第95話「ダンジョン防衛線1」

「ぎゃう(……さが……探さな……いと……)」

「ばう(……サーチ……サーチ……サーチ)」

「にゃー(……敵……障害……)」

「こけっ(……かっかかかかか神よ……)」

「ジュワッ(……猫の人形……)」

 各種族各員、黒のモンスター軍団20体は熱病に浮かされたように思い思いの言葉をこぼす。どれもニャンダーを探す言葉だ。そして魚はこの状況を知っている。モンスターが狂いかけたときの状態だ。……業務上よく知っている事象だ……。


「旦那、手伝いに来たぞ」

 通路の陰から溶け出すようにモルフォスが現れる。

 元王都最強の冒険者レベル至上主義にしてコムエンドでその鼻っ柱を叩き折られニャンダーに実用的な戦術を叩きこまれた男。25歳の美丈夫は冷たい瞳で魚に告げる。

 少しするとモルフォスの後ろから弟のガンビスが兄と同じ瞳で現れる。

 続いて回復魔法使いニーニャ。モルフォスの婚約者にして剣士のインバルト。


「……お前ら……」

 魚は対抗する様に瞳に力を籠める。するとしてはいけない方向から声がする。


「ふむ、本当にマーマンからよろいになっているのだな……」

 コンコンと魚こと黒い鎧を背後から叩き没落貴族にして騎士の家系バブルガスがモルフォス達と同じ瞳でいう。咄嗟に飛びのく魚。


「そう警戒するな……今や我ら神の忠実な僕(しもべ)、いわば仲間だ」

「そうそう、あなたとても疲弊していますね。それでは神の為に働けませんね」

「それはいけない! でも回復魔法はモンスターに有効なのかしら?」

「それは先程同志たちに聞いた。ポーションならば聞くらしいぞ……」

「なるほど! ならば提供せねばな!!」

 普通のパーティトークだ。だが魚の背を伝うのは冷や汗。狂気だ。魚は理解した。黒のモンスター軍団からもモルフォス達からも同様に狂気を感じている。魚は無意識のうちに一歩後退する。


「同士よ。我らこれより師匠を迎えに行かねばならない。本来ならば君が回復するまでこの場を守ってあげたいのだが、神よりの至上命題。理解してくれるだろ?」

「ポーションはここに置いていくわ」

 モルフォスの言葉に続いて回復魔法使いニーニャが背負って居たリュックからポーションの便を4本、その場に置く。

 そして全員魚に向き直り……。


「「「「「では、同士よ。我らは行く」」」」」

 言葉を合わせて言うと表情は消え失せ、彼らはエリアの奥へと進んでいった……。


 ガシャン


 言葉を失い、その場に膝をついた魚は思い悩む。

 果たして自分の決断は、判断は正しかったのだろうか……と。


(……回復……しなきゃ……)

 魚は重い体を引きずりポーションの置かれた場所へと進む。

 開かれた扉の目の前で座り、無表情でポーションを煽る。

 ほんの少し癒される感覚に、現実を一時だけ忘れ魚は浸るのであった。


 その頃ダンジョン下層。

「があぁぁぁおぉぉぉぉぉ!」

 最下層からの侵攻。神が仕掛けた崩壊の罠。ただ、メイちゃんとニャンダーを壊すためだけに仕掛けられた最後の手段。

 95階層の階層主が犠牲となったが、100階層の階層主と90階層の階層主、そして85階層の階層主が辛うじて90~99階層、89~85階層、最下層に位置する強力なモンスターを押さえている。

 だが84階層以上のモンスター達は中層を目指す。感染するモンスターを増やし中層を目指す。

 ダンジョンマスター達が混乱する最中、事態を把握した75階層の階層主は70階層の階層主と共同でこれを迎え撃つ。ダンジョンマスターの施策でコムエンドの階層主はすべてアユム産のダンジョン作物を与え、意思の強弱はあれど全員知性に目覚めていた。

 だから窮地を察して斥候を放ち戦いに備える。

 本来であれば80階層の階層主も含め戦線を作りたかったのだができなかった。彼らが状況を把握したころにはすでに80階層は戦闘に移行していた。敵に背を向けるなど如何に80階層の階層主が強力でも無謀だ。とわいえ80階層の階層主は強力だ。彼が抜かれる可能性は低い。だが、物量に取りこぼすことはあるだろう。

 だから彼らが迎え撃つ。

 75階層の白のゴーレム、70階層の黒のゴーレム。魔法を操り高速移動する最強のゴレーム姉弟。

 防衛線を得意とする彼らは部下と共に戦う。

 第一陣を退けた。

 そこで姉弟は異常に気付いた。自分達よりも下層を守るより強き階層主たちが91階層のモンスターをなぜ素通りさせたのか……。

 今や躯となった91階モンスターを見下ろしながら姉弟が考察に入っていると自陣の背後が騒がしい……。


「ぐぎゃあああああ」

 配下のモンスターの悲鳴である。

 姉弟が振り返るとそこには暴走した部下たちがいた。

 ダンジョン作物を摂取していない者がダンジョン作物を摂取したものに魔法攻撃を加えていた。幸い攻撃されたものは致命傷ではない。だが……。兄弟たちはそこで思考を止める。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 下層のモンスター達が階下からあふれてきたのだ。


「96階層のダークドルフィン……厄介なものが……」

「あいつは強いだけじゃないよ。ねーちゃん」

 白のゴーレムは現れた中空を泳ぐイルカをにらみつける。

 黒いゴーレムは光魔法で即座にダークドルフィンに対抗する。

 前門の幻惑系モンスター達、後門のダンジョンウィルスに感染し始めた部下たち。

 姉弟は知る。下層の強力な階層主たちがモンスターを漏らしてしまったわけを。

 そして白のゴーレムは叫ぶ。


「ケルベロス! 行け! これより上層の階層主たちに伝えよ! これは我らコムエンドのダンジョン。その誇りをかけた戦い! 相手が神の策謀だが、あがなう術はある! 侵攻はいったん我らが抑える! そう伝えるのだ!」

「がう!(承知!)」

 一吠え答えるとケルベロスは狂いかけの仲間をブレスで薙ぎ払い上の階層へ駆け抜ける。

 決意に満ちた姉弟だがその防御もやがて数体、そして数十体のモンスター達を抜けさせてしまう。それが進んだ先でモンスター達を感染させ戦力が十分になったところで次の階層主たちに物量による侵攻を仕掛ける。

 35階層までケルベロスが伝令で来た時にはすでに55階層の階層主が落ちていた。

 65・60階層の階層主はゴーレム姉弟にならい戦力を集中し対抗していたが、巨体の55階層は対応できず物量に押され、倒されてしまった。

 50・45階層の階層主は共同戦線を保ちつつ持つ特殊術、魔法道具を駆使して抵抗しているが状況は芳しくない。ダンジョン機能がクラックされている今、モンスターを生み出すのを止めることはできない。……いや、神樹の息子が制御を取り戻したとして状況は少し改善する位である。ダンジョンとは、ダンジョンモンスターとは、そもそもが魔法力の正常化帰還とそこから製造された物質である。故に、ダンジョンはモンスターを作り出すことを抑えることはできても止めることはできない。ダンジョンが存在ごと壊れてしまうからだ。

 彼らは【ダンジョンウィルス】と戦い、そして駆らなければならいのだ。

 だが、その手立てはない。

 彼らは、ダンジョンマスター達すら【ダンジョンウィルス】という存在に気付いていない。

 知らないものと戦い勝つことほぼ不可能である。

 そして彼らは勝利条件も敗北条件もしらない。

 彼らが突き進んでいるのは全滅戦。しかし、健気にも彼らは贖い続ける。それはやがて奇跡を生むことになるのだが……。


「がお(という事で部下を集めて対抗するのだ! 40階層のチキン……じゃない、魚がコミュ障こじらして家出しちゃってるから今までの階層主よりも大量に来るよー)」

「ぎゃ(ていうか、暗黒竜先輩は部下作ってましたっけ?)」

 何故だかワクワクしている暗黒竜先輩にドラゴンレッドが冷や水をかぶせる。


「がお(……え?)」

 通常形態の巨体で暗黒竜先輩は目を丸くし、口をパクパクとしている。


「ぎゃ(そもそも取引しているダンジョン作物とか勝手に食べちゃうのは誰でしたっけ?)」

「がお(え?あれ?おかしいな?そんなに食べちゃったっけ?)」

 テヘペロする暗黒竜先輩。

 ドラゴンブルーの冷たい視線。


「ぎゃ(……食べ物食べすぎてるのに気づかないなんてダメな大人なの。食べ物に対するリスペクトが足りないの! こうなってから反省しても遅いの!」

「がお(……だって~美味しいから……」

 巨体を縮めてシュンっと気落ちする暗黒竜先輩。


「「「ぎゃ(……)」」」

「がお(ごめんなさい。今度からちゃんと遠慮して食べます……)」

 反省の言葉を引き出した3体はメモを取り暗黒竜先輩をポンポンと叩く。

 気まずい思いで暗黒竜先輩が振り向くとそこには槍を持ったドラゴニュートが30体、整然と並んでいた。因みに全員知性の光を宿していた。


「がお(あれ?)」

「ぎゃ(こんなこともあろうかと権兵衛殿との取引で整備しておきました(帳簿など付ける事務の作業員とも言いますが……))」

「ぎゃ(私たちの節制のおかげなの!(料理の為の作業員ともいうの))」

「ぎゃ(暗黒竜先輩が抜けていても私たちがサポートする!(ダンジョン作業補助の作業員でもある))」

 ドラゴニュートは3チームに分かれている。

 素材管理及び料理班、在庫管理並びに事務処理班、階層管理班。

 尚、週替わりで担当が変わる。

 通常でのダンジョンでは孤高の戦士のはずだが、業務の厳しさから連携はバッチリである。


「がお(みんな~~~、大好きだよ~~~~)」

「「「ぎゃ(しょうがない先輩です(計算通り)」」」

 抱擁する暗黒竜とナイトドラゴンたちを見守っていたケルベロスはほっと一つ息を吐き出すと30階層へ向かった。20階層、15階層は最後の砦である。15階層まで連絡が終わればケルベロスも20階層の防衛に加わるつもりだ。この35階層も和気藹々ではあるが闘いに気持ちを高めているのが分かった。ケルベロスは自分もダンジョンの為にと気持ちを新たに灼熱エリアを駆け抜けるのだった。


 同時刻、隔離エリア。


「……」

「……」

 ニャンダーと魚が扉を前に睨み合っていた……。

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