第117話 いずれかの選択
魔王の部屋に繋がる廊下を進んでいると思いもよらない人物に遭遇することになった。思いもよらないと言うのは正直間違っているのかもしれない。その人は、この魔王城の近くの街であるカイザルに住んでいて以前、魔王の孫娘と夫婦だった事もあるのだ。
この世界でヒナを除けば最も近しい人である彼は、見慣れた笑顔でゆっくりと近づいて来て俺に話しかけた。
「よう、タケル! 帰ってこないと思ったら、なんだか面白そうな事を考えてるみたいだな」
「なっ! どうしてケインズがここにいるんだよ?」
「それはこっちのセリフだろ! 行き先も告げないまま、いなくなりゃ、探すだろうが!」
「ははっ、すいません……」
そう言えば行きががり上とは言えずっとバルセイムの城に滞在してたんだっけ……
「まあ、バルセイムでおおよその話は聞いてる。お節介なタケルらしい判断だな。だが話を聞かせてくれた筋肉まみれの男が、自分がついていないと心配でしょうがないと話していたぞ。確かアサデンネンとか言ってたかな」
もはや原型をとどめていないがホサマンネンさんだろうな。朝起こしに来るしな。
「ケインズ、俺にはやらなくちゃならない事が出来たんだ。だから……」
「ふふ、いいよ。お前が決めたならうるさい事は言わないよ。だが終わったらちゃんと帰って来るんだぞ」
「うん、わかったよ!」
ケインズは、あっさりと俺の勝手を許してくれた。もしかしたら魔王に会って今の状況を聞いているのかもしれない。
「おいケインズ! 一体いつになったら俺を紹介してくれるんだ」
柱の影から男の声がする。聞き覚えのないその声の主は、怒ったセリフに反するかのような笑顔と共に姿を現した。
「わわっ、お、お父さん!」
アリサが弾けたように驚きの声を漏らす。
"アレン・スペンサー"
アリサの父親であり多くの著書を持つ冒険家。そして俺とヒナのいた世界からやって来た異世界人でもある。燃えるような赤い貴族衣装に身を包んだその人は、金髪に碧眼で恐らく欧米出身だと思われた。アリサの髪の色が違っているのは母親の影響なのだろう。
「アリサっ! アレンさんなのかあの人」
「う、うん、タ、タブン、ソウデスネ」
タブンって、なんでカタコトなんだよ!
「おおおっ、君がアリサのボーイフレンドのタケル君か!?」
アレンさんは、俺に近付き親しげに握手をした。
ボーイフレンドって日本だと恋人感があるのだが向こうだと男友達程度の感覚なんだろうと思う。
「初めましてアレンさん、タケルです。アリサとは……」
「いやいや、言わなくてもわかっているよ。アリサから聞いてるよ。図書館に通ったり、アリサの演奏を聴いてくれたりエルフの森の温泉に旅行に行ったりしたそうじゃないか。ただ一緒にお風呂はチョット先走り過ぎかもしれないね。でもまあアリサが選んだ人ならね、ふふふふふふ……」
俺は、視線を移しアリサをジッと見つめる。視線を逸らすアリサ。
一体どんな伝え方をしたんだよ! 確かに嘘は無い、無いんだけど……
「アレンさん、俺どうしても聞きたい事があったんです」
「ご、ごほんっ、なんだねタケル君、まさかアリサの事かな?」
いきなり話題を変えた俺にアレンさんは、咳払いをして身構えた。
「いいえ、ちょっといいですか」
俺は出来るだけアレンさんに近付き声を潜めた。俺とヒナが異世界の人間である事は皆には言ってない。今それを明かす状況では無いと思っていたからだ。
「元の世界に戻る方法は、無いんでしょうか?」
「ああ、それか、実は転移魔法に関しては私も色々と調べてはいたのだが、どうも一部の上級魔族だけがその魔法を扱えるようだ。それも魔王クラスのね。彼らは魔界から転移してこの世界にやって来ている。その方法を簡単に教えてくれる訳もないんだけどね。私も魔族に接点を持つケインズと知り合って道が開けないかと思ってるんだ」
アレンさんもまだその方法はわからない様だ。もしかしたら魔族しか使えない魔法だと言う可能性も充分にあり得る。単に転移魔法というだけならクラッカルでも使える、しかし別の世界への転移となると話が違ってくる。
「それじゃあ、アレンさんはそれを確かめる為に……」
「今更元の世界に戻って暮らしたいなんて思ってないが、向こうには私の無事を伝えたい人もいるからね。それだけが心残りでね……だが大した情報も得られないありさまだよ」
アレンさんの言葉に俺は動揺を隠せなかった。もし戻れる方法が分かったなら俺は、間違いなく元の世界へ戻るだろう。しかし、それはこの世界で出会った人との別れを意味している。避けては通れない選択だと分かってはいる。だけど……
「タケルっ! そろそろ行こうよ」
「タケル様、早く!」
メルとクラッカルの急かす声がする。
なぜか俺にはそれが寂しく思えた。
「お前が決める事だ」
心中を知ってか知らずか、ケインズが俺の頭にポンと手を置いた。この世界で彼はいつだって俺の味方だった。そして今も……。俺は、この手の温もりは、ずっと忘れる事はないのだろうと感じていた……
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