第116話 ハミングバード
えっと、まあ二人はそっとしておこう、さらっと苦渋の決断をする俺、さらっとね。
「しょうがないな、みんなの分を払っとくから取り敢えず入るか」
魔王城への入場料なんてヒナが決めたルールに違いない。兄としては責任を取らないといけないよな。
「なんだかワクワクするわね、タケルっ」
いや、むしろドキドキするべきだと思うんだが、クラッカルさん……
どうでもいいがクラッカルは俺の事を様を付けたり呼び捨てにしたり、どうにもハッキリしないな。
「私もムラムラするよ、タケルーうっ!」
魔王城にムラムラするのはお前か城マニアだけだと思うぞメル。
「あ〜ん、待ってくだされ、タケル様〜っ」
何事も無かったかのようにスタスタと中に入ろうとする俺達の様子に気が付いたキュレリアが涙目で追いかけて来た。
「くだされって……どんなキャラだよ!!」
萌え兵であるキュレリアは、本来の見た目だけは充分可愛らしくあるのだが、とても残念な結果になっている。あの性格というか気質をなんとかせねばメルよりも痛々しいかもしれない。
後でドルフィーナさんに謝っておかないとな、そんな事を考えながらキュレリアの分の追加料金を払い最後に門をくぐる俺。
カラーン、カラーーン、カラン、カラーーーーン
突然けたたましい程の鐘が鳴り響き、俺達の誰もが驚いて警戒に身を固めた。そもそも敵方である俺達が魔王城に乗り込んだのだ、素性がバレればやはり厄介な事になる。
奴らだって馬鹿じゃないのだから……
「ヤバイな! キュレリアっ! クラッカルを頼む!」
「がってん承知! 任せてくだされっ!」
いったい誰だよお前……キャラブレすぎだろっ!?
気を取り直して薄暗いホールに視線を向けると既に数多くの魔族が待ち構えていた。
額に嫌な汗が浮かび、雫となって頬を伝った……
すぐ近くにいたヒナの様子を見ると蒼ざめた顔で視点も定まっていない。何かに怯えているようだ。
それほどの事態が起きているのかもしれない……
やがて俺達の前に集まった魔族の一人が、歩み出て俺を真っ直ぐに見据えた。
「あなたが……ちょうど7人目の来場者です! それを祝して記念品を贈呈致します!」
拍手の嵐につつまれた……
いらんわっ!! 7人ぐらいで祝うんじゃねえよ!
もらった記念品の包みを勝手にバリバリと破るメル。中には例のブタの貯金箱が入っていた。ドルフィーナさんが持ってたの記念品だったのかよ!
いや、正確にはブタに似たモンスターの貯金箱なんだけど、そんな事はどうでもいい!
ヒナが、おどおどしていた理由がはっきりした。これもおそらくあいつの発案だろう。
メルだけでなく流石にリンカとアリサも目を細めて貯金箱を眺めている。
「も、もらってあげても良くってよ」
皆が渋い表情をする中、ものすげー欲しそうな顔で貯金箱をロックオンしているキュレリア。そこは『くだされ』じゃないんだな。
俺は黙ってその貯金箱をキュレリアに手渡した。
「はっ、ふぁっ、はぁぁぁー、まったく邪魔な荷物ですけどね……」
満面の笑みであえて迷惑そうなセリフを語るキュレリア。
「だったらメジカル様へのお土産にしようか、キュレリア」
俺の言葉で世界の終わりを告げたような絶望感漂う顔付きに変わるキュレリア。
「ウソだよ、それキュレリアにあげるから」
途端に、ぱあああーっと晴れやかな笑顔を見せるキュレリア。
「タケル、キュレリアで遊ばないで下さい!!」
クラッカルに叱られてしまった俺、確かに遊んでいる状況ではなかった。
「そうでした。早く魔王に会わなければなりませんね」
しかし魔王に交渉に行く上で気がかりな事があった。それは、グライドの事だ。アイツは魔王軍に反旗を翻した形になっている。もしここに来ていることがバレたなら魔王側の警戒心を強めるだけだろう。
同盟を結ぶ交渉どころか、魔王軍との戦闘になりかねない。
俺の考えを察したかのようにグライドが近付いて来た。耳元でヒソヒソと話す。
「鼻歌は、我慢するぜ!」
お前の存在認識は鼻歌だけなのかよ!
いや、俺もそうだったけど!
「リンカ、ちょっと鼻歌歌ってみてくれないか」
俺の頼みにリンカは、不思議そうな顔をしながらも快くハミングを刻む。
「ふん、ふふっ、ふ〜ん」
途端に、ざわつく魔族達。
「おい、どこかにグライドがいるぞ……」
「すぐ調べろ!」
マジかよ! どんだけ鼻歌マンなんだよ、グライド!!
「判明しました! どうやらこの客がグライドの真似をしていたようです」
魔族に調べられ別人とわかったリンカは、かなり不満そうな様子で俺を見た。
「悪かったな、リンカ。だけどこれでハッキリしたよ」
「いったい何がわかったんだ? タケル」
「ああ、俺達が魔族の顔を見分けられないように奴らも人間の顔の見分けが難しいらしい。もしかしたらこれは、いずれ役に立つかもしれないな」
後は魔王に会って話をつけるだけだ。ヒナに頼めば、そう難しくもないんだろうな。俺は、自分の安易な考えを疑うこともなかった。
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