第20話 『マニュアル通りの電話対応』


「はい、お電話ありがとうございます。フィジカル・ロック・ソリューションズ、野口でございます」


 電話口からは、さわやかな女性の声が聞こえた。


「おい、三枝いるかよ? 三枝?」


 シゲルの突然の言葉に女性は戸惑いながら答えた。


「三枝でございますか?」

「そうだよ、社長だろ? いるかっつってんだよ。いるなら今すぐ出せ、このやろう!」


「申し訳ありません、三枝、本日は外出、直帰ちょっきの予定になっておりまして、こちらには戻りませんが、何か御用でしたら申し伝えますが...」

「ご用も何もあるかってんだよ。インチキ商品送りつけやがって金返せよ!」


「は? インチキ... でございますか? 弊社商品にご不満がございますでしょうか?」

「ご不満ってなに言ってんだ、こんなもん送りやがって、こりゃオメエただの南京錠だろうが!」


「お手元の商品は、南京錠... ああ、パッド・ロックでございますね? そちら弊社の最新技術で製造されました次期主力商品でございます」

「なんだそのパッドロックってのは?」


「いえ、パッケージをご覧いただきますと『ピー・エー・ディー・エル・オー・シー・ケー』と書かれているかと…」

「『ピー・エー・ディー…』、ああ、そうだそれだそれだ。だからなんだってんだこれ!!!」


「そちらがパッドロックでございますね」

「だ〜か〜ら〜、パッドロックって何だっつってんだよ、オメエ日本人だろうが!」


「パッドロックは日本語ですと南京錠でございますが...」

「ございますがって、オメエ三枝はセキュリティがどうのとか言ってたから、オレら投資で金払ったんだぞ!」


「はあ、ですが南京錠は鍵でございますからセキュリティの防犯用品でございますし...」

「な、なに言ってんだ! なにがフィジカル・ロック・ソリューションズだってんだよ!」


 シゲルは怒りのあまり、今まで覚えられなかった会社名を言えるようになってしまった。


「で、ですがフィジカルなロックでございますから...」

「なんだそりゃ!?」


「で、ですからフィジカル=物で出来ているロック=鍵でございます。最近のヴァーチャルではなく、フィジカルに実物をご利用いただくという...」

「な、なんだその変な言い訳は! 大体 IT なんだろうが、IT はどこ行っちまったんだよ!」


「はあ、弊社商品は IT 関連企業様にお取り扱いいただいておりまして、海外でも大変好評をいただいております」

「海外の音楽産業でって言ってたのは何なんだよ? 三枝が言ってたんだぞ! え?!」


「ハイ、最近は hamazon のような IT 企業様と連携いたしまして、特に東南アジア方面の楽器倉庫の扉に付ける鍵として、弊社パッドロックシリーズは大変ご好評をいただいております。東南アジアではバンドで使う楽器が盗まれる事が多いそうですから、大変需要がございまして...」

「なんだよ、そのショボい話は!」


「あ、ご安心ください! もちろん国内でもウマゲヤなどのスーパーマーケットのゴミ捨て場で、賞味期限切れのお弁当などをホームレスの方々に盗まれないようにするための鍵としてもご利用いただいております。こちらも供給量は年々伸びておりまして...」

「そうじゃあなくって〜〜〜!」


 シゲルは、気を失いそうなほど絶叫しているが、電話口の女性はいたって冷静だ。


「は? そうではなく?」

「んだから、こんなインチキなもん送りやがって金返せバカ野郎!!!」


「弊社の製品がお気に召さない、と?」

「お気に召さないとかじゃなくてだな、ホント、金・返・せっつってんだよ! カ・ネ・カ・エ・セ!」


「そうでございますか、それでしたらクーリングオフを利用していただければ、よろしいかと存じますが...」

「なんだそりゃ、日本語話せ、日本語!」


「え? ですから日本のクーリングオフ制度をご利用いただいてですね…」

「ダ〜〜〜! なんだよ、それはよ! そんなんじゃなくて金返せ!」


「それはクーリングオフで…」

「ダメだ〜、こいつ日本語通じねえ! 誰かマトモな日本人いねえのかよ〜! よ〜し、そんじゃ三枝の携帯に直接電話してナシつけたる!」


「三枝、ただいま観劇中かと思いますので、劇場の中では携帯電話は取らないかと思いますが...」

「劇場の? あ、あのスーパーナントカって劇団か?」


「あ、スーパー・センチュリーを、ご存知でございますか? 弊社でもスポンサードさせていただいております」

「ま〜た、英語使ってんじゃねえよ!」


「ええと、それでは『弊社でも資金提供させていただいております』。あ、スポンサードは和製英語かも知れませんね...」

「ダーーー!」


「アントニオ猪木でございますか?」

「ギャボ〜!」


「のだめですね」

「タヮラバ!」


「北斗の拳!」

「そうじゃなくって〜〜〜! 下北沢とか言ってただろ?」


「あ、さようでございます。ご存知なのでございますね! 三枝、ただいまそちらの方に出向いております」

「お〜し、そんじゃそっち行って、三枝の野郎ブッ飛ばしてやる! 待ってろよ! 詐欺オヤジめ!」


 シゲルはそう言うとガチャっと電話を切り、プチプチの上でヘタバッているアキヒコを蹴っ飛ばした。


「オラ、アキヒコ、三枝んとこ行くぞ」


 今度はトイレの便器にうつ伏して真っ青になっている瀕死のショウのお尻を蹴っ飛ばし、


「ショウ、オメエも来い!」


 と二人を玄関の方に引っ張って行った。


「おい、三枝の野郎を張り倒しに行くからな! 確か下北沢の元田劇場とか言うとこだ。ほれ、立って歩け、この野郎! オラオラオラ!」


 二人は、お尻を蹴っ飛ばされて前につんのめり、『オェ〜!』っと呻きながらもマンションを出て下北沢を目指すのだった。

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