第31話 剣技
本陣からやや北寄り。
森を背負って布陣した二千の傭兵たち。その正面に、ハルバードを担いだジルが立つ。
陣を囲むように四千の騎馬。
「ジョルジオーニ・ファルネーゼ。この陣を代表するは誰か?」
先頭の騎馬が進み出る。
黒尽くめの具足。紋はなし。隻眼。残る瞳は青。短く刈り込んだ金髪。
左の手甲、盾ほどではないが、幅広。腰に長剣。右手には鉾。
「俺だ。カヴィ傭兵団、イヴリス・デラルーサ」
「チェゼーナ勢が大将だという者を連れてきておる」
ジルの言葉に、チェゼーナ侯爵家長子が引きずり出される。ジルの傍らへ。
「間違いないか?」
後ろ手に縛られた長子を、傭兵が馬上から見下ろす。
「情けねえとは思っていたが、ここまでとはな。ああ、間違いねえ」
イヴリスは呆れかえり、溜息とともに、そう吐き捨てた。
「そうか」
ジルはそれだけ言うと、ハルバードを一閃。
首が転がり、血が噴き出る。
「すまんな、イヴリスとやら。雇い主はもうおらんわけじゃが、どうするな?」
「うへえ……。躊躇いなしかよ……」
平然と問うジル。
イヴリスも驚いた様子ではない。肩を竦めると、下馬。ジルの前に進み出る。
「こっちも商売なんでね。これで尻尾を巻いて逃げましたってのはね。どうだいファルネーゼ様よう、俺と一騎打ちってのは」
「ほう。何を望む?」
武器を手にしたまま進み出るイヴリス。
当然のように応えるジル。
「俺が勝ったら、この二千の傭兵、雇ってくれよ」
ジルの顔が綻ぶ。
「負けたらどうするんじゃ?」
「好きにしてくれ。抵抗はしない」
「勝っても負けても雇え、と言っているにように聞こえるのじゃがの」
楽しそうに話す二人。
どうかしてる。
「これから大戦があるんだろ? 俺達にとっちゃ稼ぎ時だからな」
「焦らずとも、世は乱れるというに。せっかちな奴じゃ」
「生き急いでいる上に、死に急いでもいるもんでね」
ジルは心底楽しそうに笑い声を上げる。
「良かろう」
「御屋形様! それは……」
「ネフィウス、黙っておれ。ヘクトルもじゃ。心配せずともワシはやらん。この有様では相手にならんだろうよ。どうじゃ、シュウよ。地の門を潜る前にお主の剣技、見せてはくれんかのう?」
剣技と来たか。
「おいおい、そいつはそんなに強いのか? カモに刀を抜かせるほどか?」
スヴェンがヤジを飛ばす。
つまりはそういうことだ。
「良いでしょう。最初から刀を抜いてお相手しよう」
「カモよ、その刀で斬るのはいつ以来だ?」
「ついこの間斬ったぞ」
「集団戦でもあったのか?」
それもあったな。
「いや。一対一だ」
「何者だ?」
「そこに転がってる首の弟だ」
そうか。
アレクのやつ、これでチェゼーナ侯爵家の跡取りというわけか。
「カモ殿に抜かせるとは。して、その御仁は生きておられるのですか?」
スヴェンだけでなく、ウラまで。
闘ってみたいのだろうな。
やれやれだ。
「それはまた、後ほど。まずはイヴリス殿のお相手を致そう」
下馬。
ヴェインダルシュの鼻息が荒い。
「殺さぬぞ……」
嘶き。
不満か?
ジルの横へ進み出る。
「お待たせした、イヴリス殿。大鴉がファルネーゼの守り刀、シュウジロウ・カモ。こちらはこの刀で。そちらはお好きな武器を」
「へえ。いくつでも良いのかい?」
「ご随意に」
「随分な自信だな? そんじゃ、お言葉に甘えて」
右手に矛、左手に短剣、腰に長剣。
間合いの違う三種の武器。
考えたようだが、あまり意味はない。
両陣営の中間に移動し、向かい合う。
振り向けば、姫様とイズナ。
跪き、首を垂れる。
「抜くんだってね?」
「ああ」
「余計なもんを斬るんじゃないよ」
「ああ」
立ち上がる。
「姫様もご覧に?」
「中々見れるものではない、とイズナより聞きました。父の我が儘を聞いて下さったのですね」
「大したものではございません。なるべく早く終わらせますゆえ」
「なるべく長く、間違いだろう?」
「そこまで舐められると、流石に頭にくるな。どいつもこいつも、そいつが必ず勝つってか?」
イヴリスが吠える。
「そうだな、二手」
スヴェン。
「剣技をお見せ下さるというのですから、五手はもってもらわないと」
ウラ。
「そうですよねー。本気でやったら一手で終わりですから」
イチムラ。
「武器は三種あるのです。やり取りすれば六手」
ネフィウス。
「よし、十手以上ならイヴリス殿には報奨金を出すぞい。少しでもシュウの剣技を引き出してもらおうかの」
ジル。
馬鹿ばっかりだ。
「すまない、イヴリス殿。やり辛いだろうが、始めても良いだろうか?」
「おう、とっと闘ろうじゃねえか! 守り刀さんよ、本気で行かせてもらうぜ!」
イヴリスが構える。
右前。矛の切っ先は地面に近い。
草の踏みつぶされた部分が黒い。
左は後ろ手。短剣が見えない。
イヴリスを正面に自然体。
鯉口を切り、刀を抜く。
左手は鞘。
左足を引く。右半身。
軽く右腕を突き出し、切っ先は下。
「いつでも」
言葉と同時にイヴリスの左肩が跳ねる。
短剣を投擲。
勢いのまま踏込。矛の切っ先が伸びる。
ふむ。
刀の腹を飛んで来た短剣の腹へ。内側から添える。
右へ跳躍。短剣を回り込みながら、刃を横向きに。
後ろへ逸らせば誰かに当たる。カチ上げる。
体の正面から矛の柄が迫る。矛には小さな鎌のような刃が着いている。突くよりも、引っ掛けるための返し。
遅い。今振っても刀は届かない。
着地。
刀を下から振り上げる。
受けない。
振り切る。
柄を切断した勢いのまま、反転。
左前。
切っ先をイヴリスへ向ける。
イヴリスは柄だけになった矛を捨て、長剣を抜く。
互いに後ろへ。
左足を引き、右前。
イヴリスが落ちて来た短剣を払う。
これで双方合わせて五手。
仕切り直し。
悪くはないが、遅い。
合わせるのが面倒だ。
「イヴリス殿。すまんが後一手で終わりと致す。受けきれば貴殿の勝ち」
納刀。
「んだと!」
「構えよ。踏み込んで抜き打つ」
「あちゃぁ……。これで終わりです」
イチムラの呟き。
イチムラほど酔狂ではないつもりだが。
「その剣、しかと持っておけよ」
鯉口を切る。右手を柄に添える。
腰を落としざま、前へ。
一歩で間合いを詰める。
右足が地を踏む。抜き打つ。
鞘走った刃は長剣の刃に当たり、そのまま吸い込まれる。
抵抗はなし。
するりと長剣を抜ける。
追い足で引き付けた左足を後ろへ。
右足を軸に回転。
無理矢理刀を返し、胸元へ引き寄せる。
反転。
引き寄せる刀の棟が、イヴリスの首筋を撫でる。
左足で地を蹴り跳躍。
着地。納刀。
イヴリスは動かない。
殺してはいないはずなのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます