第39話「悪魔ちゃんの子育て教室」
「ぷはぁぁぁぁぁ! うまーーーー。このために生きてる! 私このために生きてる!」
地元で収穫時期を迎えた枝豆を茹でて出される。
これも地元でとれた岩塩を贅沢に振りかける。
つまんで口に含む。さやの食感、そして染み出る旨味、塩味。追いかけるようにさやからはじき出された豆、それをかみ砕いた時に溢れる上品な風味と旨味が口の中を占拠する。
その後、いよいよ冷たいエールが旨味を上書きする様にを送り込まれる。
悪魔ちゃんは日々のストレスを吹っ飛ばすかのように爽快な表情になりジョッキを振り上げる。
「お嬢さん、いい呑みっぷりですな。氷魔法でエール冷やすの良いアイディアです」
「でしょ! その為に覚えたのですよ」
悪魔ちゃんは上機嫌で男に応える。
「ふふふ、愉快なお嬢さんだ。……ですが1人ですか? 若いお嬢さんが1人。……酒場は危険ですぞ」
「あら? 心配してくれるのですね」
悪魔ちゃんは悪魔である。人間に酔い潰されることもないし、力づくで何かしたいなら英雄級の実力者を複数集めなければならない。
「でも、大丈夫ですよ。神のご加護がありますし、何より皆さんでは実力不足ですから……」
「それは失礼。ですがレディが酒場でお1人では……、紳士として見過ごせません。よろしければ是非ご一緒させていただきたいのですが、いかが?」
「あら、紳士なのでしょうか? それとも狼さんでしょうか?」
「ご安心を私は妻一筋です……」
軽く左腕をまくり上げ二の腕の結婚神の紋章を見せる。
奇麗な赤であった。
赤は契約順守の証だ。
「なるほど、では折角ですので……」
「マスター、肉と酒をこっちに!」
肉が運ばれてくるまで他愛もない会話を交わす。
初老の紳士の語りは本当に痛快で笑いを誘う。
日々あのわからずやどもに頭を痛めていた悪魔ちゃんにとって【ただ普通の会話】、知的な話ができるだけ楽しい時間だった。
「しかし、貴女の旦那様も理解がある。子育て疲れはどこかで抜かないと大変ですからな……」
悪魔ちゃんは一瞬訂正しようと考えた。だが、そんなに変わらないかとため息をつく。
イットは剣術馬鹿でパーティプレイとか、技の開発とか、聖剣を使いこなすために必要な聖剣との会話などしない。いくら言い含めても翌日には忘れる。そして今日も繰り返した。……まるで3歳児と会話している様だと悪魔ちゃんは大きくため息をつきたくなる。
リムは自分の理屈以外すべて間違っている前提で話す。こちらが理解して話を合わせようとするとそこで会話を終わらせる。悪魔ちゃんはリムに言葉が通じるのかと何度思った……そうだ。
タナスはなにもしゃべらない。たまに地面に向かってブツブツ言っている。悪魔ちゃん的に正直怖い。目に危険な光を宿しているので話にならない。
サムはいつもタナスを見ている。ストーカーと言うやつだ。話をしても上の空でタナスを見ている。悪魔ちゃんは都度想うのだ『早く捕まえて、領主様』と。
だから悪魔ちゃんは思う。あいつら話が通じない時点で赤ちゃんと同じだと。
「……話が通じなくて大変で、あれもしなきゃ、これもしなきゃで………」
「なるほど……つらいですよね……」
不意に悪魔ちゃんはホロリときてしまった。意外とチョロイ。
「私も1人目の時に仕事仕事で妻をほったらかしにしましてね。いや~、いまだに恨みに持たれてますよ……『一緒に居るのに何もしない』とか『二人の子供なのに【手伝う】ってなんだ』とかね……。お互い親類のいない土地で商会たち上げて忙しい時期でしたからね。妻を見ていなかったというか気を使っていなかったというか。お恥ずかしい話です」
「そう、何ですか……」
今更ながらに『自分のはそんな重い話ではない』と言い出しずらい悪魔ちゃんを差し置いて老紳士は語り続ける。
「……貴女も似たようなものですよね……大変失礼ながら人種的にこちらの人種ではないと御見受けします。あと、こちらの村にご縁も少ないご様子……よろしければ私が考えたストレスの解消方法というか考え方をお教えいたしましょうか?」
『男の視点なので役に立つかどうか』と笑いながら老紳士はエールのお代わりと枝豆を注文する。悪魔ちゃんの分も注文している。抜け目ない。そして悪魔ちゃんは促されるまま冷たいエールを煽る。
「憎いあん畜生共に!……」
「「かんぱーい!」」
合わせるコップ。そして冷えた喉越しの良いエール。悪魔ちゃん、至福のひと時。
「もうね、話が通じないのがつらいんですよ。あと、通じても思い通りにしてくれないとか、本当にどうしたらいいのか……もう、飲まなきゃいやってられないっつーの!」
「そうでしょうそうでしょう……」
悪魔ちゃんが飲み干すと、お付き合いで老紳士も飲み干し見計らったかのようにお代わりが来る。
「いう事位きけって馬鹿ども!!」
「「かんぱーい!」」
合わせるジョッキ。そして冷えた喉越しの良いエール。気分が高揚する悪魔ちゃん。
「ほんと、私の事なんだと思ってるんですかね!」
悪魔ちゃんの脳裏に上司の神が脳裏に映る。……いや、結構ストレスぶつけてると思うよ。
「いやはや、耳が痛い」
男として耳が痛い老紳士は苦笑い。
「私の予定とかね、やらなきゃならない事ってあるんです。なのに『いかない』とか『やらない』とか! も~~~~~~~なんなの!」
「全くです」
熱々のステーキを一口大に刻みそっと差し出す老紳士。悪魔ちゃんはそのお肉に舌鼓を打つ。
「おいしい! これ何肉でしょう?」
「このあたり牧畜もやってますので牛だそうですよ」
「ああ、お酒が美味しいとお肉も美味しい!」
何か楽しそうに横揺れする悪魔ちゃんに老紳士はお茶を出してもらうように調整する。
「では、ほんの1つコツと言うか心構えをお伝えしましょう……。『手を抜きましょう』」
悪魔ちゃんは老紳士のその言葉にハッとした表情で老紳士を見つめる。
「きっと完璧にしようとか、後片付けもきちんとしないとか、料理とかもキチンと自分でと思っていませんか? そういうのはある程度でいいのですよ」
「ある程度でいい………」
悪魔ちゃん目から鱗である。無理やり力を引き出そうにもあいつらは悪魔ちゃんの想定通り進まないのでいつまでたっても目標の段階まで至らない。苦々しく思ていたのだ。そして悪魔ちゃんは真面目な性格なので目標達成のために自分が何とか『しなければならない』と思っていた。一時、別の英雄候補とも接触してみたが、結局同じような人間であった為あきらめてよりイットたちと真面目に向き合ってしまっていたのだ。
「そして思い切り誰かに任せてしまうのもありです」
お茶をいただく悪魔ちゃん。すっかり酔いがさめている。
「最後に個人的な意見ですが、『褒めてもらう』のも良いかと、妻との間もそれで上手く行きました」
晴れやかな表情の老紳士。悪魔ちゃんは思った神様に褒めてもらおう。『その手があった!』とばかりに陽気になる。
その後食事を終わらせた悪魔ちゃんはスキップを踏みながら老紳士と共に宿に帰ってゆく。宿の主人に確認されるまで見守ってくれた老紳士に、悪魔ちゃんは何度もお礼を言いながら別れた。そしてその日悪魔ちゃんは久しぶりに熟睡するのであった。
……さて、その【老紳士】ことジロウだが。
「………おかしいのとつるんでいると聞いていたがかわいそうな悪魔だったか。……目を離すなよ……」
ジロウは建物の影に向かって誰に気にも留められぬように小さくそう伝えると、自分も宿に帰っていった。
そう、ジロウ。セルの師匠で国内に複数の店舗を経営するジロウ商会の会頭。
アユムに短剣術を仕込んだ男である。
「………しっかし、独身の俺が子育てを語るとはな……」
ジロウはジロウで気恥ずかしい思いを抱え眠りに落ちるのだった。
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