第80話「とある着ぐるみの情熱」
「で?」
本日の作業も終えてお風呂に浸かる。アユムと
アユムは先程まで念入りにアームさんを洗うという重労働に従事していた。アームさんがお風呂での【洗い】を許しているのはアユムだけなのでしょうがないが。中々の労働であった。だが今、すっきりとした爽快な顔で温めの湯から顔だけ出して、お風呂のヘリに顎を載せている。寝てしまわないか少し不安なアユムであった。そこに、少しまじめな口調で大志メイちゃんが切り出す。
「結局、イックンが最後まで付き合ったみたいですが、料理習って帰っていったみたいですよ。彼」
そして、なぜ
「いまいち狙いが分からんな……」
「意外とさみしくて絡みたいだけじゃ…………」
「ないな」
即答であった。
「はぁ……」
「覚えておくといいよ。あの手合いは必ず一挙両得を狙うタイプだ。結果に執着するというか、粘着質というか、効率中というか。まぁ、一定の距離をもって付き合うといい奴、だな」
正解である。しかし狙っている2つ目は太志の為の好意である。1つ目は本気で過労死が怖いからである。
「ちなみに、近づきすぎるとどうなるんですか?」
「気づいたら矢面に立たされてる。そして奴がさも、善意の様にサポート、側の立場にいる。そして失敗したら責任だけ押し付けられ切り離される」
「……怖いですね」
「世の中やるかやられるかよ……」
「大志さんが来た世界って殺伐としてますね……」
アユムは熱いお湯から出るとお風呂のヘリに座り魔法で水を出す。そして冷水を自分にかけ、奇麗に赤く染まり火照った体を冷やす。
そしてアユムは何気にお風呂についてきたアームさんの方を見る。すると、お風呂のヘリに顎を載せたまま夢の世界に旅立ちかけていた。
だたか水魔法をアームさんの頭の上に発動する。
冷や水をかぶせられ驚いたアームさんが『にゃ! にゃにゃにゃ!!』とか可愛らしい鳴き声をした後アユムを恨めし気に見た。
「アームさん寝たら死ぬよ」
「がう(そんなんじゃ死なないよ?)」
「いや、死んだと思った師匠達に生きたまま解b……」
そこまで言ってアユムは口に手を当て気の毒そうな表情で顔をそむける。
「がう!(お風呂では寝ません! 約束します!!)」
さて、そんな愛らしいやり取りを横目に大志メイちゃんは深く熱い湯を楽しむ。おっさんになると血行が良くないのかアユムの様にすぐに赤くゆでだこにならない。なのでじっくり浸かる。
「……魔法か……便利そうだな……」
…………ここまでは。
~~~~そのころ地球
「居ない……。どこにもいない」
彼女、矢島翔子やじましょうこは焦っていた。
彼、風間大志かざまたいしがどこにもいないのだ。
さらにいえば彼が生きた痕跡が一切ないのだ。覚えているのは翔子自身と、彼女の家族のみ。
大志の家族は彼の存在を忘れている……。連絡が取れなくなり焦った翔子が彼の実家に駆け込んだところ『未来のお嫁さん』として扱ってくれていた彼の母が、『なぜか交流のあった近所の子』扱いである。
それから数日、翔子は会社を休み、茫然自失の生活を送る。
見かねた両親が翔子を呼び出して一つの可能性を告げた。
『神隠し』
古来より翔子の家系は魔法、魔術と呼ばれる異能の一族である。
異能は担い手こす少ないが、軍事力と同等に外交力として扱われた来た歴史がある。
異能は希少である為、軍事力の様に前面には出ない。だが、国同士の駆け引き、つまり情報戦で大きな役割を果たしている。
しかも、ここ半世紀でその役割はさらに大きくなっている。
それは戦争の形態が、半世紀の銃剣片手に突撃、ではなくなっているからだ。
技術の進歩は、兵器の進歩でもある。
進歩する。効果が劇的に上がる。つまり、開発コストが、製造コストが跳ね上がっている。
そして重要兵器の高度システム化はどこの業界よりも先進であり、サイバー部隊が安価で重要視されているのもそのせいである。
では、なぜ旧式の情報装備ともいえる魔法が重要視されるのか?
それは堅牢な防御システムをいくら構築しても、魔術で要人を操られてしまうとすべてが無駄になってしまうからだ。更に要人を操って国家の判断・決断を意図的に誤らせることも可能だ。
現代の日本では防衛のための予算を大幅に削られた為、魔法防衛行動が立ち行かなる寸前だが、かろうじて古来の家系に頼りに継続されていた。
翔子の家系は魔法防衛を担う一つの家系である。
故に、【異変】について膨大な量の記録が残されていた。
接触のあった異能の一家以外存在が消えていることから【神隠し】と断定された。
1週間。
翔子は急病という事で休んでいた会社も出社しなければならなくなった。
父親からの強い勧めの為である。
忙しさの中で、他者とのかかわりの中で翔子の心が落ち着くのではないかと考えてからだ。
無論、裏家業の後継者である翔子が、このまま翔子がふさぎ込んでしまって国益にかかわるからだ。
それだけ、翔子のその方面の能力は飛びぬけていた。
つまるところ、大志にほのめかしていた海外出張などできるはずのない人物でもあった。
父親の思惑通り出社し、仕事に取り組んだ翔子は徐々にショック状態から抜け出していく。
そして……。
より大志への思いを強くする。
(会いたい……)
それは鍛えられた魔法の技術が……。
(話したい……)
彼女の意思の力が……。
(大志さん……)
一つの奇跡を起こした。
『もしもし、僕とぉとぉ君だよ!! ……………………いたずら念話かな? とぉとぉ君パンチがうなるよ?』
翔子の脳内に唐突に子供っぽい女の声が響く……。念話。それは、【地球の魔法の常識】にはない事象である。
『……あ、やば。これメイちゃんの彼女との回線じゃん。切っちゃわないとめんどくさそう……てかどうやってつないだ……って、何で切れないの???? もしかしてこの子天才?? しかも、魔法力も神気もない地球の子なのに、なんで魔法技術こんなに持ってるの? うわ、やば。切れない……』
女の子の困り声が聞こえてくるが、翔子は握った何かを離すつもりはなかった。
今はっきりと握っているなにかは……。確実に大志に繋がっているからだ……。
なぜならば、今の通信相手が発した『メイちゃん』とは大志が最後に身にまとっていた、不細工な、キグルミの名前だったからだ。
(絶対に離さない……)
『こわっ! 確かにあの子、私が拉致ったけど……いたたたたっ、ごめんなさい。私が悪かったから強めないで……。何この人間、神様である私に痛みってどんだけよ……。いたたたたたたっ。大丈夫、大丈夫だから! 君の太志君はそのうち戻るから!!』
(……誘拐犯の言葉は信用できない……)
『うわっ、この子神様を犯罪者扱い……』
事実である。
(今すぐ。今すぐ返せ!!)
『わかった! わかったから。大きな声出さないで!!』
げに恐ろしきは人の執念。
力を封印されているとはいえ、神様のとぉとぉ君が折れた。
そして翔子はとぉとぉ君と一つの約束を取り付けるのだった。
~~~~深夜、コムエンド宿屋
『アッラーイ・モルフォス』
(ん、何だこれ……夢か……、おっしもう一回寝よ……)
神様専用の【白い部屋】に精神体を呼び出されたアッラーイが、白い部屋で再び横になろうとした瞬間。
『必殺! とぉとぉ君ぱーーーーんち!』
へんなぬいぐるみに殴られて吹き飛ぶアッラーイ。
『我は神なり。貴様の祖父メルトメスを助けた借り。お前で返してもらうぞ!』
アッラーイの頭脳が高速回転する。アッラーイの祖父は【とある神の】敬虔な信者である。それは若い頃、大病に臥せっていた亡き祖母の病気を治してもらった経緯があると、アッラーイは子供のころから耳にたこができるほど聞かされていた。1秒、待たずにアッラーイは理解する。この人形が多分その神なのだと。祖父が【言葉が阿保っぽかった。しゃべると残念な女神様だった】と言っていたので特徴と合致する。
『理解したのであれば、これから目覚めて初めて目にした者を助け、導くのだ! とぉとぉ君との約束だよ♪』
ポーズを決める神を見てアッラーイは深くため息をつく。
『いらっときたので、とぉとぉ君パンチ!!!』
腕の部品が一直線に飛びアッラーイの顔面に命中する。そしてアッラーイは再び意識を失う。
そう、とぉとぉ君パンチとはロケットパンチであった。
翌朝、頭に激しい痛みを感じながら起き上がったアッラーイの目の前に、可愛らしい、全長20cmほどの猫人のぬいぐるみが仁王立ちしていた。
「私の名前は、やじ……じゃやない、旅をする猫、にゃんだー。あなたが【神様に私を手伝うように依頼された】アッラーイ・モルフォスさんね。これからよろしくお願いね」
ダンジョン攻略に、矢島翔子にゃんだーが参戦した。
「……」
アッラーイはもう一度寝ることにした。
(あと五分後に考える)
アッラーイは現実から逃げ出した。
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