第93話「悪鬼現る!」

 長期戦、持久戦で重要なのはどれだけ耐えられるかになる。

 それは精神的に、体力的に、物資的にだ。

 精神面ではニャンダーは拠点攻略型の煩雑な操作系で鍛えられていたため、集中力が落ちることはない。それはこの数日の間続く戦闘で証明されている。

 次に体力面だが、人形の体である。駆動系が故障することもあるだろうが、これまでの無茶な動作にも耐えられる体であり、スタミナとしての体力は外部魔法力を取り込んで運用するので問題はない。次に物資面である。ニャンダーのメイン武装魔法銃は魔法力を流し込むことで内部の魔法陣が魔法の弾丸を生成し銃身に施された加速と回転の魔法陣により射出される。食料もニャンダーには必要ない。

対して黒い鎧こと、最終手段を行使している魚は有機物である。物資面に関して外部の汚れた魔法力を取り込んで活動するモンスターなのでニャンダーと同条件だが、精神面と体力面は生物の体を取っているモンスターとして消耗する。

 タンタンタンタンタン

 連射されるニャンダーの魔法中による攻撃を、踊る様に回避しながら黒い鎧はニャンダーとの距離を詰める。そして突き出されるランスには初めの頃の勢いが無くなっている。

 限界が近い。

 そうニャンダーに……。


【警告! ニャンダー維持に必要な成分が残り10%を切っています。すぐ地上に戻ってください】

 そうニャンダーが地上に定期的に戻らなければならない理由。ニャンダーこと翔子の意識を人魚の肉体にリンクさせるための成分が、いや地球とのリンクに必要な情報が不足し始めていた。


「こなくそ!!」

 ニャンダーは積極的に仕掛けていく。黒い鎧のランスを盾でいなし人間の体で行えば関節が破損する様な無理な回転で懐に入り込むとゼロ距離で魔法銃を発射する。

 1・2・3……4発目を発射する前にニャンダーは黒い鎧の盾に殴り飛ばされフロアに転がる。

 両者等しダメージを負っている。

 ジリ貧である。

 ニャンダーの勝利条件が見えない中、ニャンダーのエネルギーが黒い鎧の体力より先に着きそうなのだ。ここで、ニャンダーは決断する。


「これで終わったと思わないことね!」

 これまでの接近戦重視の姿勢から一気に後ろへ跳びのき、ニャンダーは生成された弾丸に魔術を施して黒い鎧に発射する。

 反射で盾で防御した黒い鎧はすぐにその異変に気づいた。

 自分を中心に黒い霧に覆われ、……ニャンダーを見失ってしまったことに。

 一方ニャンダーは、ここ数日あらゆる場所で戦闘を繰り返したこのエリアーを飛翔しながらとある一点を目指した。

 そして到着すると一言呟く。

「スリープモード機動」

【スリープモード承諾。20秒後にスリープモードへ移行します】

「合わせて術式維持を実行」

【承認。…………では良い夢を……】

 こうしてニャンダーはダンジョンマスターが感知できないエリアであらゆるカモフラージュを施し、このエリアで数点見つけたエネルギーが少量回復する箇所でジッと回復に移行した。勝つために。


 そのころ黒い霧の術を力技で打ち破った黒い鎧は大いに焦っていた。

 戦闘的に相性の良いはずのニャンダーにこれほど手こずるとは、これほどダメージを負わされるとは思っていなかった。

 黒い鎧の目的は1つである。

 ニャンダーの確保。

 神の目的の為にニャンダー、が非常に邪魔な存在であった。そのため、ニャンダーを捕獲、その体と精神体を経由して翔子への接触、こちらの都合の良い人間に仕立て上げた上でニャンダーの破壊。

 魚は神が欲するがままに行動し最良の成果が目の前にあったはずだった。

 予想外の抵抗と、予想外の逃走がなければ。

 焦る魚はエリアをくまなく探索を始める。ニャンダーに負わされた傷が、体力の減少が激しく脳がうまく機能していないが、魚はニャンダーを探さねければならなかった。冷たい態度を取られ様ともせっかくできた仲間。彼らに明るい未来を送る為に……。


「……いない……」

 まさかこのエリアから脱出されたのか……そんな可能性を考慮し始めた矢先である。


『使えないな……』

 闇からせりあがるそれはあきれるようにつぶやく。それは魚の疲れた頭を刺激する。


『栄えある40階層階層主であるデスマーマンを辞め、神の秘術によりその姿に変わったというのに……お使い一つできぬとは、我が後継者とは思えぬ失態よ』

 闇は再びため息をつくと魚を見下したように笑う。


「だ……だまれ……」

 もっと言葉を発したかった魚だが、黒い鎧に変化したせいか上手く発音できない。


『哀れ。反論も旨くできぬとは……』

 闇は陰に溶け込み、次の瞬間魚の背後より再度現れ耳元で囁く。


『お前は何を望んだ?』

 魚は負傷を負いうまく動かない体で闇を振りほどく。


『仲間を望み』

 払う、だがすぐに背後の影から闇は現れる。


『友を望み』

 魚の疲労でぼやけた思考が明確になる。


『だが受け入れられない。うまくできない自分に呆れながら……周りが悪いと開き直る』

 もう聞きたくないとばかりに耳の近くを手で押さえる。


『醜い嫉妬よ』

 うずくまる魚。


『貴様はうまく立ち回る着ぐるみに嫉妬した。自らは神よりの使命が、策謀という目的が無ければ近付けもしない。話せもしない。醜く、そして弱い。ダンジョンの為、お母様の為に命を燃やし尽くした我の後継者が……意思を持ったらこのていたらく……』

 ……闇が言いたいことを言い切ったところで魚は立ち上がり、闇に向けてとある術を発動した。


『ほう、気付いたか。そうだ。正解だ。我はお前が、デスマーマンだった頃のお前が残した術……。ふふふ、何の意図かわからないのか……であろうな、今のお前では……だが、やがて我の存在に感謝する日が……』

 魚が解除術を完成させると闇は消え、肉体的に、精神的に疲弊した魚だけが残された。

 その後意思の光が乏しい瞳の魚がいくら探してもニャンダーを発見することはなく、2週間という時間が経過するのだった。


 ズウウウン


 無気力にニャンダーを探す魚の前に、壁が左右に割れて新たな通路が現れた。

 魚はそこから現れた者たちを見、正気を取り戻す。


「お前ら……」

 現れたのは一様に赤い瞳で正気を失った黒いモンスター軍団と……モルフォス達であった。


『思い出すがいい。お前は何を望んだのか。お前の使命は何か。思い出すがいい……』

 魚の頭の中に打ち破ったはずの術がささやき続ける。

 魚は気付かない。それは術であって術ではなかったことに……。


※書籍化2巻発売しましたので、仕事の合間で申し訳ございませんが頑張って更新していきます!※

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