堀川さんはがんばらない/あずまの章
角川ビーンズ文庫
登場人物紹介/第一話
◇登場人物紹介
高校1年生。無気力マイペース。朝が弱い。
高校2年生。芯が強い日本男児。弓道バカ。
弓道部、副部長。真面目で良き指導者。
弓道部員。やんちゃで短気。藤原先輩が大好き。
伊与の幼なじみ。サッカー部マネージャー。女子が苦手。
◇
道路に降り積もった花びらを巻き上げ、自転車が
入学祝いにと買ってもらった八段変速のマウンテンバイクは車道を走る自転車通勤のサラリーマンたちをごぼう
と、ここで急ブレーキ。体を前のめりにしてなんとか止まった私の目の前を、横道からノンブレーキで入ってきたロードバイクに
「
一時間目を無事
担任の
「入学式からすでに遅刻四回っていうのが、よくないことは分かるよね」
「すいません」
ただ言い訳をさせていただくなら、今月はまだ四回だ。
ここ
「
「両親は私より先に家を出ますし、今まで起こしてくれてた小学生の弟は飼育委員になったとかで、前より早く家を出るんです」
「小学生の弟さんに起こしてもらってたの?」
「はい」
あまりにも堂々と返答する私に、松本先生は数秒
「どうして起きられないのかな?
昼休みが始まってもう十分はたつというのに、先生はしつこかった。初めて受け持つクラスに、私のような
「
「遅刻してごめんなさい、先生。あと友達を待たせてるんですけど」
「堀川さん、反省してる?」
「
「……分かった。じゃあ
私は無言で
先生に頭を下げて、退出する。解放された
「
職員室のすぐ外には、同じクラスで友人の
「終わった終わった。食堂行こ」
「もう、ちゃんとまっつんに謝った?」
「謝った謝った」
まっつんというのは松本先生のあだ名だ。本人は松本先生と呼びなさいと注意しているものの、生徒からあだ名で呼ばれるのはまんざらでもないといった様子だ。私は絶対に呼んでやらんけどな。
「
「私も努力してる。十分ごとにスマホのアラーム設定してるもん」
「それ駄目なやつじゃん」
萌々子が
「明日からは、私が電話して起こしてあげる。いい?」
「ありがてえ」
持つべきものは友達かな。小学生からずっと続く友情に感動して腹の音を鳴らしていると、萌々子は顔を寄せてそっと
「その代わり、遅刻しなくなったのは私のお
打算的なところも小学生のときから変わらない。松本先生、うちのクラスには遅刻魔のほかに超
昼休みがはじまってから十五分たった食堂は予想通り
「あのー、そっち
上級生であろう男子生徒ににっこり
私は
「食堂でランチなんて、高校生って感じよね」
萌々子は昨日も同じことを言っていたような気がするが、黙って同意しておいた。
食堂のラーメンの味はそこそこといった感じで、これなら初日に食べた素うどんのほうがまだましだった。萌々子のオムライスをちらりと
「ねえ、伊与はもう決めた?」
スープの底に
「私はね、マネージャーをしようと思ってるの」
「マネージャー?」
「そ。サッカー部とか、よさそうじゃない?」
マネージャー。サッカー部。コーンの甘みを味わいながら、ああ部活か、とやっと理解した。
「いいと思うよ。萌々子、世話好きだし」
「そう思う? じゃあ入部届、書いてこなきゃ」
スープを
「それで、伊与は部活は何にしたの?」
「帰宅部」
「それは部活じゃないでしょ」
「
「誰に出すのよ。ていうか伊与、知らないの? うちの学校って部活
「マジで」
「私と
「それはやだ」
「でも
「なんとかする。ほとんど活動しなくていいチョロい部活、探して入るよ」
「伊与って
「マイペースかあ。最近気づいたんだけどさ、マイペースって実は褒め言葉じゃないよね」
「今さら気づいたの?」
萌々子のため息を聞きながら、ラーメンのスープを意味もなくかき回す。コーンがひとつ浮き上がってきたので、残すことなくいただいた。
その日の放課後、帰る萌々子に別れを告げ、私は教室に残った。部活探しではない、掃除当番だからだ。
掃除のメンバーは男子と女子が三人ずつ。同じクラスになったばかりで仲が良いどころか名前すら
私はさっさと自分の分担を済ませると、ゴミ捨てに行って来ると言って教室を出た。男子のひとりが「あ、」とすまなそうな声を出していたが、もう
五分後、ゴミ
仕方なく
ふてくされて歩く私の視界に、ひらり、何かが横切った。虫かと思って
歩くにつれて、花びらはびしばしと私の顔にぶつかることが多くなった。おそらく
ほどなくして、ゴミ捨て場を見つけた。裏門の近くとは聞いていたけれど、今はもう使われていないもうひとつの裏門の近く、が正解だった。
ざっと風が
防護ネットをめくり、持ってきたゴミ袋を押し込む。しかし力任せに入れたのがいけなかったのか、上のほうに積まれていたゴミがぐらりと揺れたと思った瞬間、こっちめがけて
布でぐるぐる巻きにされた長い何かは、垂直に立てると
何かは分からないが、ゴミの山にそっと立てかけようとした、そのときだった。
「
やがて、無言でこちらに歩いてくる。静かな足取りだったが、全身から
「返せ」
声が、震えていた。
今度こそ言われるがままに手の中のものを差し出した。彼は両手でそっと受け取ると、一瞬だけ
あれは上級生だったのだろうか。
ゴミ捨て場の
「ねーちゃん」
七歳違いの弟、
「あんた、帰るの遅くない?」
「図書室に行ってたから」
小学三年生にして眼鏡をかけた弟は、見るからに頭が良さそうだった。実際に学校の成績も良いらしいが、ちょっと子供っぽくないところがある。あだ名は絶対『博士』だろう。萌々子
「ねーちゃん、高校はどう?
「小学生のブンザイで、私を心配せんでもよろしい」
「だってねーちゃん、ももちゃん以外にろくに友達いないじゃん。やる気ないし、今の高校受かったのは
まさかそんなふうに思われていたとは少しショックだ。私だって将来のことくらいちゃんと真面目に……考えてないな。まだ高校一年だし、将来のことなんてまだはるか先だろう。
「ねーちゃんは
「ドブはひどくね」
心配しなくても
「おかえり。一緒だったのね」
「どうしたの、お母さん。仕事は?」
「今日は半休」
ふうんと
『掃除お
マメだなあと思いつつ、
『部活はもう決めた? 私も一緒に探そうか?』
大丈夫、とだけ返して、スマホをベッドに投げ出した。私が
気が進まないが、明日は部活を回ってみるつもりだった。私のような面倒くさがりにピッタリな部活のひとつくらいはあるだろう。いくつか候補を並べていると、最後にあの男子生徒の姿が
言い訳する時間ぐらい、くれればよかったのに。
明日のゴミ捨ても、私が行ってみようと思った。会えればいいなと
翌朝、約束どおり萌々子はモーニングコールをしてくれた。ただ残念なことに、私が起きる予定の時間よりも一時間早かった。七時とか信じられん。
顔を洗ってリビングに顔を出すと、家族全員に驚きの表情で
「おっどろいた。あんた、どうしたの? どっか悪いの?」
「お父さんが病院つれて行ってやろうか?」
「そこまで言うほど? 今日だけだよ」
仕事がある両親は家を出るのが早いので、朝に顔を合わせることがない。自堕落な私のせいで長年
朝食を食べていると、同じ食卓についている母がコーヒーを入れながら言った。
「伊与、来週からお弁当作ってあげようか」
「
「ほんと? やった」
父が
「お弁当作る時間なんてあるの?」
「あるわよ。出勤時間、
「それって帰ってくる時間が遅くなるってこと?」
「前と
「時間減らしたんなら、お弁当なんか作らずゆっくりしてればいいじゃん」
「時間ができたから、お弁当を作ってあげたいのよ。あと経済的だしね」
キャリアウーマンとして働きづめだった母の突然の方針
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