第149話 いのちがけ

「あははははは〜っ」

「いひひひひ〜っ」

「げへへへへ〜っ」


 変な話だがどうにも品性の無い残念な洗脳のされ方だ。

 リンカ、メル、グライドを先頭にバルセイムの兵士達も一斉にシュベルトのミラーボールへと引き寄せられる様にふらふらと歩を進める。と言うか魔法耐性のある筈のメルまでが見事に幻影魔法の虜となっている。そう言えば召喚された城型モンスターの術にも簡単に引っ掛っていたよな……


「お兄さま、敵になる前に直ちに排除します」


 いやいい感じに敬礼してもダメだろ、アリサっ!

 ちょっとは仲間を助ける努力をして欲しい……

 猫のように若干の舌舐めずりをしてロックオン状態のアリサを慌てて止める。


「いや待てよ、恐らく問題はあの光のパターンが何らかの精神干渉を引き起こしてる点だ、あの洗脳の光を何とかすれば……」


 それに対抗する強烈な何か、例えば強烈な光の存在をあの光にぶつければなにかが起こるかもしれない。


 ええ〜〜と


 周囲を見回すと確かに虹色の光を放つ物体はあるにはあるが、使えるのかアレ?


「迷っている暇は無いな」


 俺は、引っ込めていた使い魔マシュを呼び出した。


「ご主人様、ようやく我の出番が回って来たようですね。ご命令とあればこの黒き炎を纏し右腕が目の前の反逆者どもを消し炭に変えて見せましょうぞ」


 色々と残念な方向に歩みつつある俺の使い魔。


 てかお前も味方を助ける優しい気持ちを持てよ!

 そもそもマシュに攻撃力は、無いだろっ!


「そうじゃなくて散々蓄えていた魔力をアリサに分けてやってくれ、あと寝転がっているホサマンネンさんに今から言う事を伝えて来て欲しいんだ」


「えっ、魔力の供給はともかく、あの脳天崩壊マンに何かを伝えるなんて口が、腐りませんか?」


 ホサマンネンさんえらい言われ様だな!


「あの人にそんなスキルねえから、さっさと頼むよ。ここは俺が、食い止めるからさ」


 渋々頷くマシュに耳打ちした後、俺は、仲間達の元へと猛ダッシュした。


「お兄ちゃんっ!!」


「分かってる、何とかする!」


 心配そうな顔のヒナへと親指を立てて突き出す。


「フッフッフ、仲間に対して攻撃など貴様ら人間に出来る筈もない。結局手詰まりで……」


 だが次の瞬間ニヤついていた顔のシュベルトは、驚愕に言葉を詰まらせ目を見開く。


 仲間に向かって駆け出した俺が、本気の峰打ちを叩きつけたからに違いない。片刃である俺の剣だからこそ出来ることだ。


「な、なんだ……と!? 貴様っ、大切な自分の仲間を!」


 まるで俺の方が、悪者みたいに言うのはやめて欲しい。

 と言うかアンタ散々部下を使い捨てて来ただろう。


「ふう、片付いたな、さあて後はバルセイムの兵士達だけだな」


 どうやらマシュは、ホサマンネンさんを何度も張り倒し叩き起こしたようで彼の頬は、たんまりと餌を蓄えたリスの様に腫れ上がっていた。


「タ……ケル殿……おはよう……ございま……ふ……」


 ヘロヘロのホサマンネンさん、だがようやくアサマンネンさんへと覚醒した。


 そして狙い通り未だ虹色に輝いているその体は、シュベルトの創り出した幻惑の光に似ている。


「おお、あれは!?」

「うおおおおおおっ!」


 餌に飢えた魚のように群がり来る兵士達からどよめきが巻き起こる。釣りには撒き餌が、効果的なんですよ。


「さあ来い、お前達!」


 ドッシリと身構え両手を広げるホサマンネンさん。いつまで時間を稼いでくれるのかは分からないがこれだけで十分だった。


「アリサっ!」


 既に魔力を充填し終わったアリサは、新たな召喚獣を呼び出していた。神々しい七色の光を放つそれは脂ギッシュな紛い物(ホサマンネンさん)とは、天と地の差がある。


 液体の様に柔軟な体をゆらゆらと変化させるその姿は、少し前まで敵として戦ったテラテラだった。


「お兄様、光のパターンは、解析した。直ぐに無効化する」


「頼んだ! アリサ!」


 さすが俺の見込んだ壊れキャラだ。


 シュベルトのミラーボールに似た球体へと重ねられる召喚獣テラテラの光のパターンは、その効果を次々に打ち消していく。


 甲高い音を立てて弾け散るシュベルトの球体。


「ここだあーっ!」


 全力で踏み込んだ俺は、一直線にシュベルトへ向かい剣の切先を突き立てた。


 胸を貫き背中へと抜ける刀身にゆっくりと鮮血が滴り、やがて激しく噴き出した。


 だが噴き出したのはシュベルトの血だけでは無かった。脇腹に火傷にも似た強烈な痛みを感じる。シュベルトもまた手にした剣で俺の脇腹を差し貫いていたのだ。


「かはっ!」


 右手の剣に込めた力が、抜けていくのを感じながら急いで距離を取らなければヤバいと思った。

 なぜならシュベルトは、俺に胸を貫かれながらも笑みを浮かべていたからだ。


 シュベルトを蹴離そうと絞り出した力を足に込めるが実際に吹き飛んだのは俺の方だった。


「さぞかし苦しいのだろうな。人間風情が」


 魔族の元々の生命力は、人のそれとは比べ物にならない。シュベルトの胸を貫いた傷さえ致命傷には至らなかったようだ。


 奴の剣だと思えた物は、どうやら笛を形状変化させた魔法剣で先端が、細く尖っていた。そのおかげか傷口は広くないのだが流れ出る血は、止まる気配を見せなかった。


 改めてこれが命のやり取りだという事を痛感させられてしまった。


「タケルっ!」


 意識を取り戻したメル達が、駆け寄り心配そうな目を向ける。ちょっぴり心が痛むのだが……


「ごめん、シュベルトの奴にやられたみたいで気を失ってたんだよ。まだ首筋がズキズキするぅ」


 それ俺のせいだ。


「ああ、私も油断していた。背後から攻撃するなど想像以上の卑怯な奴だ」


 俺な、その卑怯者。


「チッ、僕なんて後頭部を強打されたようだ。主戦力を確実に殺しに来ているとしか思えないぜ」


 主戦力では無いが俺のせいだ。主戦力では無いが。


 痛む傷口にヒナが、治癒魔法を掛けてくれているがその不安げな顔は青ざめていた。


「お兄ちゃん、大丈夫っ!?」


 大丈夫じゃないが俺は、こう答える。


「大丈夫に決まってるさ、ヒナのおかげで傷も塞がったしな」


 だが治癒魔法でも失われた血は、元には戻らない。フラつきそうな体を踏ん張り妹の前で平静を装う。


「そろそろ終わりにしょうじゃないか」


 シュベルトは、笛を変形させたレイピアを振りかざし一瞬で俺達との距離を詰める。不意をつかれた形だがリンカが、いち早く反応して剣で受け流した。


 実際には魔法頼みだと思っていたシュベルトの剣技は想像以上に鋭く、リンカとも対等に剣を打ち合っている。しかしなぜここで剣を持ち出したのかが疑問だが奴の胸の傷が既に塞がっているところを見ると未だ魔力を治癒に回している訳では無いようだ。


 なら、何故……膨れ上がる違和感。

 終わりにすると言ったシュベルトの真意は?

 入れ代わる激しい剣での攻防。もしリンカとの決着を狙っているなら彼女を圧倒する程の剣の勢いは感じられない。


 ー 何かを見落としている ー


 リンカの剣を弾いたシュベルトは、その場から後退し大きく距離を取った。


「準備は整った」


 誰に言う訳でもなくそう呟いたシュベルトは、深く深く息を吸い込んだ。


「しまっ……」

 やはり奴は、時間稼ぎをしていたのだ。背後、天井付近に沿って伸びた一本の細く長い魔力線が角度を変えその答えを示す。光る多重円に描かれた音符のような模様。


「ま、魔法陣っ!? でもいくら何でもアレは大きすぎるわ!」


 先程までシュベルトと剣を交わし紅潮していたリンカの顔が、今は青ざめている。



 ーー 魔笛! ーー



 誰もが驚きに静まり返った王の間にただひとりシュベルトの声だけが不気味に響いた……





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