第123話 満たされない亡霊
「ふっ、確かに私はザナックスの弟だが剣の腕は奴を遥かにしのいでいる。もし勇者殿が望むのであれば今ここでお見せできるのだが……」
ボーレーンは、俺を見据えて挑発的な笑みを浮かべた。
「やめておきましょう、ボーレーンさん。恐らくあなたが解放されたのは偶然じゃなく、今度の魔族との決闘の戦力としてでしょう。それなら俺は、敵側じゃありませんよ」
「ふふふっ、勇者殿は恐れているのかな、私が現隊長であるあなたより強いという可能性を!」
「煽っても無駄ですよ。俺は自分がそんなに強いと思ってませんし、バトルマニアでもないですから」
反応が気に入らないのか、不満そうな顔をして俺の仲間を見回すボーレーン。だが何かに思い当たったのだろう腰につけた皮袋から一本のフォークを取り出した。
「タケルっ、あ、あのフォークは、もしかして!?」
メルが、眉をひそめながら声をあげた。まさかフォークを投げて攻撃する訳でもないだろう。マイフォークを取り出した理由が何かあるのだろうか?
「もしかして……って、何かわかったのかメル!」
「うん、あたしのお腹が反応してるんだよ!」
思わせぶりな声を出しておきながら何のことはない、お腹がすいたんだな……。そう言えばもう陽が高い、そろそろお昼だろうか?
「ボーレーンさん、一緒に食事でもいかがですか?」
俺は、フォークを握りしめたままの騎士へと投げかける。
「ふっ、笑止。私はそこの無駄筋肉を血祭りにあげる予定だ。このフォーク一本でな!」
見え透いた揺動、ボーレーンは、ホサマンネンさんをダシに俺を挑発しようとしているのだろう。
クラッカルに止められたとはいえ俺から仕掛ければ戦闘の言い訳は立つと考えているようだ。
「な、なんだと、無駄筋肉だと! いくらザナックス隊長の弟君でもタケル隊長を愚弄するなど許せんぞーーっ!」
いや何度も言うけどアンタの事だから! ホサマンネンさん!!
「もう我慢ならん! この文武兼ね備えたブレインマッスル、ホサーーッマンネーーン! がお相手する」
ホサマンネンさんはまるでリングに上がったレスラーみたいな雄叫びをあげた。知力、体力をくっ付けたかったのだろう謎のブレインマッスルって言葉が切なく聞こえるのは俺だけだろうか……
「ははっ、自ら脳筋を名乗るとは益々愉快な奴だ。だが昼食前の運動にもならんだろうがな!」
「ヤバイぞタケルっ! 深刻な事態だ! 奴はお腹が減り過ぎてホサマンネンを食べるつもりだぞ!」
いや食べないからリンカ! ひもじい思いをしているボーレーンをかわいそうに思ってポケットからミカンを出さなくていいよ!
「遅いぞっ!」
ホサマンネンさんが背中に背負った大剣を引き抜く間に一瞬で距離を詰めるボーレーン。先程見せた魔力と身体能力は、ホサマンネンさんを遥かに上回っているだろう。
命までは取る気が無いとは言えホサマンネンさんが無事だとは思えない。
だけど……
ボーレーンは、手にしたフォークをまるで撃ち放った矢のように真っ直ぐホサマンネンさんに向ける。残像は、光となり光沢のある筋肉質の肌にめり込んでいった。
「ああっ! 筋肉ダンゴが昼食に……」
メルの言葉は思いやりのカケラもなかった。
その瞬間何かが弾き飛ばされ、城の壁を破壊した。
「タケルっ! アイツの弁償だ!」
いや、いまそこじゃ無いだろ、リンカ!
予想通りホサマンネンさんを弾き飛ばしたボーレーンは、城の中庭に立ちすくんでいた。
その状況にも関わらず俺は口元を緩めた。
決して剣技や魔力に秀でた才能があるわけでは無い一兵士であるホサマンネンさん。
しかしその承認欲求だけは本物だ!
褒めて無いなコレ……しかし
「甘く見るな! ボーレーンっ!」
ボーレーンへの俺の言葉は、届いているのかどうか、彼は手元を見つめて驚いている。
「バ、バカな! エルフの街で造らせた特注のフォークが……」
ボーレーンの手にしたフォークは、もはや原型を留めていない程グシャグシャに曲がっていた。頭部にもその反動を受けたのだろうかフォークを持つ手を震わせ別の手で額をおさえている。
「高かったのに!」
そこかよ! おいっ!
「ぐっはぁ!」
トドのような鳴き声がとどろいた後、ガラガラと音を立てて城壁の瓦礫からひとりの男が立ち上がった。テラテラと躍動する筋肉をぶらつかせたホサマンネンさんが首をコキコキと鳴らせて再びボーレーンと向かい合わせになったのだ。
「いやあ、超ビビリましたな! 中々の手練れといいますか、すっかり油断してました」
高速詠唱による身体強化は、ホサマンネンさんに恐ろしいまでの頑丈さを与えてしまったようだ。
ふふっと笑みを浮かべたホサマンネンさんは親指で鼻を軽くぬぐい、カッと目を見開いた。
「だが倍増する筋肉強化、倍筋を貫くには及ばなかったようですな! 私もだてや酔狂で倍筋のブレインマッスルを名乗ってる訳ではないっ!」
カッコよく名乗りを上げたけど遂に自らモテる要素をぜんぶ捨てたよこの人!
「ホサマンネンは、バイキン……」
ボソッと言うのやめような、アリサ……
静観していたクラッカルだったがここらが潮時とみたのだろう、威圧感のある声で二人を制した。
「そこまでです! ボーレーン、あなたは、またあの場所にもどりたいのですか?」
ボーレーンの目に恐怖が浮かび、身体は自然と平伏の姿勢へと変わる。
「い、いえ、クラッカル様、私はもう、あの様な場所には……どうか、勝手な振る舞いお許し下さい」
深々と頭を下げるボーレーンの顔は、何かを思い出したかのようにこわばり、蒼ざめていた。
あの場所!?
彼は、以前監禁でもされていて余程、恐ろしい目にでもあったんだろうか?
「ど、どうかあのMAGURO漁船だけは、ご勘弁下さい」
もはや地面に頭を擦り付けるボーレーン。
だよなぁと思う俺だった……
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