ドイツェン宮廷楽団譜 嘘つき婚約コンチェルト/永瀬さらさ
角川ビーンズ文庫
登場人物紹介/序曲 ダ・カーポ~はじめから~
-登場人物紹介-
◆ミレア・シェルツ
第二楽団の新米バイオリニストにして、伯爵令嬢。
とある事情で、世界一のバイオリニストを目指している。
◆アルベルト・フォン・バイエルン
第一宮廷楽団(通称・プラチナ)の主席指揮者にして、楽団を取り仕切る公爵家の跡取り。
基本的にえらそう。
◆フェリスク・ルター
第一楽団のコンサートマスターにして、有名なバイオリニスト。
アルベルトの悪友。
◆マエストロ・ガーナ-
第二楽団の主席指揮者にして、アルベルトの指揮の師匠。
基本的に真面目に働かない。
◆レベッカ
第二楽団の新米コントラバス奏者にして、男爵令嬢。
楽団寮でのミレアのルームメイト。
◆◆◆◆◆
気分が晴れない日、ミレアは高い所でバイオリンを
樹木の太い枝の上に
「……私の生まれを宣伝に使うって、そんなことしなくても私はちゃんとバイオリンが弾けるのに。しかも〝バイオリンの
──君には
(せいぜい
宮廷楽団のオーディションに合格した時の養父母の顔を思い出す。
そして雪が降る聖夜にバイオリンをくれた、天使の姿を
「……売名なんて、聖夜の天使に
──君がバイオリンを続けていたら、きっとまた、会えるよ。
十年前の聖夜。
大事なのは、弾き続けること。そして彼に気づいてもらうために、ミレアの名前をバイオリニストとして広めること。
そのために宮廷楽団に入ったのだ。後世に名を残す音楽家が多く
(なのに聖夜の天使を見つけるどころか、入団早々クビになったら意味ないじゃない! それにシェルツ
胸がちくりと痛んだ。その痛みを振り
「私には聖夜の天使がいるんだもの、うじうじしない!」
姿勢を正し、
ミレアのたった一つの武器が、音を
さわやかな
(第一楽団のコンマスになって有名になれば聖夜の天使に会える、大事なのはそこよ。ちゃんとバイオリンを続けてるって気づいてもらわなきゃ)
十年前の聖夜にバイオリンをもらったエピソードとミレアの名前。その話が広まれば広まるほど、会える確率が上がる。
会ったら何を言おう。一時だって忘れたことのない、大切なあなた。
バラ色の未来を
「つまり、世界一のバイオリニストになればいいのよね!」
「なら最後のフォルテシモは何事だ?」
「へっ?」
思いがけない問いに視線を下げると、地上から見上げる
たった一人で地上に取り残されたように、ぽつんと青年が立っていた。すらりとした長身のせいで、視線が思ったほど遠くない。夜明け前の色をした瞳が、
「しかも『
難しい表現をするひとだ。まばたきをした後で、ミレアは正直に答えた。
「だってそう弾く方が楽しいんだもの」
「……。よく分かった、残念だ。今すぐ世界一のバイオリニストは
「なっ──え、わ、わわっ!」
聞き捨てならない評価に前のめりになった
バイオリンだけはしっかり
何かが受け止めてくれたが勢いは止まらず、そのまま地面へと
「い、たた……っわ、私のバイオリン!」
飛び起きてまず腕の中のバイオリンを
「よかった……」
「──なら、どいてもらえないか」
「え?」
声が下からしたので目線を下げる。
完全に押し倒している体勢だ。かあっと一気に顔が
「ご、ごごごごめんなさい! すぐ、すぐどくから──きゃっ」
「……もういい。じっとしててくれ」
体勢を
「まったく、裏庭でゆっくり休もうと思ったらとんだ災難だ。──
「えっ」
「君、バイオリニストだろう。
「だから
言い返そうとしたが、
(……助けてくれたのよね。いい人なのかな……なんかいちいち引っかかるけど)
まじまじと観察すると、
(こ、こんなかっこいい人、初めて見た。王都にはいるんだ……)
一度意識すると、手を取られていることに
これまでミレアが住んでいたシェルツ伯爵領は、王都の情報が一ヶ月以上
「
やがて青年の方が手を放した。目をそらしていたミレアは、やっと口を開く。
「……。あの。その……ええと、あ、ありが」
「とんだじゃじゃ馬だ。
余計な忠告に、礼を言う気持ちが
「さ、さっきから失礼じゃない!? それに私の演奏がヘタクソってどういうこと!」
「どうして僕が教えてやらなきゃいけないんだ、ヘタクソ」
相手にしたくないと言わんばかりの態度が、ミレアを冷静にした。
「……あなた、宮廷楽団の第一楽団──プラチナの人よね」
青年のタイをとめるピンに目が向く。
このタイピンにちなんで、第一楽団はプラチナと
青年は
「まさかプラチナコンマスの、フェリクス・ルター様?」
「僕があの腹黒バイオリニスト?
「じゃ、誰なの?」
「僕から名乗る筋合いはない」
自分から名乗れということか。
立ち上がり、
「失礼しました。私、今月から
「……ミレア?」
いきなり呼び捨てかと顔を上げると、相手は目を丸くしていた。
予想外の反応にミレアの方が
「……どこかで会ったことがある?」
「──いや……シェルツ
黙ったミレアをどう
「まさかこんなじゃじゃ馬令嬢だったとは残念だよ。ご両親の苦労が目に
「やっぱりさっきから失礼じゃないの! しかも自分は名乗りもせずに」
「ああ、これは失礼。僕の名前はアルベルト・フォン・バイエルン」
告げられた名前にまばたいた後で、
「──の、お知り合いとか?」
「本人だ。
──アルベルト・フォン・バイエルン。流行に
この国の
(そんな大物が、よりにもよって)
「……こんなに口の悪い、人格に難ありな人だったなんて……!」
「……。本人を前にしてよく言った。その度胸だけは
「だって
「僕は後者だ」
「何様!?」
「少なくとも第一楽団では僕が王様だ。第一楽団で使う演奏者は首席指揮者の僕が決める」
そのとおりだ。
第一楽団・プラチナに
「君は指も弓の使い方も少し独特だが、技術は文句なしに高い。
「えっ……う、うん。速弾きなら誰にも負けたことない、けど……あの、褒めてるの?」
「ああ。音に
「曲芸!? そ、それ絶対、褒めてないわよね!?」
「褒めてるだろう、馬がバイオリンを弾いたら奇跡だと思うじゃないか。
がんと頭に石を落とされた気分になった。さらに
「何より君は、今年の売り物だろう。確か〝バイオリンの
「な、なんでもう知ってるの、その名前……」
「そういうお達しが上からきてる。その様子じゃおいしい話だと断らなかったみたいだな」
口調に
「もし上が君を使えと言ってきても、名ばかりのバイオリニストなんて僕は使わない」
「──名ばかりなんかにならないわ!」
「私は絶対、バイオリンを続けるんだから。何をしてでも──約束なのよ」
断言すると、アルベルトが向き直る。その
「……。なるほど。何をしてでも音楽を続けるか。僕もだ」
二人の間に、風が吹く。
「その心意気に
「……よろしくお願いします。アルベルト・フォン・バイエルン様」
「せいぜい妖精らしくするといい、じゃじゃ馬。でないとまた木から落ちるぞ?」
余計なお世話だ。だがミレアは伯爵令嬢らしく、引きつった
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