第17話 王都南大路

 単騎、先行する。

 ジャンペールを先頭にした隊列を背負う。

 並足。

 薙刀を右手へ。構えは水平。

 十尋の大路、中央。

 槍を構えた歩兵の列へ向けて、ゆっくりと馬を進める。

 歩兵は二列。及び腰。

「道を開けぬとあらば、覚悟を決めよ」

 光沢のある黒に白縁のチュニック。エスカッシャンは白地。横向きに立つ黄金獅子の紋。王宮の兵。

 鮮やかな山吹のチュニック。エスカッシャンは黒地。紋は乙女の横顔。豊穣の女神アステア。チェゼーナ侯爵の兵。

 入り乱れた隊列。

「掛かれっ! 包み込んでしまえば、こちらの勝ちぞ!」

 騎士が後ろから煽るが、誰一人として動かない。

 いや、動けない。

 たかだか九騎相手の、小競り合いともいえない戦闘。

 とはいえ、誰かしら怪我をするか、下手をすれば命を落とす。

 機動力を活かしていない騎馬は、槍に囲まれれば恰好の的。

 だというのに、動かない。

 翻る旗はコルヴォブルグランデ。

 動けない。

 突き出された穂先まで五完歩。

「罷り通るっ!」

 変わらず並足。

 薙刀の切っ先と視線をゆっくりと右から左へ。歩兵の隊列に突きつける。

 届くわけもない間合い。左から右へ、薙ぐ。

 悲鳴が上がり、歩兵の列が左右外側から崩れ落ちていく。

 黒い影が二つ、血しぶきの中を舞う。

「うわぁああ!」

「大鴉の眷属だぁああ!」

「あ、悪魔を呼んだぞ!」

 隊列が崩れる。中央が開く。

「下がりおろうっ!」

 変わらず並足。

 乗り入れる。

 我先に歩兵が逃げ散る。

「き、貴様らぁああ、退くなっ! 戻れっ! 戻らんかぁあああ!」

 後方で喚く騎士たちに歩兵が従うはずもない。

「大鴉に刃向かったら呪われるぞ!」

「逃げなきゃ死んじまう!」

 建国以来、攻められたことのない王都。

 五百年以上平和なこの王都に、まともな兵などいる由もない。

 逃げ惑う歩兵。

 血だまりの間を進む。

 正面に居並ぶ騎馬は二十騎。

「青き大鴉が守り刀、シュウジロウ・カモ! 臨むとあらば名乗られよ! 受けて立つ!」

 立ち止ることなく、進む。

 騎馬の列が乱れる。

「どうした! 我の長刀はまだ血を吸っておらぬぞ!」

 薙刀を水平に。そして正面に突きつける。

「臨まぬならば、道を開け、火竜と大鴉の旗に続け! 王宮までの随行を許す!」

 黒いチュニックの騎馬列が割れる。

 山吹の騎馬が残る。六騎。

「臨みもせず、道を開けもせず。大鴉が道を侮辱するか、チェゼーナの騎士よ」

「と、通すわけにはいかん! 青き大鴉などと戯けたことを! 物語の騎士を気取った輩ごとき――」

 騎馬列の後ろから声を張り上げていた騎士が、どしゃり、と落馬する。喉を押さえ、血泡を噴きながらのた打つ。

「侮辱の報いは不名誉な死ぞ! 名乗り臨むか、道を開けるか二つに一つ!」

 騎馬列は目の前。

 変わらず並足で進む。

 薙刀の刃先が間合いに入る。

 騎馬列が割れた。

 王宮を望む。まだ二十街区は先。

 騎馬列とすれ違う。

「紅い火竜と青き大鴉! 罷り通る!」

 大路の中央。大音声に宣する。

 後ろに続くにせよ、この場に留まるにせよ、この騎士たちは馬車を襲うことは出来ない。

 騎士とは名誉で生きる者。

 姿は見えずとも、人の耳目があるだろう大路の真ん中で宣言されたのだ。

 ここから襲えば、卑怯者の誹りを受けるは明白。

 ちらりと振り返れば、王宮の騎兵が馬車の後方で隊列を組み、続いている。

「誰ぞ! 先触れを!」

 黒いチュニックが二騎、駆け出す。

 アデルフリード侯爵家を先頭に、王宮騎士十四騎、チェゼーナ侯爵家騎士五騎。そこに南門から追いついて来た王宮歩兵三十が続く。

 いつの間にか、大路の両側には人が溢れ、膨れ上がった隊列の行進を見守る。

「コルヴォブルグランデ! ドラコフゥオーコロッソ!」

「コルヴォブルグランデ! ドラコフゥオーコロッソ!」

「コルヴォブルグランデ! ドラコフゥオーコロッソ!」

 やがて観衆は行進に加わり、その叫びは唱和となって大路を埋め尽くした。

 遅れて王宮から駆け付けた騎士も、この状況に戸惑い、行進の列を延ばす。

 凱旋行軍宛らに、王宮へ近づく。

 先触れによって慌てた王宮から更なる騎馬が走り出るが、南から迫る一団を見て、脇へ退く。

 大路の両脇へ、まるで出迎えるように騎馬が並んだ。

「コルヴォブルグランデ! ドラコフゥオーコロッソ!」

「コルヴォブルグランデ! ドラコフゥオーコロッソ!」

「コルヴォブルグランデ! ドラコフゥオーコロッソ!」

 民衆の叫びが上り詰め、熱を放つ。

 たった九騎。

 王都の兵と民衆を従え、王宮前に紅い火竜と青き大鴉の旗が翻った。

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