Electrica Re:write
虎太郎
第1話 First Mission
男は片手に持っていたヘルメットを頭に被ると、キュッと顎紐を締め、心で呟く。
―ヘルメット、緩みねーな
「ヨシ!」
続いて羽織っていた作業着の袖を通すと、前開きのチャックを力一杯上げ、両方の袖口のボタンをパチリと止めた。
―作業着、袖ボタン、止まってんな
「ヨシ!」
更に腰につけていた工具だらけの柱上安全帯の胴ベルトを強めに引っ張ると骨盤の辺りでバックルを締める。
そして、2丁のランヤードを器用にガチャガチャとロックを外し伸び縮めさせると、安全帯のフックを両方のD環にカチンと音を立てて固定した。
―安全帯、胴綱、…問題ねーな
「ヨシ!!」
「武器は、ドライバーに、モンキー、後スパナ。…っと忘れちゃいけねー、電工ナイフ、っと」
最後に男は声を出し、安全帯にセットしてある腰袋と工具入れに刺してある道具を再度確認し、再びセットしなおした。
「さーて、…行くかっ!!」
男は声を上げ、気合いを入れると、左腕をグルグル回しながら、堅牢そうな安全靴で地面を蹴り前進し始めた。
男は暫く見上げるような防壁の内部をカツカツ音を立てて歩くと、開閉できる大きな鉄門扉の前まで来ると歩みを止める。そして、胸ポケットから1枚の丈夫そうなカードを取り出すと、門扉の横についているセキュリティ機器に差し込んだ。
ピッと機器が短く音を立てると、自動で機械アナウンスが流れ始めるのだった。
『第一ロックを解除します。id番号13-333-ss978。
機械的な無機質な自動アナウンスが流れ、男の名前と身分を知らせるID番号を通達すると、出雲と呼ばれた男は1台のスマホを取り出し、慣れた手つきで操作し始める。
―ロックナンバーと、作業コードを入力して…。今日作業コード、8-12だっけ? …まあ、いいや適当で。…間違ってても、後で直しゃいーし。些末、些末。些細な事だ…
『本日の――』
「ほいっ、っと」
『ロックナンバー、作業コード、承認しました』
出雲は機械音声が指示内容を伝える前に、聞かなくてもわかってると言わんばかりに、スマホでロックナンバーと作業分別コードを打ち終えていたのだった。
『本日の作業内容確認しました。エリアG3-29区、ハイブリッドの殲滅及び同地区の都市機能調査、修繕ですね? よろしければ―――』
「――間違いねー、間違いねー、間違いねーから、オープンセサミしろ」
出雲は機械音声に食い気味に独り言を呟きながら、自身のスマホに現れた最終確認の完了マークを、適当に押すのだった。
『承認しました。本日も安全作業を――』
「――はいよ! 今日も一日、ご安全にっ!!!!」
出雲の無駄にデカい声が辺りに響くと、頑強な金属で出来た扉が滑るような音を出して、横に開いていく。ただ、開いていく扉の向こうに見える景色に目も合わさず、出雲は開き切る前の扉に体をねじ込むように横に入れると、防壁の中にズケズケと入って行くのだった。
「相変わらず、クソ汚ねー街並みだな…」
出雲が防壁の中に入って、直ぐに見渡す様にして呟いた独り言に間違いは無く、閑散した雰囲気からも見て分かるように、辺りに人の気配は一切感じ取れない。
「…はぁ。…昔は、ここに人が住んでたんだから笑えねーよ…」
大きく溜息を吐き、呆れたように独り言を呟く出雲の顔は、どこか哀感を漂わせる。少し尖らせた瞳で見つめる風景から、視線を外す様に自身のスマホを取り出すと、俯き加減で画面に映った情報に目を通すのだった。
自身のスマホの画面に映ったのは、今現実に自分が見ている街並みとはまるで違う、喧騒と呼べる程に人が行き交う街並み。
賑わう人々、高い建造物の数々、インフラを支える多数のケーブルに、人々の暮らしを照らす照明…
今自分が見ている景色こそが、非現実であるような錯覚に陥りそうになる画面に映る虚像の姿に、出雲は再び落胆したように溜息を吐くのだった。
「…20年、かー。…ほとんど、人が住んでねーんじゃ、風化もするわな…」
出雲は呟くと、再びボロボロの街並みに一瞬だけ目を合わせた後、自身のスマホの画面を下へスクロールしていく。そして、とあるところでスクロールする手を止めると、今自身の目の前に映る惨状を表す原因となった出来事が記載されているページに目を通すのだった。
丁度晴れ間を遮るように現れた雲のせいで、顔に陰影を映した出雲の姿は、他人から見たら、どこか不安や物足りなさを表しているような、もの寂しげな表情をしていたのだった。
20年前の悲劇。『大崩壊』
人ならざる者の脅威で滅びかけた現実。
大量の死骸に、破壊された街並み。
その引き金となったのは、突然の人の金属化。
体が斑のように鉄化していくと、自身の体に畏怖を感じる間もなく、理性を失い、暴れ狂う。そして、人を人として認識せず殺害し、作り上げた文明を次々に破壊していく存在となると、爆発的に数を増やしていく、その個体に、人々は共通の敵として名前をつけたのだった。
混ざった人類。『
出雲は20年前の出来事が記載されていたページを感慨深そうに見た後に、スマホの画面を消灯させると、自身のポケットにしまう。そして、人類とハイブリッドが争った爪跡、破壊の象徴を表すボロボロの街の中を歩きだしたのだった。
崩れたビル。
途中で切れた電線。へし折れた電柱。
整備されていたであろう、アスファルトの残る地面には所々に穴が開き、燻り焦げた様な跡も残る。
積み上げられた瓦礫の山に人の気配はなく、錆びた鉄屑の嫌な臭いだけが辺りに立ち込め、鼻を刺激する。
今では、廃墟、ゴーストタウンと呼ぶにふさわしい光景を見て、出雲は自身の眉間にしわを寄せ、少しだけ瞼を下げるのだった。
「中入るたびに、ここに100万人住んでた事実が信じられねーんだけど…まあ、事実だからしゃーないわな。…もーー、でも見る度に、猫のフレーメン現象みたいな顔を晒して、若干ゲシュタルト崩壊しそーになるから、出雲は元気よく歌おうと思います――」
「――聞いてください。出雲で、『パーフェクト諦め宣言』」
出雲は人は全くいないにも関わらず、誰に喋っているのか分からない長い独り言を呟くと、元気よく体を動かし、謎の歌を口ずさみながら歩いていくのだった。
「――マニフェスト2! 猫と遊ぶ時は全力♪ マニフェスト3! ハッピーになりてーこの頃~♬ However! 出雲のまいにっちグダっグダ~♪――」
出雲はヘルメットからはみ出る程の長く伸ばした左の特徴的なもみ上げを揺らし、少しやんちゃそうな切長な目で前を見据えると、言動からも見て取れるが、廃墟で歌を大声で口ずさむ姿は、明らかに個性的で癖がありそうな雰囲気を醸し出していた。
「ラストは はい♪ はい♪ クソめんど、…くせー……―――」
「あぁーーー! なんっで! 今日も、俺一人なんだよっ!!
出雲は口ずさんでいた歌を急に止めると、歩みを止め、空に向かい不満を吐露するように大声で文句を叫ぶのだった。出雲の馬鹿でかい声は街並みに響くが、残念ながら、それを聞いている人はいない。残響するように消えていく言葉は、虚しく周囲に反響しただけであった。
「ピッピピピッ」
「おっ、呼び出し。もう、エリアに入ったか…――」
突如、出雲の胸ポケットから電子音が鳴り響くと、出雲は音の鳴る胸ポケットからスマホを取り出しながら呟くと、慣れた手つきで応答ボタンを2回タップする。
『ハイブリッド残存地区内に入りました。これよりオペレーターモードに切り替えます。…暫く、お待――』
「――やっべ、通信すんの忘れてたわ…」
スマホのスピーカーから突如流れた自動音声に、出雲はへまをやらかしたと言わんばかりの独り言を呟き、バツが悪そうにスマホから視線を反らすが、暫くしてスマホのスピーカーから聞こえてきた女性の声に、再び耳を傾けるのだった。
「――聞こえますかー? エリアに入ってますよー? もしもーし? オペレーターの
オペレーターの西尾と名乗る聞き取りやすい綺麗な声に、出雲は歓喜するように、笑顔を浮かべると、スマホに向け喋りだすのだった。
「なんだ、オペ由里香かっ。ビビらせんなよ! かしこまんな、ゆりちゃん! お前のしゅと君だ!!」
「もーーー! ほんま堪忍やわー。…また、しゅとくーん…」
「またとか、言うなよー。お前、オペから精神的苦痛を受けたって、本社に苦情入れるぞ!」
「もう、ほんま苦情入れてええから、――今後ブロックさせてくれへん…」
「お前、…流石に酷いだろ、それは…」
出雲の声を聞いた瞬間、オペレータの西尾由里香と名乗った人物のテンションは、声だけで判断できる程に下がると、不貞腐れたように声色を変え、使い慣れていそうな方言に切り替えると、最後には出雲に暴言を吐き捨てたのだった。
「まあ、由里香はツンデレだから、しょうがないか…まっ、出会いのない日々のストレスを、俺で発散してるだけだし、最終的には心配してくれるどころか、俺の事好きだ――」
「――もう、ほんまうっさいから黙れよ…――仕事やから、簡単に説明はすんな。――ハイブリ3体、左前のビル。多分ノーマル、鉄タイプ」
由里香の徐々にいい加減さを増す態度に、出雲は口をすぼめて尖らせる。
「わー↑、いい加減。しかも、態度最悪。さすが元請。パワハラ案件だ、パワハラ」
「うっさいねん。ちゃっちゃっと、片付けーや。自分得意やろ」
「おいっ! ゆりちゃん!! …お前そんな態度取り続けるなら…俺、手前のビルに、あぶり出しという名目で、『バイブロ』撃つかんな?」
出雲は由里香に言葉を返すと、若干威嚇するように、自身の左前腕を覆うように装着している機械的なフレームを動かし、ガチャガチャと音を鳴らすのだった。
「あっ、あかんよっ!! そのビルな、電気が生きとんねん。だから、ほんまにやめてな。対象は多分ビル3階付近や。――心配やから、もういっぺん言うけど――」
「あん?」
「――お前、ほんまにバイブロ撃ったら、ぶち殺すかんなっ!」
由里香が一呼吸溜めてから放った、ドスのきいた殺害予告に出雲は少しばかりたじろくように、後退りしたのだった。
「こっわッ!! 了解、了解。――じゃあ、こっから本気出すから、ナビよろしくな」
出雲は発言の途中で、顔付きを変え、瞳を尖らせると、気持ちを切り替えるように体を動し、最後に自身の側頭部を掌で押すと、大きく曲げた首の骨が「ボキッ」っと音をたてる。
「…もう、初めからそうしーや。しゅと君、前半の余計な前振りが長いねん」
出雲は、一通りオペとの会話を終えると、スマホの差し込み口に小さな器具をつけ、ヘルメットにレシーバーを取り付ける。そして、「あー…」と何回か呟いた後、由里香からの応答を確認すると、ハイブリッドがいると思われるビルの、入り口付近まで歩みを進めるのだった。
ビルの入口まで来た出雲は、入り口が瓦礫で埋まっているのを確認すると、徐にビルを見渡し、狙いをつけた様に一点を見つめる。そして、腰につけている安全帯のD環に掛けているフックを片方外し、自身の肩に掛けると、地面を思いっきり蹴りジャンプしたのだった。
その人並外れた跳躍力も凄いが、身体が浮いた状態にも関わらず、空中で壁の窪みに手を掛けグイッと体を片手で持ち上げると、壁から突き出た鉄筋に、もう片方の手で胴綱を回し込み、安全帯を固定すると、自身の体を壁面に対し平行に固定したのだった。
「よーし。――もう、2階から入るの
「――あっ?! こらッ!! 危ない事すんな!!」
出雲は呟くように吐き捨てた後、由里香の声も聞かずに、同綱を揺らし助走をつける様にして、両脚で壁面を蹴ると同時にフックを抜き取る。そして、反動を利用して三階の窓に手を掛けると、空中で1回転しながら窓から室内に飛び込むのだった。
「だだだ! ダイナミーークッ!!」
「何でお前は敵に場所知らせんねん?! うっさいし、あんたの声響く――しゅと君!! 右手前方、レーダー反応!!」
由里香は文句を言いながらも的確に敵の位置を指示すると、出雲は安全帯の工具ホルダーに刺していた、バッテリーとコンデンサーを内蔵したドライバーに似た物を二つ抜き取る。そして、由里香の指示した方向に、瞬時に体を向けると、手に取った物を投げつけたのだった。
出雲が投擲した先に居たものは、不気味な唸り声をあげ、照明の無い部屋で銀色に鈍く輝く体を揺らすと、赤く光る瞳で出雲を捉える。だが、その異形の怪物が顔を出雲に向けた時には、出雲が投擲した物体は目の前に迫ると、対象に接触した瞬間、轟音と火花を巻き起こし、青白い閃光と共に、対象の体を吹き飛ばしたのだった。
「低電圧、高電流の空気短絡。アークフラッシュの威力思い知ったか?! まず一体!!」
「油断しいひん! 爆音鳴らしたから、寄ってくんで! ――右手前方2体!!」
「わあってる! 後は、電光ナイフで決めてやるよ!」
出雲は由里香の指示に、すぐさま腰の鞘付きホルダーにつけていたナイフを、右手で引き抜くと、束に付いているグリップトリガーを強く握り込む。起動したナイフは「キィィィン」と甲高い音を徐々に鳴り響かせると、出雲は2体のハイブリッド目掛けて地面を蹴り、勢いよく突っ込んで行く。
金属で出来た体を鈍く光らせ2体のハイブリッドが、赤い目を光らせ出雲の影を捉えようとするが、その眼が出雲の姿を捉えた時には、出雲は既に地面を蹴り上げ、空中で態勢を整えると、身構えていた刀身の伸びたナイフを、ハイブリッドの首目掛けて、右横一文字に振りぬくのだった。
空中で刃が白い光を放ち、ハイブリッドをすり抜ける様に切り裂くと、遅れて聞こえてきた様な「キンッ」と細かい音と共に、ハイブリッド2体の頭は体からズレ落ちる様に、ボトリと地面に落ちたのだった。
出雲はハイブリッドを振り返り、対象が停止したのを確認すると、手に持ったナイフの刀身を短くし、逆手で握り直すと、再び鞘付きのホルダーに収めるのだった。
「終わりー!」
「了解。待ってて、索敵すんな」
「はいはい、よろしく。――やっぱ電光ナイフ最高だわ。伸びるわ、軽いわで。名前つけてやろうかなー? あーーー、
「…自分、何言うてんの?? 若干恐いで…その独り言――うん。レーダー索敵は引っかからん。もう、大丈夫や」
出雲は由里香の戦闘終了を告げる声に、床に腰を下ろすと、床に倒れて動かなくなったハイブリッドに顔を合せるのだった。
「…ごめんな。助けてやれなくて。―――あー、そうそう、ゆりちゃん。
「うん、せやねー。ノーマルやね」
「うん。――…でもさー。不思議だよなー? 何でなんだろう…?」
「えっ? 何がやねん?」
出雲は床に胡座をかいた状態で、ハイブリッドを見つめると、首を捻りながら不思議そうな顔で呟く。由里香は出雲の何に対しての疑問か分からない、主語の抜けた言葉に聞き返す様に問いかけたのだった。
「いやーな。なんで突然金属と人がくっついた? 生えてきた? いや、変化したんだろうなー、と思って。鉄と人間が結びつき、まず受信体ができると破壊衝動にかられ、人を襲うって言うけどさー。なんかいずれ、死の欲動、タナトス因子によって人類はハイブリッド化する。しかしそれは、地球事態が仕掛けた陰謀『デスドライブ計画、通称D2プロジェクト』の始まりに過ぎなかったみたいな事に―――」
「―――自分漫画の見過ぎやって…、作りこみのせいか、なんかほんまに、それっぽく聞こえるけど…」
出雲の即座に捻りだした空想に、瞬時に呆れたような声で突っ込んだ由里香に対し、出雲は微笑むと会話を続ける。
「でもよー。俺も、いつかハイブリッド化するんかもしんねーし。なったら寂しい人生だったなー。女もおらんし。家でゲームばっかりしてるし、後は…」
「…しゅと君独り言が多いねんって! もうほんま布志名くんに文句言っとくかんな。…でも、まあ、…お疲れさん」
「いえいえ。オペありがとな。ゆりちゃん」
優しく微笑んだ出雲は、由里香に感謝を伝えると、ゆっくりとその場に立ち上がった。
「急に真面目になって、謝辞言わんといてや。…まあ、電線が地下から立ち上がってるはずやから、ルート確認だけして、今日はあがってええからね」
「ほい。後は都市機能の調査、修繕を頑張ります。あっ、ハイブリいないなら、都市の修繕計画書だすから、費用負担よろしくね。それでは」
そう言うと出雲は、3階から地下に向けて、崩れた階段を降りて行く。
ふと、足元に散らばる瓦礫を見て、出雲は足を止める。
「躓きそうになんのは、今も昔も変わんねーよな…人も街も、ふとした切っ掛けで転んじゃうからな…」
少しだけ俯いた顔に哀愁を漂わせた出雲は、足元に散らばる瓦礫を乗り越える様にして、前に進むのだった。
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