第86話 クラッカルの期待にドキドキです
ドルフィーナさんは、魔族なんだ。そして敵である魔王軍の幹部という立場。魔王から出された指令は任務として遂行しなければならない。
わかってはいたが俺はどこかで信じていたんだ。魔族でも分かり合えるってさ、それは今でも変わらない。きっと何か訳があるはずだ。
ドルフィーナさんがザナックスを貫いた槍を一気に引き抜くとさらに大量の赤黒い液体が噴き出し、支えを失った身体は中庭の芝生の上に崩れ落ちた。
ザナックスが声を発する事が出来ぬ程の不意打ち……
心臓を貫かれ恐らくもう助からない状況だということは俺にもわかった。
槍に付いた血糊をひと振りして乾かしたドルフィーナさんは、まるで何かを待ち構える様に静かにたたずんだ。
「イ、イルカス! なんて事を!」
居並ぶ兵士達の前列にいた誰かが、ここではイルカスと名乗っているドルフィーナさんに向かって叫んだ。この状況でいち早く声を掛けられるなんてザナックスに次ぐ地位の兵士かも知れない。
事実、他のほとんどの兵士がまだ唖然とした表情で立ちすくみ何の行動も起こせずにザナックスとイルカスをぼんやり眺めていたのだ。
俺も人が殺められる瞬間など見たことは無く、ただドルフイーナさんした事の理由を考えるだけで頭の中が一杯だった。
「理由を話しなさい、イルカス! いったいどうしてこんな事を……」
クラッカルは、王女らしい威厳のある声でドルフィーナさんを問い詰めた。若くして多くの人の死を見てきたのであろう王女はいたって冷静で不用意に近づくことは、しなかった。
「王女様、すぐにわかります。私が不意打ちをした事などキッカケに過ぎないのですから……。それより王女様、タケルさん、防御のご準備を早く」
えっ、いったいドルフィーナさんは、何を言ってるんだろう?
「ドルフィー……イルカスさん、何から身を守る必要があるんですか?」
俺はドルフィーナさんに、ようやく言葉を投げかける事が出来た。クラッカルは、いぶかしげな顔をしていたが何かに気が付いたのか兵士達に指示を出した。
「全員防御の態勢を整えなさい。それから魔法の使える者は防御魔法の準備をしなさい。急いで!」
先程、イルカスに声を掛けた前列の兵士があらためて皆に指示を行き渡らせる。
「タケルさん、信じて!」
ドルフィーナさんは、俺を見て叫んだ。その顔は、さっきの冷たい表情ではなく、真剣に訴えかける心配そうな感情を含んだものに変わっていた。
「メルっ、ヒナっ、防御魔法の準備を頼む!」
俺が、指示をするまでも無く、ふたりは詠唱を始めていた。やはり不穏な何かを感じ取っていたようだった。
それは、俺にもすぐ感じられるほどの大きさに膨れ上がった。巨大なまがまがしい魔力がドルフィーナさんを中心に中庭に溢れ出てきたのだ。
「マジかよ! これって……」
俺は、エルフの街で戦ったタージリックが最後に見せた魔力の膨張を思い出していた。だがそれとは比較にならないほどの規模で増大する魔力にシャレにならない恐怖を感じていた。
「おいっ! リンカとアリサは大丈夫か?」
「私の分は、メルっちがやってくれてる」
メルっちって何だ! そんな呼び方してなかったよな! ともかくリンカは大丈夫そうだ。
「私は自分で防御魔法できる。ほめて欲しいお兄様」
そうやって頭をこちらに向けるアリサ
いや、いま頭を撫でている時間ねーよ、アリサ!
「ヒナは、マシュを頼んだ」
「かしこまり! お兄ちゃん!」
どうやら俺の仲間はひとまず防御態勢を取ったのだが、ひとつ大事な事を忘れているのに気付いてしまった。
「あれっ、俺どうすんの?」
まったく防御魔法の出来ない俺。
鎧も身に付けてない俺。
普通の人間の俺。
そんな俺の健気さがかわいいと思う。
てか、本気でやべーーーーーーーーーーっ!
「タケルっ! これを使って」
健気な俺に詠唱を終えたメルが何かを手渡した。
おおっ、さすが仲間第一号よ!
きっと身を守るマジックアイテムだろう。
手渡されたアイテムを確認する俺。
「………おいっ! これ段ボール箱じゃん!」
メルから渡された物は人が入れる大きさの段ボール箱だった。隠れるのか? これに隠れるのか、俺っ!
あと、礼はいらねえよみたいな顔は、やめろよ、メルっち!
「タケルっ、その段ボールには隠された機能があるんだよ」
なにっ! それを早く言えよ! やはりマジックアイテムなのか⁉︎
「中に入るとキャタピラみたいに這っていけるんだ……」
バリバリッ!
俺は渾身の力を込めて段ボールを引き裂いた!
信じた俺がバカだった。
そんな無駄な時間を過ごしているうちに兵士達からどよめきが起こった。中には、後ずさりしている者もいる。クラッカルでさえ動揺の色を隠せない様子だった。
何が起こったんだ、皆の目線の先を追うと倒れたはずのザナックスの体がゆっくりと起き上がってくる様子が目に入った。
身体から怪しい魔力を漂わせながら、傷ついた体を補修している。
ドルフィーナさんは、ザナックスに向けて再び槍を繰り出したが今度は、何かの壁に弾かれてしまった。
「くっ、そう簡単にはいかないようね」
そして距離を取ろうとしたドルフィーナさんの腕を紫炎の光が貫いた。
「ぐっ!」
衝撃で地面を転がる、ドルフィーナさんの身体。
「ドルフィーナさん!」
「タ、タケルさん、そいつはザナックスではありません!」
「ええっ、だったらいったい」
ドルフィーナさんが答えるまでもなくそいつは名乗りを上げた。
「くくくくっ、我の名はカイニバル。魔王軍幹部であり、シュベルト様の命により面倒な王女の命をもらい受けに来た。もっともお前達全員も生きてはいないだろうがな」
「カイニバルとやら、それは残念ね。ここには虹のペンダントを持つ勇者がいるのよ! 倒されるのはあなたの方だわ」
おいっ、落ち着けクラッカル! 新米勇者に期待感デカすぎるよ!
俺は、さっき段ボール箱を破り捨てたことをちょっぴり後悔した。この後の展開が読めたからだ。
「なに、そいつはどこにいる」
カイニバルの言葉にクラッカルは、迷い無く俺を指差した。
ですよねー
この流れ
カイニバルは俺を宝物でも見るような目付きで眺めた。
「シュベルト様にいい土産が出来た。しかし運の悪い男だな、くくくくっ」
魔王では無くシュベルトの名を繰り返すところをみると、やはりあいつはシュベルトの直属の部下らしい。だったら俺も引けないな。
「おい! カイニバル。 運の悪いのはお前の方だぜ。俺はアレスから直接勇者の証を受け継いだ者だ。きっとお前は後悔するぜ」
驚いた顔のドルフィーナさん、そういえば内緒にしてたんだっけ……
ともかくカッコよく啖呵を切った俺が誰よりも後悔していたのは間違いなかった。
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