第87話 大丈夫だ!

 兵士の周りに魔法の防御壁を張ったクラッカルは、同時に疑いの晴れたイルカスの周りにも小さな防御壁を張った。


「タケルだったな、貴様、本当の名は何という?」

 カイニバルは、俺に不思議な問いかけをした。



「言ってる意味がわからないぞ、俺の名はタケル以外に無い」


「はっ、そうかよ。お前と同じ勇者でケインズって野郎を探してるんだが、何処かに雲隠れしたようで名前を変えるくらいはしてるんじゃ無いかと思ってな」


「そんな奴は知らねえが、その勇者に何の用があるんだ?」

 とぼけて言い返したものの、まさかここでケインズの名を聞くとは思わなかった。


「くくくっ、俺の兄ワイニバルを殺した奴だ。もっともワイニバルは、その時、魔王様の娘を殺したと聞いてるがな。 俺ならもっと上手くやれたと思うが、ケインズがどれ程の奴だか面を拝みたいだけ……」



 ドゴーーーーン!


 轟音と共に火の玉がカイニバルに炸裂した。

 カイニバルの身体に魔法の炎がまとわりつき皮膚を焼き尽くす。


 火の魔法はメルが放ったものだった。

 油断していたカイニバルは、メルの魔法をモロにくらう形になったのだ。


「お前が、お前の仲間が、母さんを!」


 メルの母アメリアは、ワイニバルの姑息なやり口で無残にも殺されたのだ。それをメルが恨んでいない訳が無い。




 直撃をくらったカイニバルの体は黒焦げになりボロボロと崩れ始めた。


「や、やったのか⁉︎」


「タケルさん、早く離れて!」

 ドルフィーナさんの警告で俺は素早く後方へジャンプして距離を取った。



 黒焦げの皮膚が剥がれると中から紫炎の光が漏れ、やがて花火のように飛び散った。


 紫炎の花火は弾丸となり皆を襲う。しかし既に張られていた魔法の防御壁により弾かれ消えていった。ドルフィーナさんの機転で皆が救われたのだ。



「ええーっ、どうすんの俺!」

 ただひとり防御壁の無い俺は、正直ダンボールにもすがりたい気持ちで一杯だった。



「タケルさん、今行きます!」


 ドルフィーナさんは、俺の盾になろうというのかこちらに向かって来ていたが


 ……間に合わない!


 俺がそう思った時、胸の勇者の証が紫炎を飲み込む程のまばゆい光を放った。


 虹色の光……


 瞬間的に光は、俺の周りに集まり形をつくる。


「ヨロイなのか⁉︎」

 集まった光は、虹色の鎧となって俺の身体に装着された。


「くっ、避けきれない」

 俺は身を固め衝撃に備えた。


 しかし虹色の鎧は、紫炎の弾丸を事もなく弾いたのだ。

 勇者の証にこんな力があったなんてアレスさんはどうして教えてくれなかったんだろう。


 いやきっと鎧の力に頼りすぎてはいけないという深い考えがあったんだろうと思う。秘密にしておきたかったのもわかる気がした。


「「「「「アレが虹の鎧かあ」」」」」


 知ってたのかよ! お前らっ!


 どうやら俺の仲間達は、アレスさんから虹の鎧の事を聞いていたらしい。


「完全に言い忘れだな……」


 危険回避が完了しホッとした俺


 ドルフィーナさんもホッとした顔をして俺に微笑みを送ってくれている。


 考え過ぎだろうかクラッカルは、ぽっとした様子で俺を見つめていた。


「やっぱり古い予言は、間違っていなかった……虹の勇者……」





「ギギグァーアアァァァッ!」

 カイニバルの叫びが中庭に轟いた。


 安堵したのもつかの間でドルフィーナさんが俺に叫ぶ。

「カイニバルには特殊な能力があるので気を付けて下さい!」


「特殊?」


「ええ、姿だけでなく能力までもコピーする変身能力、倒した相手から奪う能力なのです」


「……だったらザナックスさんは、もう……」


 俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。クラッカルは、うつむいて黙り込んでいた。


 視線を戻すとカイニバルの身体は膨れ上がり、モンスターへと姿を変えていく。


 紫炎のドラゴン⁉︎



 俺の眼の前には紫の炎をまとった巨大なドラゴンが口を広げ、今にも襲いかからんとしていた。


 クラッカルの表情は曇り、心配そうな様子が伺える。この国を守る王女が死ねばバルセイムの敗北は、確定するのだ。だがクラッカルは震える身体を必死におさえつけている。自分が動揺すれば兵の士気にかかわる、ただ握りしめた手のひらだけが細かく震えていた。



 ーー 大丈夫だ! ーー


 俺は指輪を外してクラッカルにテレパシーで話しかけた。一瞬クラッカルは、驚いた表情になり、俺と眼を合わせた。やがてクラッカルの表情も晴れ、震えも止まった。



「お願い! タケルっ!」


 クラッカルの願いに頷く俺。


「リンカっ! 俺達はアイツに勝てるか?」


「負けるほうが難しいよ、タケル!」


「だよな!」



 俺とリンカが剣を構えると背後から懐かしい声がした。


「俺も手を貸すぜ」


 誰だ⁉︎


 ずっと存在感のなかったグライドだった。


 そう言えばいたよな、コイツ……


「おいっ、ひでえだろ、タケル」


 指輪を外している俺の心の声は筒抜けだった……



 ともあれ俺はヒナ達に後方支援を頼み、眼の前の巨大な敵に立ち向かう為に剣を構えるのだった。

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