霞んだ宝石《おもいで》の終いかた
@kt32
プロローグ
「言わなきゃわかんないのかよ」
「え……」
「そんなの、大ファンだからに決まってんだろ!」
※ ※ ※
「えっ……?」
「あら、今日はやけに早いじゃない。いつもは遅れてくるのに」
いつもより早く来たのは、並々ならぬ事情があったからとか、そんな腹黒さを
目の前にいるはずの人物がいないことに、詩羽は戸惑いを隠せずにいた。
「どうして町田さんがここに……」
けれど、控室にいたのは、ブラックダイヤモンドの原石を磨きあげた元担当編集者にして、ほんの少しだけ詩羽から離れしまった
「いやぁ~、それがね。大変言いづらいんけど、今日はTAKI君、お休みなのよ」
「お休みってこんな大事なイベントの日にですか?」
本来なら詩羽の側にいなければならない『恋するメトロノーム』の売上の立役者にして、現担当編集者の姿はそこにはなく……。
もしかして体調を崩したのではないかと、珍しく不安になってしまった詩羽を気にも留めず、町田はその誰かさんがいない真実を口にする。
「TAKI君の方から、どうしてもお休みくださいって言いに来たのよ」
「そんな言い訳にもならない理由で、やすやすと明け渡したわけね。上司としてどうかと思うのだけれど」
「これでも大事なイベント開催日に休まれては困るって言ったのよ。でもね、あれだけ力説されちゃ、折れずにはいれなないというか……」
「随分舐められたものね」
いつもは詩羽の方が倫也をからかっているのに、今日はなんだか倫也に意趣返しされているような気分だった。
だから、いつもより増して……いや、いつも通り落ち着かずガタガタと貧乏揺すりをする詩羽は、ただただそのイライラのはけ口を探していた。
とはいえ、担当作家のサイン会があるにも関わらず、編集者としての仕事を放棄し、その類まれなる情熱で相手を呆れさせ……説得させて勝ち取った休みをどう使おうが、メイン(ヒロイン)である詩羽が欠席できるはずもなく……。
「初心を思い出してくるれるいい機会にもなりそうだし、無事に一巻が刊行されることとなったから、羽を伸ばしてもらおうと思って。それに今日は、TAKI君にとっても大事な日みたいよ」
「へぇ~、初心を思い出して仕事をブッチして、私の作品よりも他の女にかまけて、アルバイトのくせに上司を向かわせるなんて……頭おかしいんじゃないの、あのオタクは」
クリエイターの闇が深くなるというよりも、人としての
「だ、だから私がここにいるのよ、詩ちゃん。不死川のこれからを担う大事な作家のイベントだから上席が立ち会うのも当然じゃない?」
「今回は町田さんと作り上げたわけじゃないもの、私が書いて倫也君が編集した作品なんだもの」
最終的に決定権を持っているのは町田でも、実際にアドバイスやダメ出ししたり、モチベーションを維持させてくれたり、しきりに進捗状況を催促してくる編集者としての役割を担っていたのは、今この場にいない霞詩子の熱狂的なファンであり、ハンドルネームがTAKIこと
「あら、やっぱりTAKI君が側にいて欲しかった?」
「……私一人の作品じゃないから」
ここにいない人のことをとやかく言っても仕方なく、それでも彼の話になっているのは、ここにいる誰かさんへの影響力が大きかったから。
だから、今現在、隣にいるのが町田であることに納得いかなった。
そして、ここにいないもう一人の人物の行方も気になってしまうぐらい、気が気じゃなかったから。
「そういえば、
「
「遊園地?」
「ほら、最近話題になっている甘○ブリ○アント○―クだったかしら? 知り合いのいる
「じゃあ、嵯峨野さんは……」
「なに安心しきった顔してるのよ」
詩羽はほっと胸を撫で下ろすけれど、それでも本来なら倫也と二人きりになれたと思うと、またすぐに気落ちしてしまって……。
その矢先、町田はしたり顔で言い加える。
「そういえば、偶然にも今日お休みを取ってる人がいたわねぇ~」
ビクっと詩羽は身体で反応してしまう。
まさにそんな嫌な想像をしていたところに追い打ちをかけられては、不安が募るどころではなくなってしまって……。
「もしかしたら、二人してデートかもね」
「…………っ」
そう、一緒に作品を作り上げたのが詩羽と倫也だけならよかった。
でも、新作の挿絵に
彼女は、本作にて原作と双璧をなすほどの役割を担っている。
奇しくも、その容姿はまるで真唯そっくりで……、詩羽とは対照的な性格をしていて……。
「そんなの倫理君に限ってありはしないわ」
「でも、あの二人息ぴったりよね~。しかも彼女、誰かさんとは違って素直で可愛いじゃない? 案外ころっと目移りしちゃったりしてぇ~……。いつまでも誘い受けだと取られちゃうわよ」
「二人して抜け駆けなんていい度胸してるわね…………」
『恋するメトローム』最終回では一巻から登場していたではなく、二巻から登場した
そんな倫也と真由がいないことに対して、『駆け落ち』とは言い張らない詩羽には、
――またなんだ……
また、選んではくれないんだ……。
ファンなんて、たった一人でいいのに……。
それなのに、あの人を夢中にさせられなかった作品なんて……。
結局、私の編集を務めていることも、
ファンの延長線上でしかなかったのかしら……。
だから、ふと思い出しってしまった。
あの時のことを……。
あの冬の日の、まだ彼と彼女が〝ファン〟と〝神様〟だった時のことを……。
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