爪

爪

　激痛で目が覚めた。

　込み上げる吐き気と腹部に走る耐え難い痛み。呼吸が出来ない。

　目を凝らすと暗い部屋に男が立っていた。血走った目は俺を見てはいなかった。男の視線の先には血にまみれた白い顔の咲(さき)が倒れている。「咲！！」と叫びたかったが声が出ない。かろうじて出たうめき声に男が気付き、もう一度俺の腹を蹴った。

この時、俺は死んだ。　

　けたたましいサイレンの音がいつもなら静かな朝の住宅街に響き渡っていた。まだ化粧を済ませていない奥様方やパジャマ姿の男性なども野次馬の中にはいた。調度、ブルーシートに隠された遺体がマンションの３階から降ろされているところだ。

　スマートフォンを手にした野次馬達は写真を撮り早速SNSに載せ、書き込みをしている。一人が「今テレビでやってる」と言うと皆、自分のスマートフォンに目をやりテレビを起動する。

『速報です。東京都××区××のマンションで若い女性の他殺体が発見されました。

　女性は会社員の田辺咲さん28才で、深夜近所の住民が激しい物音が聞こえたと通報があり、駆け付けた警察官によって発見されました。

　遺体には複数の刺し傷があり、警察は殺人事件として捜査を行っています。』

　あの男は見た事がある。咲と一緒に出掛ける時、マンションの廊下で挨拶をした。確か２つ右の部屋の奴だ。妻と息子と３人で住んでると咲から聞いた。あいつが咲を……咲を…

『先程お伝えした××区での殺人事件の続報です。殺害された女性と同じ階に住む男性が変死体で発見されました。男性の部屋からは血のついた包丁や衣服が発見され、この死亡した男性が女性が殺害された事件と何らかの関わりがあるものと思われます。

　遺体は男性の妻が発見し警察に通報しました。なお、遺体には無数の引っ掻き傷がありますが、致命傷になるような傷は見当たらないとの事です。』

ニャー…