第22話 パルティア

 船の揺れが徐々に収まる。天井の流れていく速度も落ちる。

「この先でサラームと合流します。少し休憩致しますか?」

「そちらが休まずともよいなら、フラウデルテバまで急ぎたい。皆はそれまで、このまま寝かせておけばよい」

 姫様を含め、イズナとその下僕以外は、座ったまま寝入っている。

「ではそのように」

 ゆっくりと減速した船は、思いの外静かに停止した。

 船員の男たちが飛び降りる。水の音はしない。

 天井の様子から、周囲がかなり明るいことはわかる。

 船体に何かが擦れる音。金属……鎖だろうか。

「カモ様! ご無事でしたか!」

 船縁を見上げれば、サラーム。

「サラーム、皆眠っている。声を落としてくれ」

「ああ、これは失礼を」

「ムハレ、上に行っても構わないか?」

 船首甲板に上がれば、当然周りの様子が見える。

 往路は船室に閉じ込められたくらいだ。見せたくはないだろう。

「そうですね。カモ様には見て頂いたほうが良いかも知れません。宜しければイズナ様たちもどうぞ」

「私だけにしておこう。イズナも余計な秘密を抱えたくはないだろう」

「アタシゃ姫様のお側にいるよ」

「ああ、頼む」

 ムハレと共に細い階段を上り、船首にある狭い甲板へ。

 船の両舷に桟橋。隙間はごく僅か。綺麗にはまり込んでいる。

 見事。

 船首の下で何か作業しているようだが、見えない。

 両岸の壁には松明。洞窟のようだ。

 桟橋に立つサラームと向かい合う。

「王都行では世話になった。船で送ってもらわねば、王都入りとて難儀したことだろう。礼を言う」

「お役に立てて光栄です。出立なさってから王都の情報が入りまして。肝を冷やしましたよ」

 サラームの後ろには石段。洞窟が続く。

「ここは……とは訊かんが、パルティアの民とは恐ろしいものよ」

「それにしても、こちらからお戻りとは。驚きました。あちらはまあ、あの街の人間なら皆知っています。ですが、この航路は特別なのです。パルティアの民でも、ごく一部にしか明かされないのです」

「そうなのか……ムハレよ、やはり無理をしたのではないか?」

「王宮で起こったことに比べれば、大したことではございません。サラーム、この国の約定が失われました」

「なんとっ! それでは……」

「父に繋ぎを。ありったけの兵力をフラウデルテバへ集める必要があるでしょう」

 まさか早速仕掛けるというのか。

「明日には王宮から勅が出るでしょうな。エピオーネに集まって、ウルゴーを越えるまでに、そうですな、十日というところでしょうか」

「それは、向こうから攻めてくるという話か?」

「そうなりましょう」

 ムハレが即答する。

「チェゼーナ侯爵は王宮を巻き込んで、戦を大きくするしかないのです」

「今頃、大鴉が攻めてくると騒ぎ立てておるでしょうな」

 急ぐ理由が増えたな。

 イズナの下僕はフラウデルテバまで使えない。

「カモ様。パルティアの民は既に青き大鴉が旗下にございます。それがムハレの判断。この水路も含め、如何様にもお使いくださいませ。そういうことなのですよね、ムハレ?」

「戦となれば当然。それも歴史に残る大戦になりましょうな」

「パルティア以外にも呼び掛ける必要がございましょう。後の話は船の中で」

「サラームも行くのか?」

「ムハレにはムハレの、私には私の役目がございます」

「あの町のことはよいのか?」

「水を張って、避難させます。ご心配には及びません」

 サラームが乗船し、再び船が動き出した。

 その振動で姫様が目を覚ます。

「ああ、サラームでしたね。此度のこと、礼を申します」

「姫様、既に守り刀様から十分にお言葉を頂戴しております。我らパルティアの民、姫様のお役に立てること、何より光栄にございます」

「皆、守ってくださるのは嬉しいのですが、よくわかっていないのです。姫のこと。大鴉のこと。ですから、礼は礼として言わせてくださいね」

「勿体ない」

 もう少しやらせておきたいところだが、そうも言っていられない。

「サラーム、ムハレ。フラウデルテバから先、お主たちはどうする?」

「我が父ザリと繋を取ります。パルティアの民は各地に散っておりますので、招集をかけねばなりません」

「私はその受け入れ準備ですね。ウルゴーの砦を目覚めさせます」

「砦?」

「はい。今は眠っておりますが、戦には間に合うでしょう」

 眠っている砦?

 パルティアは国を持たぬ民。それは持ちたくて持たぬのではなく、持つ必要がないということか。

 この国だけではなく、各地に秘密があるのだろう。

「その砦、どのようなものか知っておく必要はあるか?」

「そうですね。説明するよりもご覧頂いたほうが早いでしょう。戦が始まる前にでもご案内致しましょう」

「それは……布陣されてからでも、砦に行けるということか?」

「はい」

 水路か、それに似たような隠れた手段があるということか。

「砦のことは西を片づけてからとするか。西の様子は何か聞いているか?」

「昨日、一戦あり、スカルディア勢が蹴散らしたと。詳しいことはわかりません」

 動いたか。

 ジルが無理をしていなければ良いが。

 それにアレクだ。大人しくしていような。

 シェザート老には詳しい状況が伝わっているだろう。

 気ばかりが逸る。

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