第49話
真実ちゃんは最近、匿名掲示板のおれトピックに入り浸っているらしい。
いるらしい、というのも。
本人には確認を取っていないのだが、どう読んでも真実ちゃんによる書き込みだろうといったものが目に付くのだ。
「亜流先生の書く女の子キャラ、魅力的だよね! でもモデルになった子がいたとしたらちょっと気の毒だよね」
「何で気の毒かって言うと、変なふうにヤンデレにされてしまって……」
「でも、亜流先生の手にかかるとヤンデレも魅力的になるから凄い(ハートマーク)」
真実ちゃんは、おれ本人を束縛するのに飽き足らず相変わらずネット上でもおれ推しをしているらしい。
ねえお嬢ちゃん。
そういうのはいいから、小説書いて?
そして面倒臭いのは。
真実ちゃんの他にもおれのファン……というより、ストーカーみたいな女がおれの動向を伺っているという件だ。
おれはその女の事をウザい女、略してウザ女(じょ)と呼んでいる。
このウザ女は、どうやら女子高校生らしかった。
おれの小説はどうでもよくて、おれ自身に興味があるという事だ。
曰く、
「亜流先生イケメン!!」
「亜流先生の彼女になりたい」
「亜流先生とせっくすしたい」
な? ウザいだろ?
ただ、真実ちゃんはこの手の書き込みは無視する。
煽り耐性の足りて無い真実ちゃんにしては殊勝な事だ。
でもそんな真実ちゃんでも釘をさす事は忘れない。
「亜流先生って彼女がいるんじゃなかったっけ?」
真実ちゃんは、おれと彼氏彼女になった事が嬉しくて仕方ないらしい。
だから、匿名掲示板でもこんな事をやっている訳だが……。
他の男性ファンの人達が潮が引いたように無口になるから、やめて?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今年も超大型同人誌即売会の季節がやって来た。
この同人誌即売会は、自分のスペースを貰うのにかなり高いハードルの抽選会が行われるのだという。
勿論、売れっ子イラストレーターである栄美は、いつものように殆ど顔パスで壁側の良い席を与えられる事になった。
去年の同じ時期、『剣士なおれとウィザードな彼女』を同人誌として発表してから1年経つんだな。
感慨深い。
と。
「人生初めての彼女にデレデレ作家、いる〜!?」
この声は栄美。
普段は都内のマンションで一人暮らししているが、夏になると実家に帰ってくる。
お盆のご先祖様か。
何もかもが去年と変わらない風景だ。
栄美のフワフワと上下するバストも。
それを包むタオル地のキャミソールも、もう夏の風物詩と言っていい。
ただ、真実ちゃんは栄美のやわやわ版小玉スイカのようなバストにやや気後れしているらしい。
真実ちゃんだって、細身の割にはふっくらと柔らかそうなバストしてるけどね。
触った事ないけど。
でもそんな事を真実ちゃんに伝えている訳がない。
「真実ちゃん、何か書いた?」
栄美は妹が持ってきた冷やし玉露をぐびぐびとあおりながらデリケートな質問をしてきた。
「うーん。そうだな。タイトルと、最初の1行は書いたんだけど」
「1行目書いたの!? 凄いじゃん真実ちゃん!!」
ーー何だかおれの彼女は馬鹿にされているような気がするが。
でも、彼女にとっては記念すべき第一歩だったんだぜ。
おれが半分手伝ったけど。
「でも、まだ1行なんだ。……どうせお前、真実ちゃんの書いた小説を同人誌にしようと画策してたんだろ?」
「あ、それは考えてなかったけど、良いアイディアかも」
栄美は不敵な笑みを浮かべた。
「『可愛い女子大生の処女作』なんて、それだけで売れそうじゃん」
「でも。もしお前が真実ちゃんのそれに挿絵を付けてくれるつもりなら。それはもう殆ど絵本だ」
文字より絵の方が多いという意味で。
「……まあ。彼女の小説については兎も角としてさ。真実ちゃんを売り子として貸して貰えない?」
栄美……コイツ、立ってる人間は恋敵でも使うんだな。
「まあいいけど。いや、真実ちゃんに聞いてみる」
メールで真実ちゃんに是非を聞くと、快くOKをくれた。
真実ちゃんは栄美を尊敬しているから、二つ返事は当然の事でもあった。
真実ちゃんが、同人誌やらにも興味を持ってる子で良かった。
「良かった! 今年も夏のお祭りは乗り切れそう!!」
その来るべき日は、真実ちゃんの護衛として勿論おれも参加する事にしたのであった。
おれは早速、ツイッターで夏の同人誌即売会に参加するという事を発表した。
今回はただの売り子であるが、もし来てくれるのなら去年おれの同人誌を買ってくれた皆さんの顔を改めて拝見し、感謝したい。
そんな何気無い理由でだ。
その時、例のウザ女の事は頭に無かったのだ。
真実ちゃんからのいいねは無かった。
執筆活動に勤しんでいるのか。
それとも、同人誌の即売会におれが行く事を発表したのが心配だったのかは分からなかった。
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