第50話

 


  夏の同人誌即売会の前に、真実ちゃんのお誕生日というビッグイベントがあった。

  彼氏彼女になって初めての尊い日である。


  これは彼女を是非とも喜ばせなくてはならない。

  おれは人生の中で一番張り切った。

  ラノベ作家として最初に作品を書いた時よりも張り切った。


  誕生日プレゼントは無難に指輪とかが良いんだろうな、と、それも考慮に入れつつ。


  おれにはもう1つ考えがあった。

 

  その件と『剣士なおれ』の仕事のおかげで随分寝不足になったが、人生初の彼女の為だ。

  これくらい何て事ないさ。



  しかし、そんな忙しいおれの所に、図々しくも恋の相談をしたいとメールをしてきたヤツがいた。

  誰あろう、渡ツネオである。


  「素城さんの事を考えるとツライんだ」


  こんな1行メールだった。

  乙女か。


  この渡ツネオは、素城栄美に恋しているのである。

  そしてその栄美はおれの事を好きなのだが、渡はそれを知らなかった。


  「ツライんだったら考えなければいい」


  そう返したら、今度は電話がかかってきた。


  「今からお前の家に行くからな」


  「え!? え!? 何でお前おれの自宅知ってんの!?」


  と驚愕させられた所で思い出した。

  ひと月前、『ボイン論』をぶってそのまま居酒屋で眠ってしまった渡を、仕方がないので店から近いおれの家に連れて帰った事があったんだった。


  朝、半寝の渡を駅まで送って電車にぶち込み、そのまま帰った。

  まさか渡がおれの家を覚えているとは思わなかったし、あまりにくだらない事件だったので今の今まで忘れていた。


  「やめろ、来るな」


  「いいや、行く」


  渡からの電話を切って、怪しいヤツが来ても決して入れないように母親と妹に注意をしに行こうと階下に向かった。

  その途端、ピンポーンとチャイムが鳴る。


  まさかと思ったら、もう渡が来ていた。

  母親が、「まあ、あの時の」なんて対応している。

  渡は「先日はすみません、お世話になりました」と何やらお洒落そうな手土産を渡していた。


  最初のメールは、おれが家にいるかどうかを確かめる為のフェイクだったらしい。

  姑息なヤツだ。


  ゴールデンレトリバーのタロくんが、渡に向かってワンワン吠えてる。

  母親は「こら! タロ!!」と叱っているが、犬にはソイツがどんな人間か分かるのかな。



  「……やあ、亜流タイル。急に来てすまなかったな」


  ちっともすまなそうではなかったが、何だかやつれているように見えた。


  「お前、ちょっと痩せたか?」


  ズバリ聞いてみると、渡は「ああ」と力無く返事をした。

  待て待て。

  ここで同情してしまうのがおれの悪い所なんだ。


  おれはさっさと追い出そうとして、こう言ってやった。


  「栄美なら、今お隣に帰って来てるぜ。会いたいんだったら直接会いに行けよ」


  勿論おれは本気で栄美と渡を会わせるつもりはなかった。

  ただ、こう言ってやれば、気が弱い所がある渡が狼狽して逃げ出してくれるのではと読んだのであったが。


  「!! そうか! じゃあ行く!! 邪魔したな、亜流タイル!!」


  「待て待て待て待て!!」


  狼狽したのはおれの方だった。

  こんなマトモじゃない様子の男を、栄美と対面させる訳にはいかない。


  「忘れてた! 栄美は今、夏の同人誌即売会の事で仲間と一緒にいるんだよ。今行っても間が悪い!」


  渡はしょんぼりとして、「そうか……」と引き下がってくれた。

  やれやれだ。


  おれはコイツの根本の悩みである『栄美への恋心』について聞いてみる事にした。

  ここまで来たんだから仕方がない。


  「お前は、栄美のどういう所が好きなんだ?」


  まずはそこから聞いてやる。


  「全てだ」


  言い切りやがった。


  「彼女のチョコレート色の肌も、顔立ちも豊かな胸も、愛嬌のある性格も、そして何よりイラストレーターとしてのカリスマ性にも、惹かれて惹かれてどうしようもないんだ」


  そりゃ……重症だな。

  だけどこいつは、栄美について重要な所が分かってない。


  おれは栄美の事を『黒い悪魔』『おっぱいの大きいガチムチの兄貴』と呼んでいる。

  それには理由があるのだ。


  「渡、お前、今栄美に愛嬌があるとか何とか言ったな」


  「言ったが何だよ」


  おれは、すうっと息を吸って、吐いた。

  おれは率直に言う。


  「渡、お前は栄美に何か夢見てるみたいだけど、アイツの性格って根は全然可愛くないぞ」


  渡は神妙な面持ちで聞いている。


  「見た目は可愛くない事もない。時々可愛い反応をしない事もない。ただ、アイツの本体は才能の塊だ。取り入れる物は取り入れて全部自分の糧にする。そういう貪欲なヤツなんだよ」


  だから、自分より『才能』が無いと見限った男には冷たい。例え外見上は愛想良く見えてもな。

  と、この辺は渡に対してあまりに気の毒だから心の内に留めておく。


  「そんな事は承知の上だ」


  渡はうそぶいた……ように見えた。


  「これを聞いてもまだ心は動かないのか」


  「動か……ない」


  ちょっと自信を無くしたようだが、気持ちが揺らいではいないらしい。


  「だって亜流タイルよ、素城さんは貴様ごときの事が好きなんだもんな」


 

  !!?

 


  「素城さんの様子を見ていればすぐ分かる。それならおれ氏にもチャンスはあるさ」


  そのセリフ、フラれるフラグのようだが。


  しかし、それでやたらとおれに絡んでいたのか。

  おれに気取られもせずに、敵ながら天晴れなヤツだ。


  「……まあ話せて少し楽になったぞ。ありがとうよ」


  「……ああ」


  渡は座を立とうとして、こう言った。


  「所でな、例のお前の、ポンコツ彼女は」


  おれは渡の胸倉を掴んだ。

  すわ、殴りかかってやる所だった。勿論、『ポンコツ』という単語に思い当たる所が無かったからである。……無かったからである!!


  「嘘嘘、嘘!! ほらあの凄い可愛い美人の彼女は元気か」


  「こっちはその彼女の事で忙しいんだよ! 早く帰れ!!」



  渡が帰った後、真実ちゃんからメールが来て、おれは癒された。


  「誕生日、私がお料理を作らせて頂きたいんですけど大丈夫でしょうか??」


  おれはすぐに返信する。


  「え! 誕生日なんだから真実ちゃんは働かなくていいよ!?」


  「でも、私の作った料理を食べて頂きたいんです……ダメでしょうか??」


  それは食べたいが……。


  「分かった。じゃあお願いしていいかな。ただ、ケーキだけはおれに買わせて!! あと、材料費もおれに出させてね!!」


  駆け出しのおれでも、(枕を買った時のように)印税という物があるのだ。


  渡によって邪魔はされたが、おれは真実ちゃんへの『プレゼント』作りを続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る