。


 橋の向こう側で敬礼を続ける5体のオークの勇者達。

 権兵衛さんは腕を組みその様子を見つめる。心に刻むように。

 こうして30階層の戦いは最終局面を迎えようとしていた。

 だが、ここで異変が起こる……。

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