第23話 フラウデルテバ

 天井の様子が洞窟から扇形の石組へ。

 船は井戸のような縦穴の空間に飛び込むと停止。

 背後で落とし戸が閉まる。

 頭上に光。

 水嵩が増し、船は上へ持ち上げられていく。

 揺れる。上下左右、立っていられぬほどに揺れる。

 船員は慣れた様子で縄に掴まっている。

「これは……凄いな」

「カモ様、もうフラウデルテバの中でございますよ」

 サラームが涼しい顔で口にする。

「フラウデルテバの中を通っているのか……」

「この水路の水源は、カモ様がよくご存じの湖ですよ」

 なんと。

「しかし、流れるほど高低差があるのか?」

「ありません。そこはほら……お察しくださいませ」

 なるほど、仕掛けがあるというわけか。

 平らな天井が近づき、上昇が止まる。

 滝のような音。どこかに水が溢れ出している。

 揺れが収まる頃には、船縁をアデルフリード騎士団と街の男衆に囲まれていた。

「老!」

「お早いお帰りで何より! 大鴉殿!」

 朗々と歌い上げるような声。

「この水路のことをご存じでしたか!」

「勿論じゃ! フラウデルテバのことは隅から隅まで知っておりますぞ!」

 不敵な笑み。

 狭い階段を上がり、船首の甲板から下船。

 足元の固さに戸惑う。

 ふらつく姫様をイズナが支えている。

「大鴉殿、済まんの。このことは迂闊には漏らせんのじゃ。なんせ、ここは我々がパルティアの民から、間借りしているようなもんですからのう」

「とういのは?」

 騎士団に先導されて、通路を歩く。

 地表は何層か上。窓から見えるのは、アデル渓谷を流れるテバ大河。

 すっかり日も登っている。

「我らのほうが後から来たということ。五百年前、既にフラウデルテバはここにあったのじゃ。ウルゴー側の砦は、我らが祖先の築いたものじゃがの」

 それが、あの砦に騎士団が詰めているというわけか。

 未だにフラウデルテバを実質的に管理しているのは、パルティアの民。

「西の領堺の様子は、何か聞いていますか?」

 シェザート老の表情が引き締まる。

「一戦交えたようですな。重騎馬隊を前面に、中央の突撃。戦を知らん連中ですな。まあ、それを北の巨人が、横合いから薙ぎ倒したというのですから、どっちもどっちでがの」

 最後のほうは呆れ顔だ。

「ジルは?」

「本陣におりますわい。ネフィウスもおりますからの。無理はさせんと思いますぞ」

 ネフィウスも参戦していたか。

 それは好材料。

 だからといって安心はできん。

「老。急ぎ参陣したく思います」

「そうですの。そうしてやってくだされ」

「それから、老。この国との約定は失われました。戦になります。パルティアの民が予想するに、ウルゴーを越えてくるまでに十日ほどだろうと」

 老の身体から軋むような気。

「クックックッ……。それは何とも楽しげな。この大戦おおいくさ、一番槍は譲れませんのう」

 階段を三層、登る。

 東側の城郭。

 外へ。日差しに目が眩む。

 サラームに預けた馬と馬車。

 有難い。

「イズナ。本体を西へ。一気に片をつける」

「あいよ。他は?」

「我らは一度館に立ち寄り、参陣する。そうだな、イチムラに二百ほど率いさせて館へ。残りはここへ。それから……」

「敵戦力を把握。陽動と撹乱の仕込。兵站は潰す?」

「ノスキーラを越えたい」

「二百騎で?」

 頷きを返す。

「兵站は残しておけ。やっても遅延程度。現地調達されたくない。それにな……」

「来てもらわなきゃ困る、って言うんでしょ?」

 これにも頷く。

「姫様」

「はい」

「ご出陣願えますでしょうか?」

「必要なのですね?」

「はい」

「ならば、連れて行って下さい、戦場へ」

 姫様は大きく息を吸う。

「この年増の姫が陣に在ることで、この戦勝てるというならば、存分に引き回しなされ、我が守り刀よ」

「はっ!」

 跪く。

 ざわり、と鎮る。振り向けば、跪くモノたち。

 老を筆頭に騎士団。ハレム、サラームとパルティアの民。フラウデルテバの民。

 立ち上がる。

「姫様のご出陣、伝え広めよっ! いざ、参るっ!」

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